静かな愛、手札はクラブとダイヤ
「はい、私もそう思います」
突き放したような商会長の台詞に大きく頷いた。
リシャールの作品と商品提案会、過去と現在は繋がった。
ただその先にあるもの……未来への展望が足りない。
「リシャールの作品は眠っている商会の在庫に脚光を当てるきっかけに過ぎません」
残る手札はクラブとダイヤ。
知識とお金、どちらのカードを先に使うか。
一瞬迷ったけれど、まずはダイヤのカードを使うことにした。
「先日、偶然にもカヴァレの従業員の方とお話しさせていただく機会がありました」
カヴァレ、という名を聞いて彼女の表情が青褪める。
私が何を言い出すか予想がつかなくて、内心混乱しているのだろう。
横槍を入れようとして、クラウスさんの冷たい視線に耐えきれず開きかけた口を閉じた。
「主にどのような商品を扱っているのかという内容でしたが大変興味深く、自分なりに商品やサービスなどを調べてみたのです。老舗の装飾品メーカーですから、取扱う商品は装飾品だけだと思っていました。ですが受注生産ということで種類は少ないものの、このような商品も販売しておりました」
「スプーンとフォーク……カトラリーだね」
「はい。美術品部門で扱う商品の中には、組み合わせの一部が欠けているという理由から売りにくいものがあります。商品自体は良いものですから、何らかの形で価値を補ってあげればバラしても売れるのではないかと考えました」
「なるほど。そこまで聞けば何を考えているのかは、わかる」
副商会長が唸るような……不機嫌そうな声で答えた。
私は表情を変えぬよう、口角に力を入れる。
仕事の順番には厳しい人だと聞いているから当然の反応だろう。
「君は今日がどういう場か、知っているのか?」
「はい。商品提案会であると認識しております」
「他社と業務提携を提案するならば、事前に美術品部門の統括である私への説明が必要だとは思わないかったのか?」
私の唇が、ゆるやかに弧を描く。
余裕のないときほど、微笑みは崩さない。
伯爵令嬢時代に嫌になるほど訓練された成果を見せつけるよう、にこやかに切り返す。
「それでは失礼を承知の上で申し上げます。事前にご相談したとして、辞めさせる前提でこの場に呼ぶような人間の意見を、まともに取り上げていただけたのでしょうか?」
「……」
「辞めるのだから不要と、名前すら言わせてもらえなかったことをお忘れですか?」
「それは……」
今更そんなつもりはなかったとは言わせない。
副商会長は気まずいような表情を浮かべて視線を逸らした。
いくら立場に雲泥の差があろうとも、彼らのしたことはあまりにも大人気なかった。
こうして私が付け入る隙を作ったのだから余計に悪手と思う。
それと同時に、彼らが彼女の意向に沿った言動をとってはいても記憶は残るということもわかった。
彼女の力は、あくまでもその場で自分に都合のいい態度を取らせるだけで他人の記憶まで改竄するような質のものではないらしい。
「先ほども申し上げましたとおり、あくまで提案です。相手方と具体的な交渉は一切進めておりません」
「実現するかもわからない空想の産物というわけだな、話にならん」
「そこまでおっしゃるのなら、この件についてはカヴァレと交渉をしてから出直しましょう。当然ですが、交渉する許可をいただいたということでよろしいですね?」
新参者の私にだって、そのくらいの順序はわかるわよ。
ここはあくまでも商品を提案するだけの場。
カヴァレとの交渉は上層部の承認を得てからの話だし、私よりももっと経験のある人がすべきだ。
背後に立つマリッサ先輩とジェシカさんからものすごい殺気……いえ、やる気を感じる。
この二人に本気で交渉させたら、あっさり成立しそうだ。
さあ、あとはあなたたちがこの提案を受けるか蹴るかだ。
許可を求められた副商会長は難しい顔をしていた。
この場で資質を試されているのは私だけとは限らない、ということよ?
大人しく回答を待つ私に、今度は事業部長が話し掛けた。
「具体的には、どのような商品を提案するつもりだ?」
「はい、候補である商品の一部をご紹介いたします」
食器や茶器の写真と商品の来歴、さらに鑑定書を添えた資料を手渡す。
手元にある資料をめくって全員が沈黙した。
「……私達は騙されていないだろうか?」
「お疑いになるのも、ごもっともです。鑑定書を見た私も自分の目を疑いましたから」
クラウスさんが、さりげなく後押ししてくれる。
「これが本当なら素晴らしい品ばかりだ。半端とはいえ倉庫に眠っていたとは……信じられん」
「二号店の倉庫だけでなく、第二ギルテ港やラムールデイツ港、その他、近場にある倉庫のいくつかを確認しました。これ以外にも候補はあります」
副商会長は唸った。
ここ数年、美術品部門が販売に力を入れた形跡はない。
彼女の活躍により装飾品部門が目立っていたので、そちらにばかり意識が向いていたのだろう。
店舗と倉庫を兼ねた二号店を開いたのも、美術品部門の在庫を販売に繋げるためと聞いているし、経験や人望のあるクラウスさんが二号店に配属されたのは美術品部門の活性化のためらしい。
美術品は扱う商品が装飾品に比べると地味に思えるからか彼女の侵略をまぬがれていた。
それが今回はいい方向に作用したらしい。
「もし販売するならば、点数は絞って数量限定としたいと考えております」
「半端である食器や茶器にカヴァレのカトラリーをセットして付加価値をつける。それをさらに点数を絞って購買意欲を高める、か。話題性を軸にした安価な商品を多売する彼女とは全く別の客層を狙うということだね」
「あえて同じ層の利益を奪い合うことはないと思料いたしました」
「そうだね、そのほうが得られる利益も高い」
彼女がギリギリと唇を噛む。清楚と評判の仮面が剥がれかけていますけど、大丈夫ですか?
ダイヤのカードはお金を表す。
カヴァレとの業務提携の可能性、それから在庫の活用と新たな販路の開拓。
利益を求める商会に相応しい手札を用意した。
そして最後の手札はクラブ。
資料を眺めていた商会長が首をかしげた。
「それにしても、これだけの商品をどういう経緯で見つけ出したのか?」
「たいしたことはしていません。商品管理簿から情報の少ない商品をあえて選び出しただけですから」
倉庫にこもる時間だけはあったからね。
皆が忙しくて後回しになっていた商品管理簿の空欄を自分の知識で補っただけだ。
そして価値ある商品が半端になって売れ残っていたというだけのこと。
当たり前のような顔で話す私に、商会長は目を丸くする。
「君は見ただけで、これらの商品の価値がわかるというのか?」
「ある程度は、です。判断できないものは商品に残された手がかりをたどって調べました」
「ずいぶんと簡単にいうものだ……ではこの商品について説明してみなさい」
渋い顔をした副商会長が手元にある資料を手に取った。
どの程度の商品知識を持っているのか試してやるということだろう。
掲げられた写真には、青を主体とした絵柄の美しい食器が写っていた。
思わず顔がほころぶ。
好きなブランドのものでもあったので、説明にも熱が入るというもの。
そこから話し続けて、止められないからさらに話して……どのくらい時間が経ったか全く覚えていない。
「……というわけです。これについてはさらに」
「イライザ、もう十分だと思うよ?」
「えっ、はっ、すみません! 調子に乗りました」
クラウスさんに止められて、ようやく我にかえった。
目の前には、驚きをあらわにした五つの顔が並ぶ。
「さすがイライザ、ブレないよね」
隣ではクラウスさんが面白そうに笑っている。
……しまった、嬉しくなって喋りすぎたらしい。
振り返ると、壁側に控えるマリッサ先輩とジェシカさんが呆れたような苦笑いを浮かべていた。
副商会長は驚きを隠せない様子で顔色も悪い。
「君は、それほどの知識を一体どうやって身につけたのか?」
「勉強しました」
真面目な顔で、正直に答える。
まあ、四回の人生をかけてだけどね!
最後のカード、クラブは知識を表す。
これで全ての手札は使い切った、さあ彼らはどう判断する?
……長い沈黙。
その沈黙を破るように商会長は手を叩いた。
副商会長、事業部長と次々に拍手の音が響く。
「まだ荒削りだが、素晴らしい。クラウス君のいうとおり、ここで判断を下すのは時期尚早だ」
「ありがとうございます」
クラウスさんが礼の姿勢をとった。
背後からは、女性二人分の安堵のため息が漏れる。
商会長は私と視線を合わせて手元のティーカップとソーサーを両手に持って掲げた。
「今日の記念に、このセットは個人的に買い取ろう」
「ありがとうございます!」
「曇りが晴れて、何年振りか。とてもおいしい紅茶を飲んだ記念だ」
目を丸くした私に、子供みたいな満面の笑みを浮かべる。
立派な口髭と堂々とした態度が怖そうに見えるけれど意外と可愛らしいところがあるのね。
「ならば、私もこのセットを買い取ろう」
声がするほうを見れば、副商会長が口元を綻ばせてカップを撫でている。
「最近は商品を見ても迷うことが多くてね。目の前にあるものが素晴らしいものなのか、ガラクタなのか……自分の眼に自信を失いかけていた。そのせいで安易なほうに流されていたのだが、この作品に目を覚まされたよ。私の眼に狂いはなかった」
「はい。実のところ、副商会長に価値を認めていただけるかを一番心配しておりました」
「副商会長は昔から真面目すぎるのだよ。手を抜かないから追い詰められるんだ」
「こっちとしては商会長が手を抜くから気が抜けないのですが?」
「……まあ、それはそれだ」
場に笑い声が弾ける。
拭われたように清々しい空気は二度目にもなると慣れたものだ。
先ほどまでとは違う気安い雰囲気が部屋に満ちる。
事業部長が、カップの柄を眺め口を開いた。
「彼の作品は何度か眼にしたことはあるが、ずいぶんと雰囲気が違うね。別人の作品とまでは言わないが、かつてはなかった影のようなものを感じる」
「はい、私もそう思います。物悲しくも、美しい翳りのようなものを感じ取りました」
事業部長の言葉に、私は微笑んだ。
棺のような箱に収められていた彼の作品には、かつての私が見たことのない作品が含まれていた。
赤やピンクのような色鮮やかな一重咲きの薔薇に、青やグレーといった現実には咲かない色の花が混じる。
光しかなかった彼の作品に、影が生まれていたのだ。
夢と現実をさまようような頼りなさが、なんとも言えない美しさを感じさせる。
「……たとえばですが、彼は恋人との別れのように運命の残酷さを思い知らされたのかもしれません」
「苦悩が芸術を昇華させる、たしかに聞く話ではあるね」
それはたとえ話に込めた、私の願望でもある。
鮮やかさを失った代わりに色の深みが増した一重咲きの薔薇は震えるほどに美しかった。
もし私の死が彼の作品をさらなる高みへと押し上げたのならば、私と過ごした時間は彼にとっては無駄ではなかったという証になる。
置いていかれた彼には申し訳ないけれど、私にとっては死後の彼の変化が誇らしかった。
「ちなみにリシャール=ボネが添えたメッセージというのは、先ほどの一枚だけかい?」
「はい、それだけです」
嘘だった。
もう一枚あったけれど、それは私の手元に残してある。
元々私あてのものだから一枚くらいもらってもいいよね?
カードの挟まれた手帳を指先でなぞった。
……僕の薔薇、君に会いたい。
僕の薔薇と、リシャールは私をそう呼んでいた。
視界がうっすらと涙で滲む。
リシャール、私に薔薇を捧げてくれた人……。
もう一度会えたら言おうと思っていたことがあるの。
あなたが死の引き金であったとしても、あなたと出会えて私は幸せだったわ。
「最後にひとつ、君に教えてもらいたいことがある」
「はい、私からお答えできることならば」
「君の名前を教えてほしい」
視界の端に映る彼女が絶句した。
今は彼女の豪奢な服でさえ、この部屋ではかすんで見える。
彼女はまるで道化みたいだと、私は皮肉げに唇の端を歪めた。
あなたが恥じることなく虚飾をまとい、今のままの態度を貫くなら引きずり下ろしてあげる。
なぜなら他人の威を借りて女王のように振る舞うあなたを、王女であった私の矜持が許せないからよ。
王たるもの、自らの才覚によって立たねばならない。
他者の威を借りて立つ者は、王ではなく傀儡と呼ぶのだ。
この父王の言葉だけは、今でも覚えている。
私は始まりと同じく淑女の礼をとると深く膝を折った。
絶妙な角度で一番美しく見えるように繰り返し練習したものだ。
その場の視線を、容赦なく全てさらう。
感嘆するような誰かのため息が聞こえた。
「イライザと申します。このたびは貴重な時間をいただき、ありがとうございました」




