少女の名前と意味
シリアスのつもりで書きました。
もう少しこんな調子が続きます。
五話目です。
「お名前を教えていただけませんか」
物資が届いた日の夜。
主人の部屋に赴いたエスタロースは率直に聞いた。これでも悩みに悩んだのだ。この質問が主人の心核に触れるのは必須。それが吉となるか凶となるかは分からなかったが、もし主人が助けを欲しているなら、今、その信号を受け取れるのは今は自分一人のみなのだから。
「名前は、ありませんよ。魔王としての名は捨てましたし、この肉体にも名前はありませからなんと呼んでくださっても構いません」
「名前が、ない」
「はい。私に名前をつけると、その名が呪われ以降その名前をつけられた子供が呪われると、村の呪術師が言ったらしくて」
「呪術師…。あのような時代遅れの出来損ないの言うことを信じる民がまだいたとは。嘆かわしい」
はあ、とため息をついた。
魔術師は魔力と素質を持ち、かつ魔術を使うための訓練を行った者。
対して呪術師は神、心霊の類に通じる能力を持つとされるが名乗ってしまえば誰でもなれる。つまりは呪術師には何も必要ない。他人に自分の言葉を信じさせる力が必要だが、魔力を持って実際に神とコンタクトを取れるものは少ないのだ。
中には本物の呪術師、つまりは神に通じれる者もいるがそれは俗に預言者と呼ばれ、呪術師と呼ばれることはない。
よって正都や大きな都市では呪術師はただの詐欺師と同じ扱いをされることが多いのだ。しかし、田舎や正都から離れた場所では未だに呪術師信仰はよくある。
そして、呪術師絡みで幽閉されていたり他者から隔離されている人間があるとすればつまりたった一つの意味を表す。
「あなたと言う悪を隔離すれば幸福のみが訪れる、ということですか」
「そういうことです。小屋の周りの森には護符が貼ってあります。魔力、力、全てを封印する、伝説上に出てくるような竜を封印するための強力なものが。それは内側にいる私や、なんの力もない人間には剥がせない。
私はここから出ることが出れません」
なんということか。
腹立たしい。
主人をこの場所に封じ続けていることもそうだが、こんなか弱い少女に悪を押し付け、それで平和になると、幸福になれると信じ込んでいるバカな村人達にも腹が立った。これがもし、寛容なる主人で無ければ少女は人を恨み、悪霊となっただろう。
それこそ、本末転倒だ。
悪霊は人を呪い、殺す。
そして人は呪術師を正しかったと信じる。
そして、次の悪を見つけ出し…、
「ご主人様、ここから出ましょう。ここにいては貴方はいつか殺されてしまう」
「ダメです。貴方の力を使えばここから出ることは容易い。でも、これは前世でしたことへの罰だから、私は受け入れます」
だからって、それなら自分だってそうだ。無辜のものを殺した。財を奪った。自分が魔王の騎士ならば、その罪、私がかぶることはできないのか。
そう思ったが、言葉は出てこなかった。躊躇したのだ。これでもし、目の前の主人に私から離れろと言われれば、また自分はすべてを失う。
それだけは避けたかった。
自分可愛さに言葉が出てこなかったのだ。
(自分こそ、一番愚かしいではないか…!)
悔しい。どうして、わが主人のためにできることがないのだ。目頭が熱くなった気がして、咄嗟に主人から顔を背けた。
「夜風に当たって来ます。ご主人様はお先にお眠りください」
悲しさの滲む後ろ姿を眺めながら少女は思う。
(これでいいんだ。私が我慢すればすべて解決する。情けない、前世と同じやり方に頼ってしまうなんて)
夜は更けていく。
眠れぬ者も、悩む者も置き去りにして。