終幕と、ずっと一緒に
イライザがサジタリウス商会に勤めて、今日でちょうど一年。
ようやく仕事も落ち着いてきたところだったので、平日に休みを取った。
浮かれた足取りで部屋を出たところで気がつく。
きれいな写真付きの絵葉書が郵便受けから端を覗かせていた。
「あら、絵葉書だわ!」
「誰からだい?」
迎えにきたクラウスさんが、私の手元を覗き込む。
ちょうど一年前の今日は、私とクラウスさんが出会った記念の日でもある。
だから彼も一緒に休みを取って出かけることにしたのだ。
私とクラウスさんの関係は、今や二号店では誰もが知っている。
ゾーイの件で勘違いした人達からは、若い子に乗り換えただの略奪だのと陰口を叩かれる時期もあった。
けれどクラウスさんが一貫して否定していたことを覚えている人からは、むしろ同情されたのだ。
本当は互いのことが好きだったのに噂のせいで公言できなかったのね、と。
そんなクラウスさんや私を批判する陰口も、今ではほとんど聞かれない。
あの商品回収をきっかけとして調査が進められたところ、ゾーイと人事部長が手を組んで様々な悪事に手を染めていたことがわかったからだ。
それと同時に、ゾーイが自分の部下(女性限定)を私と同じ手口で冤罪を着せては辞めさせていたということも明るみになって、商会員達を戦慄させた。
中には手柄を横取りされたうえに商会を辞めるよう仕向けられたり、商会を辞めたあとの再就職すら邪魔された人もいるそうだ。
つまり、クラウスさんの懸念は大当たりだったということ。
今ではゾーイがいたことすら口にしてはいけないような空気になっている。
誰もが口にしなくなり……やがて先読みの魔女という呼称も忘れ去られていくのだろう。
こうして魔女はおとぎ話の世界へと強制的に引き戻された。
語り継がれるまんげつのおはなしは、最後にこう締めくくられている。
六人の姫は災いを退けて、人々に秩序と平和を取り戻しました。
イライザが知る真実は災いをもたらしたのも魔女であったし、退けた六人の姫も魔女だった。
同じ魔女とは呼ばれていても、ひとまとめに悪とは括れない。
おとぎ話では悪役として扱われようとも、イライザの知る魔女は彼女と同じ痛みを知る助言者だった。
そして魔女の血を継ぐ者が語り継ぐまんげつのおはなしが、決して人々が幸せになったと締めくくらないないところは教訓なのだろう。
幸せは誰かにしてもらうものではなく、自分で掴み取るもの。
それは人だけではなく、魔女であろうと同じ。
「写真には誰が写っているの?」
クラウスさんに促されて裏返した写真を見て、イライザは微笑んだ。
そこには、よく知る六人の女性と一人の男性が写っていたから。
「エレナさんたちからよ」
「旅行先で撮ったみたいだね! オアシスなのかな、ここだけ緑に囲まれている」
「ええ、本当! まるで緑の獅子が鎮座しているようだわ」
……無事にここまでたどり着いたみたいね。
写真に写るアルスさんの心底不服そうな顔にクスリと笑う。
出発前のやり取りが目に浮かぶようだわ。
鍵となる指輪は手元にあっても、大書庫へたどり着くまでにはいくつかの試練があるはずだ。
それを真っ向から受けて立つ気でいるアルスさんと、彼を失うリスクを回避しようとするエレナさん。
どちらの気持ちもよくわかる、だからこその全員集合なのだろう。
本当に欲しいものがあるならプライドなんて捨てて安全確実に最短距離で手に入れてしまえ!
のんびりとした見た目でも、思い切りのよいところもあるケイトさんの提案だろうか?
大書庫に至る過程では、魔女の力と賢者の叡智が真っ向からぶつかることになるだろう。
そして彼らの中心に立つ美しい少女に視線を移した。
「レジー、嬉しそうだな」
お泊まり会のときに、はじめて家族旅行に行くのと彼女がはしゃいでいた。
六つの月にいたときは、どこか諦観したような表情をしていたけれど写真の顔は年相応に溌剌として愛らしい。
これが彼女の本質なのだ。
絵葉書の通信欄には、レジーの文字で『また会いましょう!」とだけ書かれている。
大書庫を攻略するのにどれほどの時間を要するのか、試練を受ける勇気のなかったイライザには想像もつかない。
でもあそこには蘇生石を置いてきてあるから、大丈夫よね?
ソフィアが自分に使われることのないよう、賢者の資質を持つ者にしかたどり着けない入口に置いてきたのだ。
また会えるといいな。
頑張ってね、皆!
嬉しそうに微笑む私の頭をクラウスさんがなでた。
「そろそろ俺たちも新しい場所を目指してもいいかもね」
「旅行ですか?」
「それもいいけれど、ちゃんとイライザのご両親にご挨拶をしないといけないかなと思って……誰にはばかることなく、婚約者と呼びたいから」
愛し愛されることを切に願った彼にとって婚約者という言葉は特別だ。
そしてそれは私にとっても同じ。
「でも私の故国までは船で一ヶ月くらいかかるのですよ? そんな長期のお休みが取れますか?」
「そのことだけどね……今、イライザの住んでいた国にサジタリウス商会が支店を出すという計画があるんだ」
「……支店、もしかして!」
「うん、支店長として赴任しないかと打診された」
「すごいじゃないですか!」
「いろいろ考えたけれど、それを受けようと思っている」
クラウスさんは真剣な眼差しで胸を張り、誇らしげに笑う。
彼も二十代後半、年齢的にも支店長を任されても不思議ではない歳だ。
……こうして最終的にはクラウス=アンダーソンの魂は生まれた土地へと帰っていくのね。
不思議な巡り合わせもあるものだと、しみじみとそう思った。
「もちろん応援しますよ!」
「それと同時にというわけにはいかないだろうけれど、ゆくゆくはイライザにもこちらへ来てほしい」
たしかに全く未知の土地で頼るものもなく暮らすのは大変だ。
それは私が一番よく知っている。
でも彼の口調はそういう類のものとは違っているように思えて、私の心を大きく揺らした。
「それは……両親に挨拶をするためだけではないということですよね?」
「君の力が必要だ、これからも俺の側で支えてほしい」
「……」
「私と結婚してください」
そして左手の薬指に口づけが落とされた。
プロポーズだ。
クラウスさんは頬を染め、その場に固まる私の腕を引いた。
抱き寄せた腕の強さと、優しい香りに胸が高鳴る。
つい癖で胸を押さえようとした手を、ぎゅっと握りしめた。
逃げちゃだめ、ちゃんと返事を言うのよ!
「もちろん、喜んでお受けします」
胸を押さえようとした手はそのまま、ぎこちなくクラウスさんの背中にまわした。
……やっと言えたわ。
首筋に安堵したような吐息が触れて、甘い痺れと幸福が体全体を包み込んだ。
「よかった、受けてくれて」
「ふふ、クラウスさんでも緊張することがあるのですね」
「イライザと過ごす時間は、はじめてのことばかりだ。目まぐるしく景色が変わって翻弄されるけれど、でもそれすら嬉しい」
それは二人が一緒にいる証だから。
クラウスさんの瞳が私を映した。
「これから指輪を買いに行かないか? 辛い過去を二人で作る新しい記憶で上書きしたい」
一年前には想像もしていなかった。
あのときはただ絶望して、この人から逃げることしか考えていなかったのに……。
私達が共に歩む未来の先には死しかないと思っていた。
それなのに今ではクラウスさんと二人で歩む未来が美しく輝いて見える。
こんなふうに将来の話ができることが嬉しくて、ちょっと気恥ずかしく思った私は冗談めかして笑った。
「引き抜きですか? ならばマリッサ先輩に言わないといけないですね」
「すぐには出してくれないだろうな……イライザは装飾品にも詳しいし、それ以外の知識も豊富だし、貴族のマナーも把握しているから、どこに出しても恥ずかしくないしね」
「いくらなんでも褒めすぎですよ?」
真顔で褒められると反応に困るわ。
頬を赤らめれば、赤くなった箇所に彼の唇が軽く触れる。
「可愛いな、今すぐに食べてしまいたい」
食べてしまうですって⁉︎
熟れたりんごみたいだと、甘い声で囁くクラウスさんの色気に当てられて言葉が出てこない。
近すぎる距離に緊張は最高潮で瞳が潤み、両手で赤らんだ頬を隠した。
小さく笑いながら、クラウスさんが私の顔を覗き込んだ。
「俺のお姫様、話の続きは食事をしてからにしよう。早くしないとマルテさんの絶品フレンチトーストが売り切れてしまう」
「それは大事件ですね!」
これからはずっと一緒だ。
クラウスさんの言葉に応えるよう手を強く握り返したら、彼は嬉しそうに微笑んだ。
死が二人を分つまで。
何度も死を経験した私は、永遠と願った日々が、いつかは終わってしまうことを知っている。
だからこそ一緒にいられる時間が愛おしく、かけがえのないものだということも知った。
そっと目を閉じて、クラウスさんの唇に唇を寄せる。
思えば自分から彼らの唇に口づけたのは、はじめてだ。
「愛しています」
「……どうしよう、幸せで泣いてしまいそうだ」
クラウスさんは口元を手で覆って、焦茶色の瞳を涙で滲ませた。
頼りになるけれど、私の前では可愛らしい人になる。
かつての人生では感じたことのない、愛おしさが生まれていた。
次の生も、イライザはクラウス=アンダーソンを愛するために生まれ変わるでしょう。
願わくば、これからもずっと一緒に。
ようやく完結までたどり着きました!
今後は誤字を修正したり、番外編も追加できたらいいなと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!




