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超訳 河口慧海「チベット旅行記」  作者: Penda
第三章 チベット脱出
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商隊長の秘密漏洩


 法王への上書を記したのは、この後、何が起こるかが分らないからだ。どういう方向に転じても、慧海(えかい)は仏教修行のためにチベットに来たことの証拠を用意しておかなくてはならない。

 文章を書くのに三日三晩かかった。慧海は我ながら面白い文章ができたと思った。文章も歌もたくさん書いたがこれほどの出来のものはない。

 まずチベット風に法王への敬意を書き連ね、雪で清められた美しい国の主人に対し、自分が衆生の苦しみを救うため、仏教の発揚のためにチベットへ来たことを告げた。世界に仏教国はあるが、多くが上座部仏教であること、大乗仏教の韓国やネパールは見るに及ばないこと、大乗の教えを維持しているのは日本とチベットのみであること。

 そして世界は今、精神の自由を求めている。それに応えるのは大乗の役割であり、仏教の真理の種をまく時が来ていること。チベットの仏教は日本の真言宗と一致し、教祖(龍樹菩薩)もまた同じである。両国の仏教徒は、世界に真実の仏教の普及をはからなければならない。これが苦労してこの国に来た理由であること。その精神に仏陀、この国の神々が感応したからこそ、鎖国しているこの国にたどり着き、修行することができたこと。

 慧海はそれから、ダンマパーラ居士からブッダガヤの菩提樹の下で預かった仏舎利を差し上げたいと書いて結んだ。


 5月20日、慧海は大蔵大臣宅に泊まり、ツェモェ・リンカという林へ園遊に行った。そして古代チベットの高僧の伝記などの話をして愉快に過ごした。

 この日、商隊長は法王の兄の家へ遊びに行った。法王の兄は中国の皇帝から公爵位を受けてラサに住んでいる。その時、慧海のことを話したらしい。

 商隊長が慧海は日本人であることを話すと、法王の兄さんは「セライ・アムチーは法王も迎える名医ではないか。これはとても中国人ではないと思っていたが、納得した。だがしかし困ったことになったな」と首を傾げた。

 困ったこととは、日本が英国と親しいことである。「日本は中国すら脅かす国であり、チベットのような小国は同じ仏教国だから属国にしようと考えて偵察に来たのだろう。そうに違いない。セライ・アムチーに関係した貴族やセラ寺が、サラット居士の時のような困難に遭ったら大変なことになる」などと言い出した。

 商隊長は恐ろしくなって「偵察ではない。肉食もせず、麦焦しばかりを食っているのは日本の尊いラマに違いない」と力説したが、法王の兄は「悪魔の王が仏陀のように見せかけることは容易いことだ。セライ・アムチーも僧侶を装って国のことを探っているのかも知れない。あれほどの鎖国を通ってくるのだから、飛んで来たのか、不思議な力があるのかもしれないので軽率なこともできない」という。

 商隊長は真っ青になり、飲んでいる酒も一気に覚めてしまった。


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