月下の攻防② コンテナの謎
不謹慎だが、港の夜景を背後に立つアリアさんがとてもカッコいい。
まるでスパイ映画のヒロインみたいだ。
「ちなみに黒いコンテナの扉には術がかかってたから解いたわ。」
「どんなもの?」
「よくないもの…いわゆる呪詛ね。普通の人間なら触れただけで命を削られる類のものではないかしら?」
「うわー、陰湿で悪質ー。」
「だからあえて呪詛返しはしなかったの。呪詛を返したことで、こちらの動きに気付かれると面倒でしょう?それに私達に手を出しておいてこの程度で済むと思われたくないのもあるわね。」
「アリアってば、怒るとコワイね〜。」
「手を出す方が悪いのよ。術者をどう処理するかについては皆で相談しましょう。」
深い笑みを浮かべたアリアさんは髪を靡かせ颯爽と歩き出す。
ところどころに耳慣れない物騒な言葉が含まれていたと思うのは気のせいだろうか。
彼女達からすれば呪詛も呪詛返しも日常ということ?
ケイトさんと視線があったので首を傾げると、彼女は無言でニコッと微笑む。
聞いちゃダメか…。
うん、なら聞こえなかった事にしておこう。
「じゃ、イライザちゃん。エレナを救出に行こうか!!」
ケイトさんに促されて、慌ててアリアさんの後を追う。
恐る恐る黒いコンテナへと近付けば、アルスさんが扉に手を掛けていた。
彼の手元からガチャガチャと金属の擦れる耳障りな音がする。
覗き込めば取っ手に絡む太い鎖と頑丈な錠前が目に入った。
「ここまで執拗に鍵を掛けて、封じる必要があるか?!」
「悪い事をしているという認識のある人間ほど用心深いものさ。さあ、満足したなら代われ。」
代わるって、何を?
渋々手を離したアルスさんの代わりにレイさんが入口の前に立つ。
そして鎖に手を掛けると躊躇うことなく一気に引いた、次の瞬間…。
バキッ!!
激しい音を立て、鎖が千切れた。
目の前で見た出来事が信じられなくて、思わずレイさんを凝視してしまう。
視線に気付いた彼女は口角をわずかに上げて微笑むと無造作に鎖を打ち捨てた。
派手な音を立て、地へと叩きつけられた鎖が四散する。
すかさずアルスさんがレイさんを押し退けてコンテナへと飛び込んだ。
「エレナ!!」
「はいはーい。叫ばなくても聞こえてるわよ、アルス!!」
程なくして男女の会話する声が聞こえる。
壁の厚みで聞き取りにくいけれど話し方からしてエレナさんのようだ。
やがてコンテナ内から鉄を踏むような音と共にアルスさんに抱えられたエレナさんが姿を現した。
思ったよりは元気そうだと、ひっそりため息をつく。
「…全く、アルスはエレナが絡むと視野が狭くなるから困る。」
何かに気づいたのか、レイさんがアルスさんと入れ替わりにコンテナ内へと足を踏み入れた。
アルスさんに抱えられたエレナさんと視線が合う。
「エレナさん!!」
「イライザ!貴女も来てくれたのね、ありがとう。」
「無事でって、え…!!エ、エレナさん、そのシミは…!?」
エレナさんの姿を見て、無事に見つかってよかったと言おうとした口が固まった。
よく見れば上半身と頭部に乾いた赤黒い何かがベッタリとこびりついている。
まさか、血?!
凍りついたような私の表情にエレナさんが苦笑いを浮かべた。
「びっくりさせてごめんなさいね。ちょっと怪我したのよ。今は傷も塞がっているし、洋服が汚れたくらいだから問題はないわ。」
「だから、そうならないように守護石を渡してあったのだろう!!無断で所有者を変えた上に自分が襲われて、どこが問題ないだ!」
からっと笑い飛ばしたエレナさんをアルスさんが叱る。
私もアルスさんの台詞に同調したい。
汚れ方から推測して、その出血量は問題大ありですよエレナさん。
アルスさんはエレナさんの傷口を確認して安堵の表情を浮かべた。
「どれだけ俺が心配したと思ってるんだよ…。」
それからエレナさんの肩へと顔を埋める。
彼の台詞が最後の方は鼻声になっていたけれど、それには気づかないふりをした。
「ん、ごめんね。」
エレナさんは猫みたいにアルスさんの胸元へ、するりと身を寄せる。
アルスさんの労るような口調と、エレナさんの甘えるような態度。
あ、やっぱり。
親密度の高い会話に色々察してしまって思わず視線を逸らす。
私もそんなに鋭い方ではないけれど、さすがにこれは理解できる。
エレナさんの恋バナの相手がわかってしまった。
エレナさんを地面に下ろしたアルスさんはポケットから金に輝く守護石を取り出す。
見覚えのある石の形からして、私の首元から奪い返したものだ。
私はポケットを探り、守護石を括っていた革紐を取り出してアルスさんに手渡した。
守護石自体は使い捨てではない。
失った力を補充すれば何度でも使えるからね。
王女時代の知識を引っ張り出したところで、答えにようやく気付いた。
見たことがあると思っていたけれど、エレナさんの守護石はアルスさんの瞳の色と同じだったんだ。
商家でも男性が女性に自分の色を纏わせる意味を学んだというのに、今まですっかり忘れていた。
守護石が再びエレナさんの胸元で輝くのを確認し、アルスさんの口元が満足そうに弧を描く。
初めて見る、彼の心からの微笑み。
お守りなんだなぁ、アルスさんにとっても。
相思相愛で羨ましい。
微笑ましく二人を見守っていると、再びコンテナの扉が開いてレイさんが顔を出す。
険しい表情をしていて、その眼光は見たことがないほどに鋭い。
「…エレナ、中にあるものについて何か事情を知っているか?」
「知らないわ。目が覚めた時にはそこにあったの。」
「そうか。アリア、それからケイトも…ちょっとこれを見てくれ。」
不穏な空気を感じたのか、二人は無言のままにコンテナへと駆け寄る。
あれはサジタリウス商会のコンテナだ。
つまり商会が発注した商品が収められている可能性が高い。
何が納められていたの?
姿を消した三人を追うように足を踏み出した私の手をエレナさんが掴む。
「ダメよ、イライザは見てはいけないわ。」
「どうしてですか?」
「あれは貴女のように耐性のない人間が見るべきものではないからよ。」
「ですが商会のコンテナですよね?商会の品であれば私が見てもかまわないのでは?」
「あれは商品ではないわ。成れの果て、よ。」
「何があったんだ、エレナ?それは俺も知りたい。」
「後で話すわ。でも今は無理、ごめんなさいね。」
エレナさんは真剣な表情で首を振った。
私にはどうしても教えたくないらしい。
そうまでして秘密にしたいものは何か。
問い詰めようとした、その時。
ドクン。
癖になった仕草で、胸に手を当てる。
どうしたのだろう。
何かに急き立てられるように心臓が嫌な音を立てた。
…闇の奥から何かが迫ってくる。
どうしよう、逃げたい。
今すぐ逃げなければ!!
「二人とも、身を隠して!!今すぐに!!」
「は、え?イライザ?」
「いいから早く!!」
誰かに見られでもしたら、血塗れの女性を抱えた男なんて不審な事この上ない。
エレナさんとアルスさんの体を引き、整然と並ぶコンテナの後ろへと押し込む。
そして… 二人の身を隠すのと同時に、厳しい口調で誰何する男性の声が響いた。
「誰だ!!そこにいるのは!!」
闇を照らす懐中電灯の明かり。
そこには私の姿だけがくっきりと浮かんでいた。
ーーーーーー
時は少し遡る。
第二ギルテ港には区画毎に管理室があり、所有者に委託された管理人が駐在していた。
管理人は港に出入りする船舶から降ろされたコンテナを安全に送り出すため、交代で昼夜問わず警備を行っている。
ガタリ。
取引先からの電話を切ったジェイコブは、向かいに座っていた後輩が突然立ち上がった事に眉を顰めた。
普段は存在感の薄い男で、話し掛けてもぼんやりしていてろくに返事もしない。
そんな彼が今は感情を露にして顔色まで変えている。
「驚いたな、急にどうした?」
「巡回に行ってきます。」
「は?十分くらい前に二人で行って戻ってきたばかりだろう?何を焦っているんだ?」
「ジェイコブさんはここにいてください。俺だけ行ってきます。」
「そういうわけにはいかないだろう。俺が責任者なんだから。」
「いいえ、俺だけで行きたいんです。もう、放っておいてください!」
後輩が怒鳴るように声を荒げた。
ジェイコブは怒りよりも先に呆気に取られて言葉を失う。
多少ズレていると思っていたが、それだけじゃない。
どこか、おかしい。
血走った目で闇の奥を見据える彼に言った。
「前々から気になっていたのだが、お前、何か隠してないか?」
びくりと身体を震わせた後、彼はゆっくりとこちらを振り返った。
その顔を見て、確信する。
間違いなく、こいつは何かを隠している。
そうでなくては、この状況下で笑うなんてあり得ないだろう。
…まあ、指示された時間帯以外の巡回を禁じられたわけではないしな。
ここは一先ずこいつに従って様子を観察してみよう。
誤魔化そうとして明らかに失敗したような笑顔を前に、ジェイコブは上着を羽織った。
責任者としては違和感の理由を把握しておかねばならない。
迷いを振り払うように深くため息をついた。
「ジェイコブさん、どこへ行くんですか?」
「どこって…お前が巡回に行きたいと言ったんじゃないか。」
有無を言わさず、管理室の扉を開けた。
途端に、吹き荒ぶ海風の冷たさが頬に刺さる。
どうしてこんな時間帯に頻繁に見回りに行かねばならないんだよ。
内心では悪態をついたものの、こんな状態の同僚を一人で向かわせるわけにもいかない。
それにしても、こいつ昔からこうだったか?
以前は、もっと明るく気さくで、自分の殻に閉じこもるような事はなかったと思う。
そういえば、いつぞやなんか綺麗な女性と話し込んでいて、揶揄うと照れながら笑っていたよな。
相手の女性は後ろ姿だけしか見ていないから顔はわからなかった。
馴れ初めを聞けば、初めは憧れて見ているだけだったのが、ようやく普通に話せるようになったのだ、と。
どうやら彼女はサジタリウス商会に勤めているらしい。
…ということは、さぞかし優秀なんだろうな。
近年、知名度が急上昇しているサジタリウス商会の業績は右肩上がりだ。
それはコンテナの数でも便数からでも想像できる。
その分、就職したい人間は山ほどいて、競争率も高く、試験内容も相当厳しいらしい。
男女問わず、サジタリウス商会に勤めているというだけで頭脳も容姿も選び抜かれた精鋭の証なのだ。
しがない倉庫番の俺達とは見ている世界も住んでいる世界も違う。
洗練された衣服が、着古した作業着とは不釣り合いだとは思ったが…。
それでもあの時は、とても幸せそうに見えたのだがな。
気が付けば、いつの間にか根暗で偏屈な男になっていた。
仕事のせいかもしれないが、ここまで顕著に変わったのはいつからだろう?
最近の彼の顔は幽鬼のようで、幸せから一番遠い人間になってしまったように思えてならない。
「それで、どっちだ?」
「あっちです。」
まるで何かに導かれるように、後輩は迷う事なく歩いていく。
やがて、ぶつぶつと独り言を口にするようになる。
その言葉の端々に、呪いだの、魔女だの不穏な言葉が混じっていた。
魔女か。
こいつも噂に惑わされたのか?
魔女という単語に、最近商会で噂されるようになったという“先読みの魔女”という言葉が引っ掛かる。
どいつもこいつも子供じみた噂話に振り回されやがって。
御伽話に出てくる魔女が現実にいるわけないだろう。
巡回から戻ったら彼には休暇を取るよう勧めることに決めた。
そして後輩について無言のまま十五分くらい歩いた時。
「ん、こっちはサジタリウス商会の荷受け場じゃないか。」
行き先に気がついた瞬間、閃いた。
気が抜けて、思わず叫ぶ。
「なんだ、お前デートか?!」
仕事を中抜けして、彼女と港の夜景を見ようということだろう。
それなら俺に隠そうとする態度も納得できる。
中抜けするのはいただけないが、巡回のついでに会うというのなら多少は目を瞑ってもいい。
恋路を邪魔する気はなかったので、軽く後輩の肩を叩いた。
「もっと早く言えよ!疑った詫びとして先に休憩していいからな。存分に彼女とイチャついて…。」
「そんな、おかしいだろう…!!」
「は?」
突然叫んだ彼の視線を追うと、彼の視線は整然と並べられたコンテナに注がれていた。
そして焦ったような表情を浮かべ、再び叫ぶ。
「どうしてこんな綺麗に並んでいるんだ!おかしいだろう!」
いや、おかしいのはお前だ。
喉まででかかった言葉を、ジェイコブは飲み込んだ。
なぜなら我を失ったかのような後輩の姿に恐れを抱いたから。
こいつは、誰だ?
よく知る彼が見ず知らずの他人のように思えた。
荷が行方不明にならないよう、コンテナを番号順に並べ、決まった場所で管理するなど当然のこと。
しかも無理矢理積み上げられていたり、崩れそうなコンテナがあれば荷主に知らせるのも管理人の仕事である。
目の前にあるコンテナ群のように、綺麗に並べられていることが普通なのだ。
そんな当たり前のこと、職歴の長い彼なら絶対知っているはずなのに。
後輩は理性を失ったように、ぶつぶつと小声で何事かを呟いていたが突然肩を震わせて振り向いた。
いきなりジェイコブの胸ぐらを掴む。
「お前がやったのか!!」
「ちょ、待てって!!何をだ?!」
暗闇に光る血走った目が恐ろしくて、掴まれた手を無理矢理外す。
力一杯握った手を外されてよろめいた後輩は、勢いで地面に尻をついた。
後輩はだらしなく身体を曲げて、虚空に手を伸ばした。
伸ばした手の先を見る勇気が、今の俺にはない。
「アレを、隠さないといけないんだ。」
「…おい、アレってなんだ?」
まさか違法薬物や、誘拐とかじゃないだろうな?!
それが本当ならば彼だけの問題ではなく自分も管理人としての責任を問われかねない。
ジェイコブは深く問い詰めようして、正気を失いつつある後輩の頬を軽く叩いた。
「おいっ、どういうことだ?どこに何を隠した!!」
ハハ、ハハハハ…。
ところが彼は突然笑い出す。
「ああ大変だ。ちゃんと隠しておかないと、彼女に怒られちゃうからね。」
彼女って、まさか…。
脳裏に浮かんだのは都会的で洗練された、だけどどこか不気味な雰囲気を漂わせた女性の後ろ姿。
正直なところ、俺は気持ち悪いと思ったんだ。
なんか、綺麗すぎる。
後ろ姿が精巧で美しい皮を被った得体の知れない何かに思えた。
こいつは一目惚れだったそうだが、俺にはどうしても違和感が拭えなかったんだ。
好意を抱く彼に遠慮して、そんな事は言えなかったけれど…こんな風におかしくなるくらいなら、止めてやれば良かったのかな?
明らかに理性を失い、心底楽しそうに笑う歪な横顔を見て深く後悔した。
「それで、彼女は何を隠しておけって言ったんだ?」
「彼女が”黒いコンテナ”を隠しておいてって。そうすれば俺達はいつまでも幸せでいられるって言ったんだ。」
約束は守らないと。
まるで夢見るように、後輩は視線を彷徨わせてヘラリと笑う。
そして、ふらふらと通路を進み、コンテナ群の先へと歩き出した。
“いつまでも幸せでいられる。“
その言葉が不吉なものに思えてゾクリとして肌が粟立った。
栄枯盛衰は世の理。
幸も不幸も、匙加減は神のみぞ知る世界の話だ。
普通に考えて、いつまでも幸せでいられるなんてことがあり得ない。
だけど後輩は彼女の言葉を聞いて幸福しかない未来を思い描いているのだろう。
そう思い込まされて、操られているとでもいうのか。
美しい姿と甘い言葉で人を惑わせる存在。
彼女は悪魔の化身か、それとも…まさか魔女か?
手に負えないかもしれない。
…とりあえず倉庫の持ち主に通報するか。
気は進まないけれど、さすがにこの状況は手に余る。
常軌を逸したような後輩の様子を体調不良で片付けるのは無理だった。
何かに導かれるように、迷うことなく歩を進める後輩の行き先は果てない闇が続く。
ここはどこかと思ったところで、月に掛かる雲が晴れた。
柔らかく静謐な光が、辺り一面を覆う。
そして月光が照らし出したのは、棺のように横たわる黒いコンテナ。
今日は厄日か?
おかしなモノばかり見せられる。
目に映るものが信じられなくて、ジェイコブは頭を抱えた。
「コンテナの色が…よりにもよって黒なんて、あり得ないだろう?!」
しかも周囲のコンテナより一回り以上も大きい。
通常、コンテナに塗られるのは派手な色ばかりだ。
例えるならサジタリウス商会のコンテナは、目にも鮮やかな赤や緑、深い色味でも青しかない。
なぜなら派手な色を選ぶには理由があって、暗い海上で荷を失っても、すぐに見つけられるようにするためだ。
こんな得体の知れないモノが、いつからここにあった?
それにどうして今まで気がつかなかったのか…。
そこではたと気付く。
休日以外は毎日見回っていたはずなのに、なぜかこの区画の記憶だけ薄い。
それでも、これだけは言える。
サジタリウス商会のロゴがプリントされていようとも、これは明らかに不審だ。
そんなモノを受け入れたのは間違いなく俺じゃない。
だとしたら…こいつか!!
視線の先にいる後輩は忙しなく周囲を見回し、探るようにライトを照らす。
その手が、ピタリと止まった。
「誰だ!!そこにいるのは!!」
闇を照らす懐中電灯の明かり。
スポットライトのように丸く切り抜かれた空間には、怯えたような表情で立ちすくむ女性の姿が照らし出されていた。
さほど間を開けずに続けて書けました。よかったですー。
お楽しみいただけると嬉しいです。




