日本軍営の応対
程なくして由比少佐が来て、「ネパール国王に取り次ぎはできない」と慧海に告げた。理由は奥中将が外交官として来ているのではないこと、そして、日英が同盟を結んでいる中、ネパール国王を通じてチベットに干渉するのは国際問題になりかねないためである。
慧海が「奥中将には国家を代表して動いてもらいたい訳ではないのです」と説明しても、少佐は「気持ちは分かるが、このことはすでに決定した事である。チベット服を着たあなたが余り長くここに居れば、疑いの種になるので、気の毒だが早く引き取ってもらいたい」と、取り付く島もない。
慧海は諦めて帰ることにしたが、おとといの昼から何も食べておらず、腹が減って動けない。昼を過ぎると食事ができなくなるのに、もう11時半にもなっている。慧海は「どうか何か食わせて下さいませんか」と乞食をした。
少佐は「こういう所なので何もありませんが」と、パン2切れと茶をくれた。けれども空腹はなかなか癒えない。
「これから歩くのも難しいので、馬車を貸していただけないか」と頼むと、相談の上で用意してくれた。慧海を哀れんでか、馬車賃も支払ってくれた。
駅には午後1時頃に着いたが、夜10時過ぎでないと汽車が出ないので、ただ待つしかなかった。
このままではネパールへ行くことはできないが、慧海はカルカッタに引き返し、あちこち奔走して金を費やし、入国の手続きだけは整えることにした。