25.平行線
「それは認められない。お前が用意していたという手紙も、こちらで回収し破棄させてもらった」
「ですから! 何度も申し上げている通り、私たちは誰一人として偽の記憶を植えつけられているわけでも、精神干渉を受けているわけでもありません!」
「それをどう証明してみせるというのだ? 魔女に魔法をかけられているというお前が」
「っ……!」
父上との会話は、どうしたって平行線をたどるばかり。予想していた通り、やはり私の言葉だけでは一切信じてはもらえないようだった。
現在はソフィアと一切接触していない使用人たちのみを重宝しているらしく、彼らは基本的に外交にもついていくような人物だったため父上の指示を受け私の監視を開始するのと同時に、私自身もソフィアへの接触はもちろん手紙を出すことも禁止され、最初に用意していた手紙も言葉通りいつの間にか没収されてしまっていたのだ。
だが、こちらもそれで引き下がれるような簡単な想いでもなければ、軽い覚悟でもない。
「でしたらすぐにでも鑑定士を呼んで、私が精神干渉を受けているかどうか確かめてみてください。その際には、もちろん父上も同じように確かめさせていただきます」
「私が? なぜだ?」
「今の私の様子が普段とは明らかに違うと父上がおっしゃるように、私からすれば父上も普段とは明らかに様子が違うように見受けられるからです」
「……なるほど」
なぜそこまで一人の、しかもつい数年前まで領地が貧しかったことを知っているはずのブランシェ伯爵家の令嬢に対して、明らかに固執し疑いの目を向けているのか。私から見れば、今の父上のほうが普通ではないのだ。
「ではお前は私のことを、息子が騙されている可能性があるというのに黙ってそれを受け入れるような、薄情な父親だとでも思っているということか」
「いいえ、そうは申し上げておりません。ですが平時であれば情報をしっかりと集めてから判断を下すはずの父上が、なぜか今回はそうしていらっしゃらない。これでは、むしろ私より父上のほうが何者かによって精神干渉を受けているのではと考えるのは、ある意味自然なことではありませんか? 明らかに普段の冷静さを欠いていらっしゃるようにしか思えません」
ここで感情的になって言い返したところで無意味だということは、私自身よく理解していた。気が急くときだからこそ、冷静さを失わず状況をよく見て判断すること。それが私が父上から教わったことだったのだから。
だというのに、ウラリーをはじめとした使用人たちから聞いたソフィアを領地へと送り返したという日の出来事は、人伝でも分かるほど父上が事を急いていたとしか思えない。冷静さとはほど遠いその対応の仕方に私は怒り以上に疑問のほうが強く湧き起こり、だからこそ実は父上こそが何者かの影響を受け誰の言葉にも耳を貸さない状態なのではないかと疑っているのだ。
そうでなくとも今の状態の父上では、私一人が鑑定を受けたところでその結果すら疑いかねない。それならばいっそのこと、父上本人も巻き込んでしまえばいい。
「そこまで言うのならば、屋敷内の全員を調べさせてみようではないか。手っ取り早く真実を知ることができれば、きっとお前も納得するだろうからな」
「それはこちらのセリフですよ、父上。アマドゥール公爵家がブランシェ伯爵家に対してどれほど礼を欠いた行いをしたのかという、大きな証明になってしまうでしょうね」
勝ち誇ったような笑みを浮かべている父上に対して、私も負けじと挑戦的な笑みを浮かべる。
そもそもにして全ての真実を知っている私に対して向ける言葉という意味では、その選択からして間違っていたのだということをすぐにでも父上は思い知ることだろう。そして公爵家が伯爵家へどのような仕打ちをしているのかということを、改めて理解すればいい。冷静さを欠いている状態で放っていた父上の言動が、失礼のひと言ではすまないほど大きな問題に発展する可能性を秘めているのだと、しっかりと自覚してもらわなければ困る。
(ブランシェ伯爵家が生み出した『雪野菜』の価値も理解できぬまま瞳を曇らせていては、外務大臣として歴代を務めあげてきたアマドゥール公爵家の名も廃るというものだろう)
そうならないためにも、表に出ない今のうちに父上には目を覚ましてもらわなければ。
現状の父上にとっては残念なことかもしれないが、今回の件についてはオーギュスタン殿下が関わっているのだ。そして特に撤回の言葉もないままその後の状況を気にしているあたり、どうやら非公式ながらも王家公認となっているのではないかという雰囲気を感じ取っていた私からすれば、いくら知らなかったとはいえ今回の父上の行動は問題と取られる可能性も否定できない。
(常に冷静に状況を分析し判断する能力を求められるはずの立場であるにもかかわらず、当事者の言葉を信じないだけでなくしっかりとした調査もせず否定し続けるなど、本来ならば決してあってはならないのだから)
小さな失敗や調査不足こそ、交渉において最も恐れなければならないことだ。特に今回に関しては私が手紙という形で証拠を残しており、かつ殿下にも事前に裏取りをし証言を得られていれば、父上にとっては簡単に避けられたはずの事態だったのだから。
女性関係において様々な問題が起きやすいアマドゥール公爵家だからこそ、父上がそこまで警戒しているというのは頷ける。けれどそれならば、なおさら慎重に調査すべきだったのだ。
(私の個人的な想いも、当然多分に含んではいるものの……)
それ以上に、今のブランシェ伯爵家を怒らせてしまったせいで王家の意向に沿えなかった場合、問題の責任を取ることになるのは父上だろう。この様子では珍しくそこまで頭が回っていないようだが、だからこそ一日でも早く真実に目を向けてもらわなければならない。
(それに、私はソフィアと約束したのだから)
外交から戻ってきたら、また王立図書館へ出かけようと。
出かける前に交わした彼女との約束を守るためにも、私自身になんの問題もないのだと父上に証明することこそが、今最も重要なことなのだろう。それ以前に今の私には、それこそが最速の方法なのだと信じることしかできないのだから。




