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同窓会  作者: 園田 樹乃
2/2

二次会

 店について、部屋に入って。なんだかんだ席の譲り合いなんかをして。結局男子と女子に固まって座る形になった。陸上の女子連中は、田村と山岸を並べて座らせた。

 こいつら並べたら、絶対今晩ヤバイって。

 そんな風に焦るオレを知らずに席が決まる。

 奥から女子が二人ずつ向かい合って、次に田村、山岸。その横に男子二人。田村の向かいがオレで隣が上野。その向こうに男子三人。

 二人の向かいに座るオレは、さっきの移動中に山岸に見透かされた恥ずかしさで、居たたまれなかった。部外者のオレたちが真ん中でいいのか? とか言って端っこに行きたい。けれど、山岸を牽制したい気持ちもあって、そのままの席に着いた。

 そんなオレの気持ちなんてお構いなしに、向かいの二人はといえば。

「さっき、結構飲んだんでしょ?」

「これくらいで、酔うかよ。でも、お前はそろそろやめとけよ」

「最後の方お茶だったし、歩いている間にさめたから。まだ、大丈夫」

「誰が、連れて帰ると思ってんだよ」

「ふふふ。頼りにしてるわー」

 オレたちと一緒のメニューを覗き込みながらのそんな会話に、脳みそのどこかが切れそうになる。

 お持ち帰り決定かよ。田村。確かに、お前ストイックなんかじゃねぇよ。どこの妖婦だよ。

「オーダー決まったか?」

 飯田の声がする。それぞれが言う好き勝手な注文を取りまとめて、ヤツがオーダーしてくれた。



 飲み物が来るのを待つ間。

「田村。二次会していて、ダンナはいいのか?」

 山岸を牽制するつもりで訊いてみると、彼女はしれっと

「彼も、呑みに行ってるから」

 と答えた。山岸が、小さく笑う。コイツ、さっきの一次会と顔が違う気がする。

 と、オレの横に座っている小池がテーブルを叩くようにしながら口を開いた。

「さて。タムタム。ここまで待ったんだから」

「えー。話すの?」

「往生際の悪い。山岸君とは、何がどうなって、こうなったわけ?」

 うわっ。いきなり。

 山岸は、知らん顔で横の奴と話している。

「うーんと。仕事の客が、山岸で。それから、時々指名があって」

 指名のある仕事って、何それ?

 俺の頭の中には”夜の蝶”的な仕事が思い浮かんでしまった。

「で、一時期専属みたいな形で仕事を請けてて、それからかな?」

 専属の”夜の蝶”? なんかグレードアップしてきた。って言うか、今日久しぶりに逢ったわけじゃなかったんだ。

「それがいつごろ?」

「十年は経ってない、かな?」

 山岸の袖を引くように田村が尋ねる。

「ねぇ。付き合いだしたのって、十年位前だった?」

「十年は、経っていないな。俺たちがそこそこ売れるようになってたから」

 話の邪魔をされただろう山岸は怒りもせずに彼女に答えた。

 しかし。田村と十年前から付き合ってて、他の女と五年前に結婚、て、なんだよそれ。いくら、彼女の仕事が仕事とはいえ、ひどいだろうが。

 オレが一人で腹を立てているところに、飲み物が来た。各自に配られ、

「山岸、乾杯の音頭」

「俺、あやのオマケで来たのに」

 ブツブツいいながらも、山岸がソツなく音頭をとって、乾杯になった。 


「仕事は、まだ続けてるの?」

 それぞれが一口飲んだあと。藤原の質問に、

「うん。好きでしている仕事だし」

 突き出しのタコキュウをつついていた田村が答える。

「ダンナは何も言わねぇの?」

「あら、坂下君は奥さんに働いて欲しくない派?」

 オレの質問はこの席では地雷だったようで、小池の向こう隣に座る吉田の非難じみた声にオレは女子たちに睨まれた。働いて欲しいかどうかじゃなくって、嫁さんに”夜の仕事”はして欲しくないな。オレは。

「彼のバックアップになる仕事に私が誇りを持っていることを、彼は知っているから」

 ”夜の仕事”がバックアップになる”自営業”のダンナ。”仕事仲間”が”ストイック”で。

 なんだか、今日彼女から聞いた言葉を繋ぎ合わせると、怖い業界に身をおいているダンナに思えてきた。

 山岸。悪いことは言わん。田村と手を切れ。でないと、お前、近いうちにストイックなスナイパーに殺られるぞ。

「それにね、三年ほど前かな。一時期、彼の仕事が不安定で。あの時は仕事続けてて良かったって」 

 そう答える彼女の頭を指の長い手が撫でる。

 いつの間にか、話を終えていたらしい山岸が彼女の頭を撫でていた。

「ああ。あったね。そういえば、そんなことが」

 小池がため息のようにそう言った。こいつら、田村のダンナのこと知っているのか。


「あれってさ、結局なんだったの? 山岸君」

「藤原は覚えているかな? あいつ、高校のときに大怪我しただろ? あんな感じで普段からチョロチョロ怪我をするんだけど。あの時は仕事に差し障るような所をやっちまってて」

 藤原の問いかけに、山岸が枝豆を弄びながら答える。うーん? 藤原と山岸と、田村のダンナは高校の同級生か?

「怪我じゃないでしょ?」

「うん。正確には病気だけどな。俺たちにとっちゃ『どこ怪我しようが勝手だけど、そこだけはナシだろう』って。で、あいつの後遺症をプラスに変えるために二年間ほど休養期間を取っていたんだよ」

 小池の突っ込みに、山岸はそう答えて手にしていた枝豆を口に運んだ。

 オレ、酔っているのかな? なんか、頭の中がごちゃごちゃしてきた。

「ごめん。質問」

「坂下君。何かな?」

 なんだかニヤニヤしながら、山岸が返事をする。

「山岸、田村のダンナと知り合いなんだよな?」

「もう、よーっく知っている。世界中の誰よりも知っている」

 そんなヤツの答えに、女子連中が爆笑した。向こうで、話を聞いていたらしい男子も笑っている。わかってないのは、オレと上野。

「あのね、坂下君。私、山岸 綾子になっているの」

 笑いながらもどこか申し訳なさそうに、田村が言った。

 はぁ? 山岸 綾子? って?

「紹介するよ。俺の嫁さん」

 写メじゃなくって、実物だよ。とか、ふざけたことを言って、山岸が彼女の肩を抱く。

 ”自営業のダンナ”。 なるほど。そうとも言えるのか。


「じゃぁ、田村の仕事って?」

「電子楽器のメンテナンスと、アフターサービス」

(あや)は俺の使っている楽器のメーカーに勤めているから。いろいろな設定を手伝ってもらったりメンテナンスをしてもらっているんだ。それが付き合ったきっかけ」

 田村の答えに、山岸が言葉を足す。

 ああ。なんだか、パズルのピースがパチパチとはまっていく気がする。

「仕事が不安定になった三年前って言ったら、バンドの休止か」

「うちの、ヴォーカルが咽喉をやっちまってな」

 上野の問いかけに答えると、目を伏せるようにしながらグラスを口に運ぶ山岸。

「って、ことは、さっきの『怪我が多い』って田村のダンナのことじゃなくって……」

「そ、うちのドジなヴォーカル」

(とおる)ったら。あんなにストイックに生活している人に」

 そこに、ストイックが来るのか。



 今日見ていた二人の距離は、”同級生”には近すぎるが”夫婦”には当たり前の距離だったわけで。

 飲みかけの酒に口をつけても怒られないし、腰を抱くのもありだろう(オレは、人前ではしないけど)。いくら相手が芸能人でも夫婦なら毎日顔を合わせているのだから、写真も要らなければキャーキャーいう必要も無い。

 二次会だって、横でダンナが飲んでりゃOKだよな。酔った嫁さん連れて帰るのはダンナの仕事だ。

「陸上部は知っていたのか?」

 なんとなく悔しくってチヂミの皿に箸を伸ばしながら、隣の小池に尋ねた。

「そりゃぁね。年賀状のやり取りはしているし。さすがに写真つきで ”結婚しました” ってのは来なかったけど、名前見て『あぁーなるほど』って」

 そう言って、おかわりしたジュースのようなモノをマドラーでかき混ぜている。

「おい、山岸。何でオレたちにはすんなり言わなかったわけ?」

 オレはそう訊きながら、手に持っっていた箸を二人に向けて指すように動かした。うん、行儀悪いなオレ。

 それを見た山岸は、すっと手を田村の目の前に翳した。彼女の顔を隠すように。でっかい手だな。

「坂下。箸下ろせ」

「は?」

「は? じゃねぇよ。箸をこっち向けんな」

 ヤツの勢いに押されて、箸を置く。

「綾。手、離すぞ。大丈夫か」

「うん。ありがと」

 手をのけられた彼女は、目を瞬かせていた。

「ごめんね。驚かせて。ちょっと尖っているものが苦手で」

 彼女はどこか困った顔で、俺に謝ってきた。  

「いや。悪い。俺のほうこそゴメン」

「タムタム。仕事のときはどうしてるの?」

 俺の謝罪に重なるように、藤原の隣から辻が話しかけてくる。おい、謝らせてくれよ。

「最近は、保護メガネって言うか、伊達メガネみたいなのをかけてる。手に持っていたら平気だから工具は大概大丈夫なんだけどね。パーツの角とか配線の先とかがこっち向くことあるから」

 そう答える彼女の頭を、山岸は落ち着かせるように軽く撫でていた。



「小池、ちょっと席変わってもらえる?」

 そう、山岸が言いだしたのは、オレが二杯目の水割りを空けたころだった。テーブルの上の料理も半分くらい減ったか。

「いいよ、どうぞ」

 小池はあっさりと自分のグラスを手に立ち上がる。自分もグラスを持ってオレの横に来た山岸はさらに、

「坂下、ちょっと間空けろ」

 と、オレを小池の席に動かせて、上野との間に座った。

「さて、何でお前たちに黙っていたかというとだな」

 うん。聞かせろ。聞かんと、ハメられたようで今夜の寝覚めが悪くなりそうだ。

 男、三人が声を潜めてコソコソ話を始める。

「お前らが、俺たちを引っ掻き回したから」

「ちょっと待て。そんなことしたか?」

 上野の疑問にオレも同意。

「上野が勝手に綾に言ったんだろうがよ。『山岸がお前のこと好き』とかって」

「おいー。いつの話だよ。小学生だろうが」

「で、俺はそのとき一度、手ひどく綾に振られた、と」

 ほほぅ。上野の言っていたのはこれか。それがどうして中学の『男女(おとこおんな)』発言につながるのやら。

「その上で、坂下」

「ほい」

「『田村って、山岸のこと好きなんじゃねぇの』って言ったの、お前だったよな?」

「お前が『あんな男女』って言った、アレ?」

「ああ。やっぱり覚えていたんだ」

「お前、あの時は田村のこと嫌っていたんだろ?」

「逆。でも、あの時のお前に言う筋合いは無いだろうがよ。どいつもこいつも、余計な世話を焼きやがって。おかげで、こじれまくってよ」

 そうこぼしながら、ヤツは水割りを口にした。

「あの時は自分の言葉に動揺して、深く考えなかったんだけど。今日、あれはお前だったなって思い出して」

 そこで言葉を切った山岸は、覗き込むようにオレの顔を見た。

「普通、綾が俺をどう思っているかなんて、他人が気づくわけねぇなって思ったら、そもそも気づいたことが不思議でよ。今日のお前を見ていてわかった気がする」

 えーと。オレ今日、何かしたっけか? 

 酔った頭で今日の行動を振り返り……背中を冷や汗が流れた。

 知らなかったとはいえ、オレは”田村のダンナ”に向かって、牽制していたわけだ。つまり、山岸から見ればオレは立派に間男候補。その上、ここに来る前に『田村が気になって悪いか』みたいな意味で開き直ってしまった。

「一人だけ別行動で綾に話しかけてポーっとしてるし、オレが綾に触れたらすっげぇ顔で睨むしよ。挙句に、『ダンナは?』『ダンナは?』って。そんなに綾が気になるのかよ?」

 段々声が大きくなって、最後は叫ぶように言った山岸の目は、今までの人生で見たこともないほど怖い目だった。あれが、目力(めぢから)ってやつか。怖いのに、目が離せない。

 オレは蛇に睨まれた蛙のように、脂汗を流しながらヤツの視線に釘付けになった。


「亮。落ち着いて」

 そんな声がして山岸の両目が女の手でふさがれ、オレはやっと息がつけた。ヤツの顔を覆っている手は、爪が短く切りそろえられていて、お世辞にもきれいな手とはいえない手だった。

「私は、亮の人生を返す気はないの。どこにも行かないわ」

「私は亮の、亮だけの理科娘(りかむすめ)。誰にもついていかないわ」

 山岸の背後に跪いて頭を抱くように目を覆い、ヤツの耳元で呪文のようにそんな言葉を繰り返す田村が居た。

 ”理科娘”。それは当時、理数系教科で学年トップを走る田村の異名だった。 

 室内の誰もが、固唾を飲んで成り行きを見守る中。山岸が、やっと声を出した。

「綾、顔を作るから」

「うん。わかった」

 そういうと、田村は山岸の正面に回りうつむいた耳元で何かささやいた。

 ふうっと、山岸がひとつ息をついて髪をかきあげながら顔をあげた。

 田村の肩越しに、オレと目が合った山岸は。

「ごめん。取り乱した」

 そう言って、ほのかに笑った。その顔は、つい十分ほど前までのかつての同級生としての顔に比べると、どこか距離を感じさせる顔だった。

 一次会のときの顔は、”作った顔”か。お前、やっぱり芸能人なんだな。

 そしてオレは、お前が中学生時代に戻って素を見せていた、この時間を壊してしまったのか。



 上野が、田村に席を譲るように向かいの席に移動していたので、オレ、山岸、田村の順に並んで残りの時間を過ごした。陸上の連中もいつの間にか席替えをしたらしい。、山岸とは逆側の隣にはいつの間にか一番入り口側にいたはずの関本が座っているし。

「坂下、これ、意外といけるぞ」

「オレ、レンコンいまいち」

「食ってみろって。後を引くぞ」

 気を使ってくれているのか、関本がなんだかんだと話しかけてくる。俺たちの向かいに居る小池と辻は二人で子供の話をしているようだ。受験がどうとか聞こえてくる。

 そんな風に、当たり障りが無いようにそれぞれが気をつけながら過ごす、どこか居心地の悪い二次会に区切りをつけたのは、吉田の一言だったように思う。

「タムタムたちは、今日は実家?」

「ううん。なんかさっき電話かけたら、両方の親が集まって宴会してるみたいだから、普通に家に戻って、明日子供を迎えに来ようかなって」

「電車、大丈夫?」

 そう言って藤原が挙げた地名は西隣の市との境目だった。そんなところまで帰るのか、お前ら。ターミナルの駅に近い市街地で飲んでいる分だけ、まだ電車の便も良くって帰りやすいだろうけど。

「そうね。そろそろ?」

 田村が腕時計を確認しながら、山岸と顔を見合わせる。 

 それを合図に、飯田がお開きを告げた。



 会計を済ませて、店を出る。駅を目指してぞろぞろ歩きながら、田村が辻の隣に移動した隙に、一人になった山岸に声をかけた。ヤツは相変わらず表情の薄い、作った顔で振り向いた。

「ひとつだけ。言い訳かもしれないけど」

「どうした?」

「一次会のときにな。田村、すっげぇいい顔で”ダンナ”の話をしてたんだよ」

 そう言うオレに、眉をひょいと動かして話を促す。

「お前が、人気を笠に着てちょっかい出しているなら、泣くのは田村だと思ってさ」

「綾の心配をしたのか?」

「下心が無かったかと言われれば、自信ないけど」

 そう答えたオレに、山岸はふんわりと笑った。

「ごめんな。気を使わせて。家族のことはプライベートだから。最初に聞かれたときに、きちんと言えば良かったんだけど、あの場所の人数だとちょっと、な。どこまで広がるか怖くって」

「そうか。大変だな。嫁さんを隠さないといけない生活も」

 そう話しながら、道を渡ると目の前が駅だ。山岸はオレの肩を軽く叩くと田村のほうへと向かった。



「じゃぁね、タムタム。また、飲みに行こうね」

「うん、誘って、誘って」

「山岸、がんばれよ」

「おう。お前らもな」 

「今度、コンサート行くね」

「うん。楽しみにな」

 一番遠くまで帰る山岸たちの乗る電車が来るまで、オレたちはホームで別れを惜しんだ。

 ヤツらが乗った電車を見送って、誰からとも無くため息が漏れた。

「もう、あの子達、同窓会に来ることは無いのかな」

「どうだろうな」

「実家に帰っているときに、バッタリとかでもないと逢えないのかもね」

「あ、でもそれなら」

「それなら?」

「なんか、都市伝説っぽい言い方だけど。山岸君、小学校の横の公園に子供連れで居ることがあるって」

「田村との子供か」

「本当、都市伝説だな。口裂け女かよ。小学校横のジャングル公園って」

「あったね。そんな話も」

「あれは……中学生になっていたかな?」

「中学生、かぁ」

「卒業から、二十五年か」

「そうだな」


 あいつら、そんなに長いこと想いあってきたのか。

 脈絡無くみんなが話すのを聞きながら、なぜだかオレは、今日あいつらが互いの目を覆った姿を思い出していた。

 田村を守ろうとする山岸の大きな手と、山岸を守ろうとする田村の使い込まれた手と。


 オレの嫁さんってどんな手をしていたっけ。    


END

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