従僕の決断と魔王の迷い
まだシリアス(のつもり)です。
六話目。
「魔術師さん、ちょっといいかい?」
あれから一ヶ月経った。
主人とはギクシャクとしたままの生活が続き、やがてアルフレッドがまたこの山小屋にやって来た。当たり前かのように男二人で物資を冷凍室に運んでいる時だった。声をかけた時のエスタロースの形相に多少驚きながらもアルフレッドは言葉を紡ぐ。
「嬢ちゃんが、死ぬかも知れない」
「は…
今なんとおっしゃいましたか、アルフレッド殿。ご主人様が、死ぬ?」
ご主人様?と呼び名に首を傾げつつ、アルフレッドは語る。
一週間後、少女の13歳の誕生日がやってくる。
村の呪術師がお告げを受けたらしい。
13歳の誕生日、少女を殺さねば村に災いが起こると。
村人は決定したらしい。
誕生日の夜、山小屋に火をつけて少女を焼き殺すと。
「あんたなら、嬢ちゃんを助けれるんじゃないかと思うってな。
じつは俺、何度も嬢ちゃんを逃がそうとしたんだ。だけどダメだった。
話を聞き入れてもくれない。しまいには親父にバレて、森の術式が強くなりすぎて、俺に手出しできなくなった。
でも、あんたならあの術を解いて嬢ちゃんを説得できるだろう?」
期待のこもった目で見られても、出来ないことはできない。何より、主人が望んでいないのだ。
生きることを。
_____
少女の誕生日まであと3日、あの話を聞いてから4日経った。
小屋の周りには花がたくさん咲いている。この花たちは全て主人が育てており、たまに泥だらけになっては足が100本ほどある虫片手に追いかけられた。別に普通の虫なら平気なのだが多足類はちょっと、無理。なのだ。
早朝に吹く乾燥した風が頬をかすめた。こんな時間になぜここにいるかというと、花瓶に飾るための花を取りに来たからだ。主人にどんな花が似合うか考えた結果、カランコエ、ベゴニア、ヒヤシンス、カスミソウなどを選んだ。
「一体どうすればいいのか」
よくよく考えれば、それまでにここを出て行かなければいけない。たとえ主人が生きたくなくても、自分は生きていないといけない。
なら、主人を見捨てて一人正都へ帰れるのか、と言われるとそうとも行かない。主人を見捨てることは死ぬことよりも最悪だ。
「わからないことを考えるのはやめたほうがいいですよ。特に哲学的な問答は」
ひょっこりと現れた主人に息がつまる。
いつも通りのはずの笑顔を向ける主人はどこか儚げで、 まるで全て見透かしているかのようだ。
起きたら外にいるのを見つけて。と語る主人は自分の手元の花を見つめて、綺麗ですねと見惚れる。
「ご主人様は、どうしたいですか」
言葉が口から溢れる。
主語も何もない質問に、見透かしたような声で言葉を重ねる。
「死ぬことは怖いですが、私は結局、人にはなれなかったんです」
もう、全部諦めてますから。大丈夫ですよ。
その時の少女の顔を見たことがあった。いや、これが出会ってから死ぬまでずっと見て来た魔王の表情だった。
「……っ!
お待ちください!!!」
花を取り上げて一人家へと走る少女は突然声を荒げたことに驚いたのか目を見開いて後ろを向き、その勢いで体勢を崩したのか尻餅をつく。
手に持っていた花が辺りに散らばる。
「だ、大丈夫ですか!?
な、なんてことをしてしまったんだ〜!」
少女の元へと駆けて土下座するエスタロースに大丈夫と言う少女。
ほっと顔をあげたエスタロースはそうではなくて!と大声を出して少女の手を取る。
「やっぱり、だめです。私は、あなたに死んで欲しくありません!」
「ですが、私には罰が…」
「罰なんて、馬鹿らしい。あなたは今は魔王では無いのでしょう?
だから、世界を征服したく無いと言うのでしょう?
ならば、あなたにかぶるべき罪はありません。
私のために生きてください」
早口に言い切るエスタロースに一瞬呆然としてから悩んだような顔を見せる少女。エスタロースの手を振り払い、地面に散らばる花を素早く拾い上げ、エスタロースに背中を向ける。
「そ、その。た、たしかに。そうかも、しれません。
でもやっぱりわからないから、時間をください。
それに、返答にも困るんです。
『私のために生きてください』なんて、そんな…!」
後ろ姿しか見えないが、少女のままが真っ赤なことはエスタロースにも分かった。
「え、あの、ご主人様?何か勘違いをしておられ…
「わ、わかります。確かに私に劣情抱き、それを言葉にするなどなど前世では笑止千万、極刑に値すべきこと。
ですが、今の私は一介の少女。どのような感情を抱こうとも自由…」
「あの、」
多大な間違いをしておられます。
言えるわけがない。言えばラリアットは必須だ。
まあ勘違いしていることで少女が脱出を考えるならそれはそれで可。
と言うわけでまた、真面目な顔に戻ってエスタロースは言った。
「一時間後、私は村は趨き脱出の手配をします。
誕生日の夕刻、麓に人をよこしますのでその者に私の元まで案内させます。
これを逃せばあなたは二度目の死を体験することになる」
「はい。もし、私が麓まで行かなければどうなりますか?」
「その時はあなたの決断を英断として私は正都へと帰ります」
「分かりました」
少女はそう言うと家の中へと帰って行った。
エスタロースは決意する。
もう二度と主人を死なせない。全てを決めるのは主人だがもし三日後、主人が麓まで来なければ村の者たちも殺す。一人残らず、主人とともに死んでもらう。
とうに見えなくなった主人の後ろ姿を思い浮かべてエスタロースは歩き出した。




