27.まじない
「これはいったいどういうことだ!?」
このままではいつまで経っても現状は変化しないだろうということで、あの日ユゲットと話し合って決めた作戦通り、父上が屋敷の執務室にいる際に二人で突然姿を現す。こうでもしなければ、きっとこの先も父上がわざわざ時間を取ってユゲットと会う日は訪れないだろうという判断のもと、強制的に面会時間を設けるという結論に至ったわけだが。
(防音に結界に転移に、次から次へと出し惜しみなく魔法を行使しているあたり、ユゲットもずいぶんと本気だな)
とはいえ彼女曰く私の監視には魔法に関するものもあるらしく、もしもユゲットの力を借りて秘密裏にソフィアに会いに行こうとした場合、即座にそのことが父上に知らされるようになっているのだとも話していた。それがまたユゲットの癇に障ったようで、「この程度の力なんかで、本気でアタシの行動を制限できるとでも思ってるのかねぇ」なんて、またあの目が据わった表情で呟いていたのだ。
実際のところは魔女であるユゲットの力をもってすれば、誰にも気付かれることなくソフィアに会いに行くことは不可能ではないのだとか。ただし、ソフィアやブランシェ伯爵領にもなんらかの仕掛けが施されている可能性や父上の密偵が派遣されている可能性も考慮して、今は父上をどうにかすることだけを最優先に考え行動しようという結論に至った。そのため今日この場で真実が明らかとなり、さらにそれがユゲットの予想通りであった場合にはすぐにでもブランシェ伯爵領へと向かえるよう、準備だけは整えてある。
「フェルナン、どいうつもりだ! 誰かこの愚か者をつまみ出せ!」
一人状況が分からぬまま叫ぶ父上の様子に、私はユゲットの言葉が正しいのではないかと段々と確信を持ち始める。こういう時に焦って取り乱すなど、今までの父上では考えられない行動なのだから。
「愚か者はアンタのほうだよ、アマドゥールの坊や。こんな簡単な暗示みたいなもんに引っかかるなんて、ずいぶんと脇が甘いじゃないか」
「!?」
冷静に、けれど冷たい声色でそう告げたユゲットに過剰なほどに反応した父上の様子からも、彼女から聞いていた予想が当たったのだと私には十分理解できた。簡単に読み取られてしまうほど表情を動かすなど、それこそ外交に携わる者としてあり得ない。
「もしやとは思ってたが、まさか本当に想像してたそのまんまだったとはねぇ。さすがにこれは、呆れるしかないよ」
これ見よがしにため息をつくユゲットの横で、そっと目を伏せることしか私にはできなかった。
(魔法にすらならない、まじないのような暗示、か。確かにその程度では、鑑定士を呼んだところで判定はできないだろうね)
ユゲットが言うには本人が心の中で思っていることを増幅する程度の効果しかないらしいのだが、何度も繰り返されることにより強く暗示にかかってしまう場合や、そもそも暗示自体にかかりやすい性格であれば、その効果は通常の何倍もの力をもつのだそうだ。
父上の性格からして、暗示にかかりやすい素直さを持っているとは考えにくい。となればおそらく、定期的に顔を合わせるような人物からそのたびに暗示にかかるような小さなまじないをかけられていたのではないか、ということだった。
「まぁ反応してる部分からみても、どんな関係性の人間が犯人なのかってとこまで、おおよその予想はついてるけどね」
だからこそ脇が甘すぎるのだと、ユゲットは再びため息をつく。
これの一番厄介な部分は、本人が考えていないような事実を植えつけるのではなく、あくまでその人物の心の中にある一部分を強く引き出しているにすぎないため、精神干渉とまでは判定されにくいところなのだそうだ。そのため本人が疑問を抱くようなことが少なく、多少過激な言動を見せたところで周囲も気付きにくいのだとか。なにせ精神干渉とは、あくまで故意に考えなどが捻じ曲げられていたり本人の意に反することをさせられている状態のことを指しているのだから。
さらには魔法としても判定されないほど弱い力なので、たとえこの状況で魔法使いを派遣したとしても、その存在を知っていなければ答えにはたどり着けない可能性が高いのだという。
これだけ聞くと大変使い勝手のいい方法のように思えてきてしまうが、実際には手順の複雑さや確実性のなさから使用されることが少ないどころか認知すらされていないことも多く、実際成功例もほとんどないのだそうだ。
(だというのに、今回は運の悪いことに父上に対しては成功してしまった)
私の女性関係のみに反応しているところからして、婚約者候補に挙がっているどこかの家の仕業である可能性が高いらしいのだが、残念ながらそれは直接父上に会ってみないと分からないとユゲットには言われていた。だが裏を返せば、今の彼女はすでに犯人の目星がついているということ。となれば、もう父上をこのままにしておく必要もない。
「ユゲット、どうにかして父上にかけられたまじないを解くことはできないかな?」
「こんな子供だまし、アタシにかかれば簡単さね。時間もないことだし、ちゃちゃっと終わらせようかね」
私の問いかけに、自信満々の笑みでそう答えてくれるユゲットの、なんと頼もしいことか。
こういう時の彼女に間違いはないと知っているので、いつもの杖を取り出す姿を私は安心して眺めていたのだった。




