第18話:徴税の会計
「……調査に来たんだが、ずいぶんと歓迎してくれるじゃないか。……会計士さんよ」
ゲイボルグが笑った瞬間、空気が爆発した。
速すぎる。巨体に見合わない速度で肉薄し、大剣がこちらの脳天を叩き割る軌道で振り下ろされる。誰もが死を確信した, その刹那。
――ぐにゃり、と視界が歪んだ。
トアの魔法だ。
世界が少しだけスローモーションになる。ほんの数秒の猶予だが、迫り来る刃もゲイボルグの動きも、俺の目にはっきりと捉えられる遅さになった。
「パワーとスピード。脳筋のテンプレだな」
俺は冷静に一歩、横にズレた。大剣の軌道から滑り込みながら外れる。
そして、自分の脳内にある現代の「口座」から、最も価値の低い一円玉を一枚だけ呼び出し、ゲイボルグが次の一歩を踏み出そうとしている床の絶妙な位置に「出現」させた。
トアの魔法が解け、世界が元の速度を取り戻す。
ゲイボルグの大剣が誰もいない床を叩き割り、すさまじい衝撃波が商館を揺らした。
だが、真の絶望はそこからだった。
次の一歩を踏み込み、さらに俺を追撃しようとしたゲイボルグの足裏が、俺の設置した「一円玉」を完璧に踏み抜く。
時速100キロを超える突進のエネルギーが、わずか直径20ミリの滑らかな金属片に集中した。
「――ぶっ!?」
ゲイボルグの巨体は信じられない角度でスリップし、受け身も取れずに石畳の床へと強烈に叩きつけられた。自慢の突進力が、そのまま自分を破壊する衝撃へと変わる。
「ガハッ……! あ、が……っ!?」
肺の空気をすべて吐き出し、悶絶するゲイボルグ。
そこへハルが魔法を唱えると、ゲイボルグの体を覆うように冷気が走り、四肢が分厚い氷で床ごとガチガチに凍りついた。
完全に身動きが取れなくなったゲイボルグの前に、俺は歩み寄った。そして、奴をすっ転ばせた一円玉を拾い上げ、その鼻先にぶら下げる。
「……おい、ゲイボルグ。お前、そこらへんの草原にいる角ウサギと同じやられ方してるぞ」
「な、に……っ!?」
「あいつらも直線的なスピードだけは一人前だけど、足元に一円玉置くだけで勝手に滑って自滅するんだよ。最強の監査官様が、まさか角ウサギと同格だったとはな。お前の強さの見積もり、だいぶ過大評価だったみたいだ」
角ウサギ扱いされた屈辱に、ゲイボルグの顔が怒りと羞恥で真っ赤に染まる。だが、俺は容赦なく次の現実を突きつけた。
「ついでに、お前が部下を捨て駒にしてまで隠したかった汚職の裏帳簿だが……さっき、ハルに頼んでこの街の伝令係や、冒険者が集まる大きな酒場に写しを配らせておいた」
ゲイボルグの目が、今度こそ恐怖で大きく見開かれる。
「今頃、街の広場や酒場で、お前の横領と密輸の証拠が羊皮紙に書かれて配られ、大声で読み上げられているはずだ」
窓の外から、遠くの広場がざわめき立つ地鳴りのような群衆の怒号が聞こえてくる。
「暴力で黙らせる時代は終わったんだ。お前が積み上げた罪の重さを、この街の住民全員で精算してもらう。……査察終了だ、元・監査官」
(第18話 完)




