第1話 侵入者
目を覆いたくなる強烈な閃光が全身を照らす。
薄目を開ければ視界に飛び込む地面。一年ぶりに見たそれは、とても不気味で怖くて……だけど美しかった。
ふわふわと空を飛ぶように制御不能となった体に私は酔いしれる。今日は生きることに意味を見いだせず、死ぬことを肯定していた私にとって特別な日。ついに『生きる理由』を見つけた日なのだから。
少し長くなるが私の人生観を聞いて欲しい。
人間が嫌いだ。地球において人類という種族など絶滅すべきで神様が間違えて作ったバグに違いない。
そんなことを人という種族に属する私が考えているのはどこか矛盾しているのかもしれない。
「みんな死んでしまえばいいのに」
今日もぼんやりとベッドの上で吐き捨てたその言葉は嘘偽りない私の本心だ。だって人は人を傷つけるから。同じ種族ですら殺し合う凶暴な生物――仮にそんな生き物が発見されたらニュースになるはずだ。
それが自分の種族であることを実感している人がどれだけいるだろう。昔聞いたことあるが、人を一番殺している生物は人らしい。これを野蛮で凶暴な生物と言わずに何というのだろうか。
勘違いしないでほしいが、私は殺しをするから人が嫌いというわけではない。そんなスケールの大きい話をしていない。だって一般的な日本の高校生に戦争や血みどろの事件など映画の中でしか見ない現実味がないものだ。
ではなぜ私が人を嫌いかというと、人は不寛容すぎるのだ。仮定の話をしよう。仮に喫茶店でコーヒーを白Tシャツにこぼされたらどうするだろう?
恐らく世間一般的には怒る、という回答が多いだろう。もしかしたら店員さんに殴りかかる人もいるかもしれない。
それが嫌いなのだ。仮に私がそうなっても私は許してしまうだろう。わざとではない、怒ってもしょうがないって。
まあ、私の考えに賛同出来ない人の考えも分かるよ。もしかしたら熱々のホットで怪我するかもしれないし、白Tシャツのシミは拭えないだろう。
けれども私は怒る理由が分からない。私の基準ではその程度のことで怒ることはない。
多分、いや間違いなくおおよその人から見れば私は寛容すぎる。だけど私に言わせてもらえば貴方たち人類は不寛容すぎる。
些細なことでいがみ合う外の世界は私からみればホラー映画のように恐ろしく殺伐としている。だから私は『世間』という戦場から隔絶された、白塗りの壁に囲まれた自室で人生を過ごす。
きっとこの空間から出ることなく死んでいくのだろう。世間の目なんて気にしない。だって私は世間の基準からズレすぎている。同じ人間にしてはあまりにも。
もしかしたら私は人の面をした人ではない別の生物なのかもしれない。目を瞑って枕に顔をうずめた。そして自然と脳裏にフラッシュバックしてくる記憶。
「とっとと死ねよ」
「お前なんで学校来てるの?」
「頼むから消えてよ」
「死ね死ね死ね死ね」
私に牙を剥いてきた彼女達も同じことを思っていたのかもしれない。懐かしい学校の思い出だ。
コンコンッと扉が音を立てた。私の世界に入ろうとしてくる人間など二人しかいない。一人は母親。そしてもう一人は——
モノクロの壁かけ時計を見れば長針は16時を指していた。毎日三食届律儀に届ける母親ではない。
となると、「お、まだ生きてる。偉いじゃん」隣に住む幼馴染みだけだろう……解説すら待たずに私の世界に飛び込んできた。
「相変わらずこの部屋には白と黒しかないね」
「ノックの意味を可及的速やかに調べて」
私の言葉を無視して幼馴染み――諸星火凜は無遠慮にテレビの前に寝そべった――テレビ?
「この部屋にテレビなんてなかったはず」
確実に私が設置したわけじゃない異物が部屋の角っこにあった。
「三日前私が運んどいたよー」
通学鞄の中からポテチを取り出しつつ火凜がこちらを向いた。理由を聞けば「だってこの部屋なにもないし」と返ってきた。
確かに私の部屋にはゲームもなければ本もない。あるのはベッドと時計、それと部屋の片隅に転がっている包帯くらいだろう。
だからといってテレビを持ち出すなんて無茶苦茶だ。そうは思いつつ私は一度起き上がりかけた体を再びベッドに沈めた。
どうせ一人部屋にしては有り余るスペースがあるのだしテレビの一つくらい置いてもいいだろう。ちょうどテレビは黒色で殺風景な自室によく似合った。まるで初めからそこにあったように。
「それにしても三日もテレビの存在に気づかないとか心底周りに興味がないんだね。一日なにしてんの?」
「……寝たり、ぼーとしたり」
「死んでいるみたい」
帰ってきたのは一切無駄のない直球な感想。
「重そうなテレビだけど一人で持ってきたの?」
「もちのろん。私はスーパーヒューマンだからね」
テレビの電源が点いた。湿っぽい雰囲気のドラマが画面に映し出される。火凜はスーパーヒューマンと名乗ったが、彼女は自称でもなんでもなく本物のスーパーヒューマンだ。
正式名称はアーティフィシャルジーンズ?とかだったはず。まあ小難しいので世間では超人やらスーパーヒューマンなどと言われている。
火凜に血の繋がった両親はいない。というかスーパーヒューマンに両親はいない。なぜなら彼らは子宮から生まれるのではなく試験管から生まれてくるのだから。
全世界から選ばれた天才科学者やモデルの遺伝子を受け継ぎ人工的に生み出された人間、それがアーティフィシャルなんちゃらだ。
おかげで彼らは容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群とまさに完全完璧の人間だ。
「ニュースの時間です。来年開かれるオリンピックではいよいよ選手全員がアーティフィシ……」
いつの間にかニュース番組に変化していたテレビが音を立てた。
火凜も例に漏れず県内一の進学校に通い、男子よりも高い身長を生かしてバレー部では無双している。容姿に関しては……見たら目を見開くレベル。
艶の良い黒髪は後ろに一つにまとめられていて、髪がわずかにかかった切れ長の目が印象的だ。ゆるりとカールしたまつげ。整った鼻筋を中心に顔のパーツが左右対称に配置されている。
肌はわずかに日焼けしているがシミも肌荒れもない。あふれ出る元気のよさを見た目の荘厳さが、美の化身のような圧が覆っている。
火凜と話していると自然とその美貌に目を奪われてしまう。
病人のように白くなってしまった私の肌とは見違えるほど健康的な彼女。まあ私の体の一部は白くないけど……そんなことはどうでもいいか。
バレー部で無双とかは本人の口から語られる情報しか情報源はないから話を盛っている可能性もなくはないが、なんとなく事実だと感じている。
「水那もこっちおいでよ。ゲーム機繋がったし一緒にやろ」
顔を横に向ければテレビの横につい先日発売されたばかりのゲーム機が置かれていた。どうやら火凜はこの部屋を秘密基地か何かと勘違いしているらしい。
私は重たい腰をあげてベッドを抜け出す。久しぶりに立った足はふらついて、退化しているのだと感じさせられた。
「あれ? 本当にやるつもりなんだ」
「……そっちが誘ったじゃん」
数秒前の発言を忘れるとは。超人って天才のはずなのに。
「水那は私のこと嫌いだと思っていたから。一緒にやってくれるとは思わなかった」
「私が火凜を嫌い?」
それは誤解だ。別に大好きってわけじゃないけど、嫌いな人間を私の領域に入れさせはしない。
「だって前言ってたじゃん。水那は人間が嫌いだって」
「人間全員が嫌いなわけじゃない……だけど人の中には悪い人がいて、その悪い人、いや人とは呼べないナ二かが人間のフリをして過ごしている。そして私にはそのナニかを見抜くことはできないし、避けることはできない。気持ち悪いナニかが潜むから人間全体を避けているだけ」
自分でも言葉が迷路になってしまう。理解されないであろう私の中に芽生えている考えは数学の方程式みたいに綺麗に羅列されたものではない。
もっとドロドロとしてあやふやなのだ。
「なるほど。人間とは思えない極悪人が世の中に沢山いるけど、『私は悪人です』って顔に書いているわけでもないから水那には善人と悪人が区別できないのね。だから、突然現われる悪人が怖くて人間全体を避けている、と」
うんうん、と納得したように頷いて火凜はポテチを一つ頬張った。
しかし、流石はスーパーヒューマン。私が言いたいことを上手に汲み取ってくれた。
人というだけで無条件に嫌いになるわけではない。だが、一部のナニかが、どうしようもなく悪目立ちするせいで人というものに触れ合おうと思えないのだ。
「そして私はナニかではない水那の数少ない嫌いではない人間ってことでおけ?」
私が頷くと火凜は目を細めて笑った。そしてゲームを握りしめると一つ提案をしてきた。
「ねえ、もし私がゲームに勝ったらこれから自由にここに来てもいい?」
何を今さらと思ったけれども、あまりにも真剣な目だったので私はゆっくりと首を縦に振った。
火凛が持ってきたはゲームはデフォルメされたキャラたちによるレースゲームだった。
三週あるコースを色彩豊かな車で走り回る。操作方法を確認していると突如襲来した赤い甲羅が私の乗る車をひっくり返した。
「……なにこれ」
「このゲームはただのレースゲームじゃなくて他者を攻撃できるんだよ。物理的にね」
「まるで、」
「現実みたいだよね」
言葉を先取りされてしまう。
「決められたコースを進む、先へ行くために他人を蹴落とす。競争をし続ける。そこまでして目指したゴールの先に何かあるのかな? たぶん何もないよね。それなのにどうしてこの子達は先を目指すんだろうね」
ゲームに視線をやる火凜の瞳は一切の混じりけのない純粋さをはらんでいた。
「火凛は私と……」
同じかもしれない、その言葉はすんでのところで飲みこんだ。
私と火凛を同列にするのは、あまりにも人としての輝きが違うから。私はこの部屋のように無色で何もない。
そんな私と火凛を比べるのは許されない気がした。
「人はなんで生きるんだろう?」
四六時中胸に渦巻く疑問をぶつけてみる。自然と全身の筋肉が硬直した。
この質問がどれほどの重さを意味するか火凜は知らないだろう。しかし、私にとっては人生で一番重要な質問に違いなかった。
「生きることに理由なんてないよ」
言葉は淀みなく滑らかに私を突き刺してきた。あぁ、やっぱりか。
私も同じ考えだった。けれど、なぜか酷く落胆している自分がいた。
「けど生きている理由はある。人は死んではいけない」
「……?」
コントローラを絶えず動かしながら火凛はハッキリと断言した。超人でない私の凡庸な頭では理解できない。
画面上の雷が降った。私の操る牛はなぜか体が小さくなり、ノロノロと動きが遅くなった。火凛のキャラは不思議なことに雷の影響を一切受けず、そのままゴールを駆け抜けた。




