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超訳 河口慧海「チベット旅行記」  作者: Penda
第三章 チベット脱出
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秘密露顕の端緒

ラサ脱出、始まります


 明治35年4月30日、インドへ交易に出かけていたツァ・ルンバがラサに帰ってきた。彼は慧海(えかい)の手紙をサラット居士とシャブズン師に渡し、日本に手紙を送る手続きをしてくれた商人だ。慧海はそのとき大蔵大臣宅にいたので、5月1日に返事を受け取りに行った。

 ツァ・ルンバによると、サラット居士はインドに帰って留守だったから、シャブズン師に手紙を託そうとしたが、師もネパールに行って不在だった。仕方がないので先にカルカッタに行き、帰りに手紙を渡したそうだ。

 サラット居士は翌々日に返事を受け取りに来いと言ったが、鉄を買い入れていたためダージリンに長居ができず、返事を受け取れなかったという。シャブズン師からは返書があり、慧海が贈った土産への礼状と、西洋の白砂糖などが添えてあった。


 5月13日、つまりチベット歴の4月4日、第二の法王であるシカチェのルフンプー寺のパンチェン・リンボチェがラサに到着した。パンチェン・リンボチェは二十歳になったので、法王から具足戒を受けるためにやってきたのである。このときは法王の宮殿の辺りまで人々が歓迎に出迎えた。慧海も薬屋の一家と共に出かけ立派な行列を見守った。

 帰りにツァ・ルンバ宅に寄ると、一人の紳士が入ってきた。彼は法王の商隊長で、タクボ・ツンバイ・チョェン・ジョェといい、鋭い目で見つめてきた。慧海にはその男が、かなり腹黒く、そして才子であるように見えた。


 商隊長は慧海の前に座った。

 ツァ・ルンバがインドに交易に行ってから、ラサ府での慧海の名声はますます高くなっていた。ツァ・ルンバはもし慧海が法王の医師になるなら、便宜を得られると思っていたらしい。さらにインドで日本人が義気に富んでいるとか、中国と戦争をしたのも中国を思ってのことだったとかを聞いて、ますます慧海を頼りにしていた。

 一方、商隊長は北清事件の折に北京に出かけた時、荷物を北京政府のものだと勘違いされて日本兵に強奪されたという。そこで将軍に掛け合ったところ、品物をそっくり返してもらえたので、日本人は義気に富んでいるなどとツァ・ルンバに話したらしい。

 そこでツァ・ルンバは、この商隊長に慧海が日本人であることを明かせばいいと考えた。これが危機の始まりだった。

 商隊長は慧海の顔をじろりと眺めて、「私はあなたをモンゴル人か、中国人かと思ったがそうではない。一体あなたはどこの人か」と絡んできた。するとツァ・ルンバが「この人は日本人だよ」と答えてしまったのだ。慧海はそんなことを夢にも思っていなかった。


 さあ大変だ。ラサ府で日本人だと言うことを明かされたのはこれが初めてである。慧海が黙っていると、商隊長は「そうだろうとは思っていたが、日本人が我が国に入るのは簡単ではないので言い出さなかった。私は北京で何人もの日本人を見ている」。慧海が日本人であることが確定してしまった。

 さらに商隊長は日本に交易に出かければ大変儲かると考えているらしい。「セライ・アムチー(セラの医者)ならば信頼に足る。どうか日本へ連れて行ってくれないか」と言う。案外悪い話ではないので、慧海も「いっぺん帰国するつもりでいたので、そのときに一緒に帰りましょう」と答えた。


 その日、慧海は薬屋に泊まり、翌日は遊びに来た書記官と話をした。そこで「あなたは福州の方というが、中国人の性格とはどうも違うようだ。あなたの先祖はどこか別の国ではないのか」と聞かれた。

 どこが違うのか尋ねると、「中国の人は向こう見ずに進むが、あなたは機敏で、どこまでも辛抱して進む気質で日本人のようだ。また中国は悠長なところがあるが、あなたは細かく立ち回る。中国人にはない性質を持っている」と答える。いい加減な受け答えをしてごまかしたが、これは日本人であるということをほぼ分っての質問だろう。

 薬屋の奥さんの話も妙だった。パーラーの気狂い公子が「日本から坊さんが来ている。それはセライ・アムチーで、彼は政府の偉い役人でチベットのスパイに来ているに違いない」と言いふらしているそうだ。奥さんからは「あの公子はダージリンに行ったことがあるのですか?」と聞かれた。これが5月14日のことだ。

 慧海は翌日、すぐにセラの僧舎へ帰り、法王への上書をしたためた。これは全てが明るみになった時のための準備である。


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