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侯爵様に愛をささやかれるだけの、とっても簡単なお仕事です。  作者: 朝姫 夢
おまけ

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2.セヴランの悩み

「まったく……。少しは加減というものを覚えなければ、下手をすればそのうちに愛想をつかされるぞ」


 婚約者を屋敷に招き入れた当日だというのに、到着して早々捕まえて離そうとしない息子の様子にもはや呆れるしかなかったセヴラン・アマドゥールは、夕食前に領地に関する資料に目を通すため執務室のイスに深く腰掛けてから、ため息とともにそう小さく呟いた。

 ソフィア・ブランシェ伯爵令嬢を彼の息子であるフェルナン・アマドゥールの婚約者として正式に発表した今日は、あちらでもこちらでも詳細を聞かれることとなっていたのだが、そのたびにセヴランはその厳格さを隠そうともせず真面目にこう答えていたのだ。「王家がブランシェ伯爵領との強いつながりを求めたからだ」と。

 それは紛れもない事実で、今まで次期アマドゥール公爵家夫人の座を狙っていたであろう令嬢の家の父親たちも、それはどうやったって勝ち目がないと引き下がっていった。むしろ面倒だったのは婚約者候補にすらならないほどの家柄の者たちばかりで、現在のブランシェ伯爵領の『雪野菜』の存在も知らず過去の伯爵家の貧しさを引き合いに出し、アマドゥール公爵家にはふさわしくないとまで言い出したのだ。とはいえセヴランはそのたびに、文句があるのなら直接王家へと直談判をすればいいと答えていたのだが。


「ですが、フェルナン様のあんなにも幸せそうな表情は初めてご覧になったのではありませんか?」

「それはそうだが、さすがに限度というものがあるだろう」


 常に側に置いている侍従に笑顔を向けられても、帰宅後の光景を思い出してしまったセヴランとしては素直に喜べない。むしろブランシェ伯爵令嬢への謝罪をしなければと、珍しく少々緊張しながらも談話室の扉を開いた先で、まさか彼女が自分の息子に抱きかかえられて羞恥から真っ赤になってしまっているなどとは想像すらしていなかった彼からすれば、ため息しか出てこないのは当然のことだろう。

 二日間もの移動で疲れている相手をこれ以上疲れさせるなと息子を叱りつけ、ようやく普通に腰を下ろすことができたとホッとしているソフィアへと息子の非礼を詫びたその流れで、初対面の日の件についても謝罪をしたセヴランだったが。むしろ理解がありすぎる彼女から「ご事情はある程度伺っておりますし、なにより過ぎたことですから。どうか公爵様も、そのようにお気になさらないでください」とまで言われてしまったのだ。

 領地経営に関する才能だけでなく、人としてもよくできた人物を息子の嫁に迎え入れることができるというのに、その息子本人が自分の気持ちばかり優先し彼女に対して強引に迫っているようにしか見えないという事実に、彼はその時点で頭を抱えたくなってしまったのだった。当然ソフィアの目の前でそんな姿は見せなかったのだが。

 ちなみにこの時のフェルナンは、どこか不満そうな表情で父であるセヴランを見ていた。その視線に彼は息子が生まれてから初めて、そのアメシストのような瞳を憎たらしいと思ったのだ。


「ブランシェ伯爵令嬢と長く離れていたので、魔女様の魔法の反動が強く出てしまっていただけかもしれませんよ?」

「あぁ、そうだな。フェルナンは魔女殿に、よく分からない魔法をかけられているようだ」


 確かにあの瞬間、明らかにおかしな行動を取っている息子の様子にその事実が頭を過った覚えがあるセヴランではあるが、だからといって許されるものでもないだろうというのが彼の見解である。

 そもそも、なんだそのフェルナンに都合の良すぎる魔法の内容はと、正気に戻ってから改めて聞いた時に彼は思ったものだが。予告もない状態でいざそれを目にしてしまうと言葉で聞いていた以上にその異様さが際立つというのに、周囲の人間は慣れているのかそれとも魔法のせいだからと考え諦めているのかは定かではないが、なぜか誰一人として止めに入ろうともしない結果フェルナンの暴走を完全に許してしまっているという、おかしな状況が生まれていたのだ。


「すでに処分は下っているが、いっそのことあの家の者たちに今のフェルナンの姿でも見せつけてやればよかったか?」

「罰としては大変効果があると断言できますが、人間追い詰められるとなにをするか予想がつきませんから。アマドゥール公爵家だけではなくブランシェ伯爵家にも被害が及ぶ可能性を考慮すれば、今回の降爵(こうしゃく)処分が最も現実的な結果だったのではないでしょうか」

「まぁ、確かにそうかもしれないな」


 外交を執務の主とする人物、しかも外務大臣という要職に就いていると知ったうえで、セヴランに対し個人がまじないをかけたのだ。そこにどのような理由があり、まじないという手段がどんなに弱く小さな方法だったとしても、その事実は決して許されることではない。今回に関しては特にアマドゥール公爵家やブランシェ伯爵家だけでなく、王家まで巻き込むような事件に発展するところだったのだから、なおさらだろう。

 確かに真相を知っているのはアマドゥール公爵家の人間とブランシェ伯爵家の数名、そしてオーギュスタンをはじめとする王族のみという、人数だけを見れば少なく済んだように考えられなくもないのだが、並べてしまえば分かる通り明らかに一人一人の与える影響力が大きすぎるため、この件を引き起こした張本人に対してお咎めなしというわけにもいかず。結果今回の黒幕ともいえる人物は、私利私欲のためにアマドゥール公爵家へ娘を嫁がせようと画策しただけでなく、強欲にもアマドゥール公爵を意のままに操ろうと計画していたと判断され、最終的に爵位こそ取り上げられなかったものの王家からの信頼を完全に失い、公爵家から一気に子爵家にまで爵位を落とされたのだった。


「それでも男爵家まで落とされなかったのは、王家がまだ多少の余地はあるのだと示した証。これであの家が悔い改めなければ、次回は本当に爵位を取り上げられることになるだけだ」

「セヴラン様のご婚約の際には、実際に消えた家名もありましたから。以前に比べれば、被害の数は格段に減りましたよ」

「嫌な記憶を思い出させるな」


 苦笑しながらの侍従の言葉に本気で嫌そうな表情を返すセヴランは、自らがフェルナンと同じかそれよりも少し若かった頃に大勢の女性につけ回され、挙句の果てには屋敷の中にまで強引に侵入された過去の事実をつい思い出してしまう。しかも今回の件に過去のその出来事や感情が利用されたも同然なのだから、彼にとってはなおさら思い出したくない記憶だろう。今などは特に。


「ですが、むしろセヴラン様の過去や今回のまじないについて、ブランシェ伯爵令嬢は大変心配なさっておいででしたから。特にまじないの影響が残っていないかを、とても気にしておられるご様子でしたよ」

「だから、なおさら申し訳ない気持ちになるのだ。私が迷惑をかけたうえに理不尽な態度を取ってしまったというのに、今また息子が彼女を困らせているのではないかと気が気ではない」


 公爵家にとって害になるであろう人物を遠ざけ、ブランシェ伯爵家とつながりを持ったことで『雪野菜』の生産に関する援助という形で優先権を獲得し、それによって王家の要望も叶えられたことで国王陛下からの信頼もさらに厚くなったのだが。フェルナンの膝の上から解放されて、ようやくひと息つけたと言わんばかりの表情を見せたソフィアの様子を思い出しながら、はたして息子の言動がそれに水を差すようなことにはならないだろうかと考えてしまうセヴランの悩みは、まだまだ尽きないのだった。



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