第26話_遅れてきた、デートの続き
「何からやる?」
入口の時計が四時四十分になったところで、北見が俺の隣へ入ってきた。
外の冷たい空気が、上着の裾と一緒に動いた。少しだけ息が弾んでいる。
「走った?」
「最後の横断歩道、ちょっとだけ。約束の時間には、来たよ」
「うん。来たな」
くすんだ青。
袖口の少し広い服を、彼女はあの日と同じように、指先で整えた。
「似合ってる。今日、それ見たかった」
北見は俺の顔を見て、それから自分の袖へ目を落とした。
「……うん。私も、着たところ見てほしかった」
彼女の目が、俺の上着へ下りる。
鏡の中で選んでくれた方だった。
「そっちも。今日の靴なら、ちゃんと一緒に来た人だね」
「上半身だけ借りた人じゃなくて?」
「うん。全身で」
見られている間、俺はポケットのコインを触っていた。
反射ゲームの方へ目を向ける。北見も同じ方を見た。
暗い画面の前には、もう誰もいない。
「終わったんだね」
「四時に」
「……最後、見たかったな」
「うん。俺も、一緒に見たかった」
北見は袖から手を出した。
一度だけボタンの方へ視線を置き、それから俺を見る。
「何やったか、後で聞かせて」
「聞くと長いぞ」
「知ってる」
「テストの方は、どうだった?」
「音、ちゃんと揃った。マオさんと話してたら、本番、もっと楽しみになった」
「そっか。俺も観たい」
北見の口元が緩んだ。
俺はまだ明るい画面の方を指す。
「二人でやるやつ、見つけた。あれ、どう?」
北見は説明の絵を眺め、それからポケットへ手を入れた。
「やる。あと、あっちの対戦のも」
「じゃあ、両方」
*
並んだ二組のボタンの前へ立つ。
画面には、丸と三角と四角。左右に同じ印が出た時だけ、二人で揃えて押す。片方が先走っても、見送っても、画面の小さな列車が止まる。
北見は説明を読み、指で三つの位置を確かめた。
「違う印は、待つんだ」
「うん。同じになったら、押す」
「二人とも?」
「二人用だからな」
「そこは分かってる」
俺が百円を入れる。北見も自分の側へ一枚入れた。
最初の区間は、ゆっくりだった。
丸と丸。
二人で押す。
三角と四角。
北見が一瞬指を浮かせ、止めた。俺も待つ。
「これ、声掛ける方を決めたら早いかも」
「じゃあ、北見」
「うん。次、四角。ここで先に押さずに、両方見て――」
俺は押した。
北見は説明したまま、押していなかった。
列車が、駅の少し手前で止まる。
「……あ」
「案内人も乗って」
「乗る。今、ちゃんと分かった」
次の丸を、彼女はやけに強く押した。
俺が笑うと、前を見て、と言われた。
その区間は、途中で終わった。
残った時間を見比べ、北見が最初に口を開く。
「説明、短くする」
「俺も、待つ方でつられて押した」
「そこは一緒に直そう」
「了解」
彼女が百円玉を持ち上げた。
俺もポケットから出す。どちらが言わなくても、もう一回だった。
今度は北見が、『待つ』『丸』と短く言った。
俺も、彼女が見落とした四角を一度だけ声に出す。
「四角」
「うん」
二つ分の音が揃った。
列車が先へ進む。速くなったところで俺が一回押し遅れたが、北見は次の印から数え直した。
最後の丸。
押した後、二人とも画面が止まるまで手を離さなかった。
ゴールの表示が出る。
さっき途中で終わったところを越え、二人の記録の数字が上がった。
「行けた」
「今のは、乗れたね」
「降りる時まで言われるやつ?」
「次は、ちゃんと終点ですって」
「それは言うと思う」
北見は結果を見ながら、肩を少し揺らした。
俺が笑うと、そちらを見ずに、肘だけで軽く俺の腕を押した。
*
その後は、彼女が選んだ対戦台へ移った。
江崎と先に遊んでいたことを話すと、結果を聞かれる。
「勝った?」
「反射の方は、記録出なかった」
「肩は?」
「そっちは、よく動いた」
「……見たかったなあ」
北見が本当に残念そうに言うので、俺も困って笑った。
ここでは俺が先に一勝し、次は彼女が取った。
彼女が好きな技を選ぶのが早くなっていた。俺の方を見てから、あえて同じ手で来る。
勝負の途中で、隣の台から大きな歓声が上がった。
俺たちも一度そちらを見て、自分の画面へ戻った。北見はその一瞬に、きっちり俺の隙を取った。
「今の、よそ見したから」
「私も同じだけ見たけど」
言い分を返され、次を入れるか迷う。
北見が先に時計を見た。
「あと、一回くらい」
「うん」
最後は俺が負けた。
彼女は得意そうに、手をボタンから離してみせた。
五時四十分過ぎ。
飲み物を持って入口近くへ戻ると、北見が青い袖を片方だけまくった。画面へ手を伸ばしている時には気づかなかったが、袖口は、最初に店へ入ってきた時より少し上にある。
「来てよかった」
「俺も。来てくれてよかった」
彼女は飲み物へ口を付けた。
俺も飲み、さっきの丸を二人で押したところを思い出す。
「もうちょっと、一緒にいたい」
北見が言った。
俺は彼女を見る。
聞きたいことは、昼から何度か言葉にしかけていた。
さっき、彼女が隣へ来た時も。
服を見せてくれた時も、列車を止めて笑った時も。
今、ゲームの音へ紛らせて言いたくはなかった。
「外、行かない?」
「もう帰る?」
「いや。閉まるまで、北見と見送ろうと思って」
「……うん」
彼女はうなずき、飲み終わった容器を捨てた。
俺も同じようにしてから、出口へ向かう。
ドアを押すと、店の音が一段遠くなった。
隣へ来た北見に、寒くないか聞いた。
「大丈夫。そっちの上着、ちゃんと暖かそうだね」
「選んだ本人だろ」
「だから、よかったなって」
俺は袖の端を引き、彼女と並んで歩き出した。




