1.積極的すぎる
「おかえり、ソフィア」
「え、っと……。これからよろしくお願い、します?」
ソフィアが初めてアマドゥール公爵邸へと足を踏み入れたあの日とは違い、婚約を発表する当日の昼過ぎに到着した馬車を玄関先で出迎えたのは、月の侯爵様と呼ばれるアマドゥール公爵家嫡男フェルナン・アマドゥール本人だった。
「あの……本日も登城されるご予定だと伺っていたのですが……?」
「あぁうん、そうだね。けれど、ようやく婚約者に会えるという日はさすがに集中できないだろうとオーギュスタン殿下がおっしゃってくださって、今日だけは昼食の時間にはもう屋敷に戻ってきていたんだよ」
「!?」
まさかの王太子の名前が出てきたことに驚くソフィアだったが、裏を返せばそれだけ気にしてくれていたということ。そしてそれだけの地位にある人物からの計らいならば、ここは甘んじて受け入れておくべきだろうとソフィアでも判断できるのだから、側にいることの多いフェルナンともなればなおさらそう考えるだろう。
「ということで、行こうか」
「きゃっ!?」
だがなぜか、移動のため軽装だったとはいえ突然ソフィアを抱き上げたフェルナンは、それはそれはご機嫌な様子でそのまま屋敷の中へと歩き出してしまう。唐突すぎるその行動についていけないソフィアとしては、どうすればいいのかもよく分からないまま。
「フ、フェルナン様!? 私、自分で歩けますから……!」
そう必死に訴えかけるのだが、残念ながら彼女のその言葉はサラリと流されてしまうだけ。
「私がこうしたいだけだから、君は素直にそのまま腕の中にいてくれると助かるよ。ずっと会えなかったせいなのか、今はとにかくソフィアに触れていたくてたまらないんだ」
「っ!!」
それはフェルナンの本心でもあり、同時にユゲットにかけられた魔法の効力でもある。そしてその事実をしっかりと理解してしまっているソフィアからすれば、ここで突き放すわけにもいかず。
「……はい」
結果、小さく頷くしかできなかったわけだが。おそらくこれがある意味で、彼女にとっての一番の失敗ともいえる選択だったのだろう。
先ほど以上に嬉しそうな笑顔を向けるフェルナンに、ソフィアは恥ずかしさから顔を赤くして俯きながらも、ひとまずはおとなしく談話室まで運ばれ――。
「あ、あの……。もうそろそろ……」
「ダメだよ。今日はまだもうしばらくの間、ソフィアは私の膝の上にいてくれないと困るからね」
「ぅっ……」
その後は結局、フェルナンの腕にしっかりと肩も腰も固定され、言葉通りずっと膝の上に乗せられたまま。談話室で紅茶の準備をして待っていてくれたウラリーとの久々の再会を喜ぶ暇さえ与えられないほどに、耳元で常に愛の言葉をささやかれ続けていた。
「ようやく周囲にも君が私の婚約者だと口にできる日だからね。六年前の私からすれば、考えられないほどの幸せなんだよ」
「そ……それは、その……」
「ソフィアが覚えていなくても、私にとっては大切な思い出だからね。それに、こうして今私の腕の中に君がいてくれるのなら、それだけでいいんだ」
「うぅ~~……」
もはや恥ずかしすぎて、先ほどからまともに話すことさえできないないまま顔を赤くして俯いているだけのソフィアとは対照的に、とろけそうな笑みを浮かべて誰が見てもひと目で幸せだと分かるような雰囲気を纏うフェルナン。そしてそんな二人のことをさりげなく、けれど微笑ましそうに見つめているウラリーをはじめとしたアマドゥール公爵家の使用人たち。
「ソフィア。私の愛しい人。心の底から、君のことだけを愛しているよ」
「~~~~っ!!」
そんな状況と彼の愛の言葉にとうとう耐えきれなくなってしまったソフィアが、ついに両手で顔を完全に隠してしまう。けれどそれを許してくれるフェルナンではないということを、彼女はすっかり忘れていた。
「あぁソフィア、美しい君の顔をそんなふうに隠さないでおくれ。久々なのだから、もっと私に色々な表情を見せてほしい」
「む、無理ですっ……!」
「そんな寂しいことを言わないで、ソフィア。ほら、恥ずかしがらないで、よく見せて」
「無理ですってばぁ! どうして今日に限ってそんなに積極的すぎるんですかぁ!」
顔を隠しながら必死に首を振るソフィアだが、一向に諦める気配のないフェルナンの様子に、思わずそう声を上げてしまう。だが返ってきた言葉は、あまりにも無情だった。
「仕方がないんだよ。ユゲットの魔法の効力の他に、以前外交に向かう際に重ね掛けしてもらっていた魔法が解けた反動もあるからね。そうでなくとも久々の再会で、さらにはソフィアが私と同じ想いを抱いてくれているとすでに知っている状態なのだから、これで積極的になるなというほうが難しいんだよ」
「うぅ~~……ユゲット様の魔法が強すぎる~~っ」
どちらかといえば免罪符にされていると言ったほうが正しいのだが、この場でソフィアだけがそれに気が付かないまま。結局、いつまで経っても満足する様子を見せることのないフェルナンの膝の上から彼女がようやく解放されたのは、屋敷の主であり彼の父親でもあるセヴラン・アマドゥール公爵が帰宅してからのことだった。




