大団円
「まあ、騒がしいこと。」
王の絶対零度の空気と、ピンク色の男爵令嬢の狂気のみが支配していた空間に、さらに強い力が介入する。
「義母上!…と、シャーロット…。」
謁見の間へと入って来た第一王子に義母上と呼ばれた女性は、形の良い大きめのお胸と、信じられないほど細い腰回りという抜群なスタイルを品良く強調した紫色のドレスを着て、周囲を圧倒していた。
絶世の美女と言っても過言ではないこの女性は、この国の王妃である。
さらにその後ろからは、あまり飾りのない青いシンプルなドレスに、まだまだ発展途上のバストを包み、プラチナブロンドの長い髪を、ハーフアップにした美少女が続く。
シンプルな装いが、かえって素材の美しさを際立たせている。
2人の生命力溢れる輝くような美しさは、謁見室の暗く微妙な空気を一瞬のうちにキラキラしたものに変えた。圧倒的である。
「王妃か、余の話は終わった。後は任せる。」
既に面倒ごととばかりに王は謁見室から退出した。実際、めんどうくさかった。
女性絡みの揉め事は、王妃に任せるに限る。
***
今の王には王妃の他に3人の妾妃がいて、第一王子はその中の1人、第3妾妃の子です。
王妃は、残念ながら子宝に恵まれなかったものの、妾妃の産んだ子たちをまとめて正妃が子として育てています。
妾妃や妾妃の実家が王子を洗脳して、無駄に王族に対抗意識を持たせないようにするためです。
先ほどのセンセーショナルな婚約破棄ショー会場から退出した私は、お父様を訪ねて王宮に来ています。
お父様は、王族の団欒室で王と王妃の両陛下とまったりとお茶を飲んでいました。
そこで本日の事件などを報告すると、王陛下は、苦虫を噛み潰したような顔で部屋を出て行かれました。
元々この婚約を不本意と考えていたお父様は、ニヤニヤと笑いながら、お茶のおかわりをし、王妃様は、まったく誰に似たのかしらねと、大きなため息をついてから、陛下に続いて謁見の間に向かうため、重い腰を上げたのでした。
「シャーロット、何をのんびりしているのかしら。貴女も来るのです」
***
「さてアーサー、此度は少々おいたが過ぎたのう」
王妃様は、右手に持っていた扇子を、左手にペシペシとやりながら、第一王子を見下ろします。
そして一言、
「落とし前は必要ですわね」
と、おっしゃいました。正直怖いです。
「義母上!私はただヘンリエッタとの愛を貫きたいだけなのです!」
第一王子は、相変わらず芝居がかったセリフを、ほざいています。
「どこぞの男爵令嬢と婚姻を結ぶと宣言したそうですけれど、相違はありませんか」
ですが、王妃様はそのような訴えをガン無視して話を進めています。震えます。怖くて。
王妃様は、先ほどまで王が座っていた玉座に座り、王同様、入室を許可していないピンク色の男爵令嬢を無視しながら、第一王子を見下ろして問いかけました。
「はい。私はこのヘンリエッタとの愛を貫きたいのです。」
「アーサー様!」
すかさずピンク色の男爵令嬢の合いの手が入ります。手を胸元でにぎりしめ、クネクネしながらの上目遣い。
正直、気持ち悪いですが、第一王子には有効なんでしょうか。
「その男爵家には当主を代わってもらう必要がありますが、良いのですか」
「どういうことですか?」
「そなたが降婿するのだから、当然そうなると思ったのですが、もしや平民になって男爵令嬢とやらとの愛を貫くつもりでしたか?それならそれで…むしろそちらの方がよろしいですね」
王妃は少し感心したようにうなずく。
「私は平民になどなりませんが…?」
第一王子はまったくわからないといった顔で返しています。本当に理解していなかったようですね。驚きです。
「そうですか。では、婚礼を上げ、爵位を継いだら報告するがよいぞ」
有無を言わさぬ勢いで、王妃は言い放ち席を立たれます。
「は、義母上!お待ちください!どういうことですか?…私はこの国の第一王子で、次期国王です。…いったいどこの爵位を継ぐというのですか?あと、私の婚姻の儀は国を挙げて催されるはずでは」
王妃は立ち上がったまま、さも面倒くさそうに第一王子を見下ろし、
「何を言うておる。シャーロットと婚姻しなければ、お主は王になどならぬわ」
貴族であるなら誰でも知っている事実を突きつけました。
…誰でも知っていると思ってたのですけれどもね。
「はぁ?!」
この鳩に豆鉄砲くらったようなポカン顔をしている第一王子らお二人は、認識されていなかったのですね。
「第一王子とはいえ、庶子のお主には王位継承権などないと知っておろう。」
「「はぁぁ?!」」
「王位継承権を持っているのはシャーロットじゃ。だが、シャーロットが女王は嫌だと申すのでの、婚約者であるそなたが王になり、シャーロットが王妃になって実質的には、シャーロットが政を取り仕切ることになっていると以前より説明しているはずじゃ。でなければ、次期国王が帝王学や政治、外交などを学びもせず、王や私の補佐もせず、女の尻を追いかけてばかりいられまい」
「そんな…」
「そうじゃ、妾妃予定であった4人の姫には、そなたから断りを入れよ。平民の娘であればそのまま妾に収まるやもしれぬが、伯爵令嬢であれば周りの反対もあろう」
「私は幼少の頃から王になると言われ続けて…」
第一王子は、ここにきてようやく此度の己が仕出かしたことの重大さを理解し始めたようです。
真実を認識して、顔面蒼白な第一皇子の隣で、近衛兵達に囲まれながらもお元気な様子のピンク色の男爵令嬢には、その面の皮の厚さに尊敬の念すら浮かんできます。
「そんなのおかしいです!第一王子と結婚すれば、普通は王妃ですよ?どうしてシャーロットなんかが王妃なんですか?どう考えてもあたしの方がふさわしいですよね?」
発言権のない者からのあまりにも不敬な行動に、ガチャリと近衛兵が動きます。
「よい。放っておけ。これ以上、私から話すことはない。」
入室した時以上に冷たい威圧感を放ちながら王妃が退出し、私もそれに続きます。
第一王子はただただ見送るしかないようです。
「アーサー様!どういうことですか?あたしが王妃になるんですよね?…ちょっと!シャーロット!待ちなさいよ!あんた悪役令嬢の癖になんでのうのうとエラそーにしてるわけ?あたしちゃんと第一王子エンドしたじゃない!どうして王妃になれないの?バグなの?」
ピンク色の男爵令嬢の意味不明な金切り声が響きます。おっしゃってることはわかりませんが、私を貶めているということは伝わってきます。
もういいでしょう。
「この者たちを【灰の間】に、連れていって下さい。お二人一緒にです。監視の者は、部屋の中に2人と、部屋の外は通常通りに。」
「はっ!」
近衛兵は直ちに2人を丁寧に拘束し、部屋の外に連れ出しました。
灰の間とは、身分の高めな者を取り敢えず監禁するお部屋です。
調度品などは、それなりに整えておりますが、地下にあって窓がなく、扉も重く頑丈で、逃げ出すことは不可能に近いと言われています。
「何するのよ!あたしはヒロインなんだからねー!」
彼女のある意味強い心は、この国のために活かすことは出来ないでしょうかね。
たしかに、一昔前の勇者並みの素晴らしい鈍感力をお持ちのようです。
***
「此度は、うちの不肖の息子が失礼した。」
王族専用の団欒室で、両陛下と私の父である王弟殿下と王妃殿下の叔母にあたる母上と一緒に、アフタヌーンティーを楽しんでいたところ、陛下から謝罪のお言葉を賜りました。
「お気になさらずに、陛下」
「シャーロット、お前は優しすぎる。バカ王子からあのような屈辱を受けておいて、謝罪だけで済ますなど」
「お父様、さすがに不敬です」
いくら王弟とはいえ、もっとオブラートに包まないと。
「良いのだ、シャーロット。バカだとは思っておったが、あそこまでバカだとは想定外であった。やはり、庶民の妃からは貴族は産まれて来ないのかのう」
そんなことはないと思いますけれども。
「生まれなど、教育次第でどうとでもなると思いますわ」
「…っ!そ、そうね。私の教育が悪かったのかもしれないわね」
これは失言でしたね。
これではまるで、王妃様の施した教育のせいでバカになったと言わんばかりでした。
「それで、アレの処理はどうなるのだ?」
お父様、流石にアレ呼ばわりは、如何なものかと。しかも処理って。
「シャーロットの気の済むように、如何様にも」
「自分の息子の処分も決められないとは、情けないな、王よ」
「お父様、少し口が悪うございます。
第一王子の処分につきましては、現時点では何とも思うところはございませんし、正直どうでも良いですので、王家から追放し、放逐なされば宜しいかと」
本当に心底どうでも良いのです。
「何を言うシャーロット!おまえの名誉は著しく傷つけられたのだぞ」
「お父様、落ち着いて下さいませ。私が私でいる限り、私の民となる者の行いで傷つけられることはありませんわ」
「なんという慈悲深さと潔さ!」
お父様、私を慈しむ故の言動だとは思うのですが、少し自重して欲しいですわ。
「第一王子は、今この時から王族ではなくなった。故に、国からの一切の身分保証や、資金援助を行わないこととする」
「ピンク色の男爵令嬢様との愛を貫くと仰ってましたので、今後の衣食住の心配は必要ないでしょう」
「シャーロット、これをもって、この度の、次期女王への不敬罪についての処分は終了とすることで良いか」
陛下が、私に問う。
「良いですわ」
その後、第一王子だった者がどんな人生を送ったのか、私は知りません。
私やこの国に害を及ぼさないのであれば、それで良いと思うのです。
御縁があれば、また再びお会い出来る日もあるでしょう。
それでは皆様ごきげんよう。
おわり
憧れの婚約破棄を書くことが出来て嬉しいです。
読んでくれて感謝です!