菊花賞
「……寝ないの!起きて!緊張感無さすぎだよ!」
んー?いつの間にか寝ていたみたいだ。
これから装鞍所に行くところでブラッシング中だったか。
気持ちよすぎて寝てしまっていた。
昨日の夜は珍しく寝れなかったから仕方ない。でも今朝から寝まくっているから体も万全だし、インペリアルロードに勝ちに行ける。
「ほんとは先行出来たらいいんだけど真ん中の枠だし
、馬群に入れないから厳しいよね〜」
治したいとは思ってるんだけどね。昔っから俺メンタルが弱いのがなぁ…
「まあそのうち治すでしょ!今日は後ろっから行くみたいだし外回れるからよかったね〜!」
でもレースレベルが上がっている今大外一気の一辺倒で良いのだろうか。
装鞍所では既に見たことある馬が沢山いる。
俺が付ける番号は12番。隣の11番にはカゼノバーリライ、13番にはインペリアルロードと有力馬にサンドイッチされている。
少し離れたところにはアランエスケープやステイブルフェスタ、エノシマも居る。
にしてもインペリアルロード新馬戦以来だけど全くの別馬だな。他の馬と比較しても格が違う。
「おい!こら!」と怒鳴り声が聞こえて声のする方向を向く。
すると1番の番号をつけた芦毛が鞍を付けたまま寝始めた。それを見て焦って起こしているようだ。
ヤクシマノキセキという名前らしい。
「あの子可愛いわ、でも神戸新聞杯でスローペース逃げで3馬身付けてるから強いよ〜」
あれでそんなに強いのかよ。
「多分スローになっちゃうからリアンのいい脚を長く使いにくい展開になっちゃうかもね〜」
ヤクシマノキセキとエノシマ同じメンコしてるから同じ馬主なのかな?
そんなことを考えつつ、体のストレッチを終わらせる。
やっぱり前走と比べても体重が6キロ落ちてたから体が軽い。無駄がなくっている気分だ。
地下馬道を通ってパドックへと向かう。
セントライト記念の時もすごいと思ったがGIになるとそれ以上だ。あんだけスペース無くて狭くないのかな。俺は狭いところ好きだからいいんだけれども。
横断幕も沢山で、俺のもある。
『盛岡の雄リアンエテルネル』いい響きだ。
人気はインペリアルロード1.6倍と圧倒的だ。
俺は9.1倍でヤクシマノキセキは10倍ちょうど。カゼノバーリライは14.3倍。それ以外は20倍を超えている。
まあ俺は地方だから物珍しさもある人気だろうし実質10倍くらいだろうな。
でも流石に緊張してきたし、ちょっと動きが硬いくらいになってきた。
「大丈夫、勝てるしみんな期待してるんだから胸張って〜!」
みなちゃんはそういうが吐きそうになっているのはみなちゃんの方だ。
「盛岡って田舎だからこんな人多いと吐いちゃうよ」
人酔いかよ…
時間になってゆっきーが乗りにきた。
緊張しているようで乗る前に深呼吸をずっとしている。
「私歩いてないとソワソワしちゃうから早く乗ってよ〜」
「俺も今精神統一してるからやめてくれ」
「うるさいぞ裕貴。まあ負けていいとは言わないけど楽しんで来い。乗り方は包まれなきゃなんでもいい」
ゆっきーは腹を括ったような顔をして息を吐いた。
「ペース見て動くか決めます。とりあえず勝ちます。行ってきます」
「いい顔になったな。頑張れ」
そうして俺に乗って返し馬に向かう。
「美奈ちゃんなんか頑張れるようなこと言ってよ」
「なにそれ、珍しい。がーんば!これでいい〜?」
「うん、頑張って来るわ」
イチャついてんじゃねえよ。イライラするわー!
しかしそのイライラも本馬場に行った時の大歓声で全て吹き飛んだ。
「いやぁ、これがGIか。やっぱすげえな。でもワクワクして来るよな。去年怪我してる頃には乗れるなんて夢にも思ってなかったよ」
まあなー。緊張6のワクワク4くらいだよな。
にしても芝ふっかふかでいいな。確かめるように1歩1歩、歩く。
後ろに居るインペリアルロードが走り出した瞬間、大歓声が上がる。
「負けんなよ!ルリュール!」
「100万突っ込んでるから頭以外やめろよ!」
「落ちんな!掴まってろ!」
野次もすげえな。流石二冠馬だ。期待値が俺らとは違うな。
なんか期待されてないから緊張ほぐれたし、さーてゆっくり走るかー。
「いや、お前絶好調だわ。これあるぞ」
他の馬たちと合流するとカゼノバーリライがいきなり睨みつけてきた。
こいつ絶対前負けたこと根に持ってるよ…
相変わらずヤクシマノキセキはのほほーんと空を見てる。インペリアルロードは真面目に歩いてる。
「オゥ、また会ったネ〜シンバ戦の時以来だヨ」
出た外国人ジョッキー。新馬戦の時話しかけてきたやつじゃん。
「うわっ、クリスティアーノ・ルリュールじゃん。超トップジョッキーだ」
「チホーの馬も楽しみダケド負けないヨ」
「早くレース始まらないか楽しみです」
裕貴もなんかバチバチにしたいらしい。
「よう、初めてだな。俺は北島行成だ」
3番のファムファムウェイに乗る騎手が自己紹介してきた。
「あ、北島騎手!」
「京都はトリッキーなコースだから気をつけな。アドバイスすると4コーナーはスピード付けすぎると膨れるぜ」
「ありがとうございます。多分近くでレースすると思うのでお互いがんばりましょう」
そして時間になり、ゲート裏へ行く。
ファンファーレが鳴ると一気にうるさくなる。
のほほんとしてたヤクシマノキセキも一気にやる気になっている。
にしても関東のGIとファンファーレ違うらしいよな。俺の知ってるファンファーレじゃない。
「ふー落ち着け落ち着け」
緊張しまくってるじゃん…俺も緊張するわ!
ヤクシマノキセキはなかなかゲートに入ろうとしないので少し待ったがその後の他馬はすんなりと入った。
俺の順番になりゲートに入ると緊張が解け、自然と落ち着く。
ゲートが開くとほぼ揃ったスタート。
手綱を引かれ少しポジションを下げる。
「包まれるの嫌だから下げよう」
了解。なんだ超冷静じゃん。
ヤクシマノキセキとアランエスケープはやっぱり前行ってるな。
俺は外目に着けて3コーナーを曲がる。
坂の頂上から下りになって大体の位置は決まってきた。
正面スタンド前になると最初の位置取りは完全に決まる。
逃げたのはヤクシマノキセキ、アランエスケープとのリードは無い。
そこから4馬身差、ステイブルフェスタとインペリアルロード。それを見る感じで1馬身後ろにカゼノバーリライが居る。
知っている有力馬はみんな前に行っている。俺だけ前から12、3馬身差の14番手外だ。
「1000m1分2秒か。うーん遅いな。向正面で捲るか」
俺も遅いとは思ってた。ただ長距離だしこんなもんじゃないのか?
「スタンド前の1Fも12.3秒だから遅いな」
毎日馬房の前でストップウォッチをいじっていたゆっきーだから信用できるわ。
そして大歓声の上がるスタンドを通り過ぎて1コーナーにかかる。
「これ多分前で牽制しあってるから遅いんだろうな。3コーナーからペース上がるわ」
やっぱり長距離は迂闊には動きにくいんだろうな。全く位置が変わらない。
そしてペースは2コーナー中間地点で上がったもののボソッと呟く「12秒」で再確認できる。
「よし、行くぞ。坂でスピードあげるより平地で上げた方がペース上げやすいしな。」
向正面に入り坂の100m手前で軽く手綱が動かされたのでじわじわとスピードをあげる。
このロングスパートのために今まで調教してきたから慣れたものだ。それに牧場時代のあの急坂に比べたらなんのそのだ。
「にしてもスピード乗るのはっええー!」
一気に外から1頭また1頭と抜かしていく。抜かされた馬は俺を見て手綱が動き始める。
坂の中盤ではインペリアルロードと同じ位置まで来た。
一気にレース動いたな。ただ先にスピードに乗っている分俺の方が動くのは早いぞ。
坂の頂上でヤクシマノキセキに並ぶと交わしきってまだスピードを緩めない。2馬身、3馬身とリードを取る。
そしてそのままスピードを付けて大逃げをするような形で下り坂に入る。
おいおい、行きやがったよ。でも仕掛けるの早いんじゃねーか?まあそれ見て俺も仕掛けてるけどよ。
下りで行き過ぎると良くねえとは言ったけど上りなんてタブーだろ。勝つなら三冠クラスの力なきゃ無理だぞ。
まあ話聞いてねえあいつ。あのスピードで行ったら絶対膨れる。
内を付けばファムにも勝機あるぞ。
…え?あいつらなんで全く膨らまずに4角回れてんだ!?まずいぞ!
「やっぱりな!盛岡の小回りで調教してきてるからこのぐらいのコーナースピード落とさずに綺麗に回れるだろ。よっしゃ!行くぞ!勝てる!」
なるほどな。だから下り坂でもスピード下げなかったのか。再加速する方がめんどくさいしな。
4コーナーを綺麗に曲がって直線に入った時には2番手に上がってきたアランエスケープには5馬身のリードがある。
インペリアルロードには7馬身。予定より大きく取れている。だが息がきつい。持つか?
「粘れリアン!行ける!」
その言葉で力を振り絞る。
ラスト300mでインペリアルロードがカゼノバーリライと併せ馬で2番手に上がって来た。しかしまだ5馬身ある。
もう脚が上がって余力は無いが気合いだけで脚を動かしている。
ラスト200mじわじわ差が縮まってきた。しかし向こうも一杯のようで2馬身差まで来たがキツそうだ。
ラスト100m内で粘る俺と3頭分外に居る2頭。もう差は無い。抜かされそうだ。
「まだもっかい伸びれるだろ!頼む粘ってくれ」その声を聞いてもうひと伸びするとラスト50mでクビ差出た。
しかし外ももうひと伸びする。並んだところがゴールだった。
結果は写真判定になった。




