14.伯爵令嬢の価値
しかし今はそんなことよりも、いつどうやってユゲットにこの魔法を解除させるかのほうが問題だった。
(忘れたのは私にかけた魔法を解除するためのものであって、ユゲット本人が自分にかけた魔法は関係ないはず)
であれば明日以降のどこかで時間を作って会いに行き、キーワードとやらを思い出してもらってから私にかけた魔法も解除してもらえばいいのではないかと考えたのだが。どうやら私の思考は、ユゲットには最初からお見通しだったらしい。
「ちなみに今アタシ自身にかけた忘却の魔法を解除するためのキーワードは最初から設定してないから、これで完全にその令嬢に何とかしてもらうしかフェルナンに残された選択肢はないんだよ」
「さすがユゲット! 用意周到だね!」
「っ……」
勝ち誇ったような顔でこちらを見てくる彼女の言葉に殿下は非常にご満悦な表情を浮かべているが、対して私はといえば本格的に頭を抱えてしまっていたのだった。
ユゲットの言う通り、これで完全に道は閉ざされてしまった。だがブランシェ伯爵令嬢に魔法を解いてもらうとなると、それは同時に彼女を妻として迎える覚悟を決めなければならないことを意味する。くちづけなどというふざけた解除方法を考えれば責任を取るべきなのは当然のことで、だからこそ迷惑をかけてしまうどころの話ではなくなってしまった現状の事態に、私はただただ焦りを覚えるのだ。
(こんな形で、嫌な予感が当たるなど……!)
しかしだからといって、では今すぐにその覚悟が決められるかと問われれば、否としか答えようがない。
とにかく今の私になにかできることはないのか、せめてブランシェ伯爵令嬢に迷惑をかけずにすむ方法はないのかを探しつつ、でき得る限り最後まであがいてみせなければ。彼女のこれまでの努力の成果と、これからの華々しい未来を奪ってしまわないためにも。
「ユゲット! それはいくらなんでも横暴すぎる! 相手の令嬢のことを一切考慮に入れていないのは問題だろう!」
だからこそ私にしては珍しく、声を張り上げながらそう抗議したのだが。それを聞いた二人は、なぜかきょとんとした表情をして顔を見合わせると、同時に首をかしげてみせたのだった。
そうして、こちらに視線を向けると――。
「アタシの知ってる限りだと、最初からアンタは相手のことを一切考えないような政略結婚を受け入れているんじゃなかったかい?」
「そもそもこの話は、突き詰めてしまえば政略結婚と同じだよ? そこに君の気持ちがあるかないかの違いだけでね」
「っ……」
怖いほどの真顔で、そう告げてくる。
それに思わず怯みそうになってしまった私ではあるが、ここで負けてはならないと冷静に言い返す。
「これの、いったいどこが、政略結婚になるというのですか? 現在婚約者候補とされている令嬢たちを押しのけてまでブランシェ伯爵令嬢を選択するほどの利が、我がアマドゥール公爵家側にあるとは到底思えませんが」
貴族の政略結婚とはそもそも、家同士の結びつきだ。今より繁栄するために、より高い地位や権力を得るために、そしてより強固な地盤を構築するために必要な相手が選ばれるにすぎないのだから。それ以上でもそれ以下でもなく、そこに個人の思いなど関係ない、それは確かだ。私自身も、そこは割り切って考えている。しかしだからこそ、家にとって最も条件のよい相手でなくてはならないのだ。
現在私の婚約者の候補として選ばれている令嬢たちは全員、アマドゥール公爵家にとって様々な意味で利がある相手。にもかかわらずこんな理由でブランシェ伯爵家の令嬢を選ぶなど、全ての家や令嬢に対して失礼だとしか思えないではないか。
私はそう考えているのだが、どうやら殿下やユゲットにとっては少々違ったらしい。
「ブランシェ伯爵家が『雪野菜』の生産で急成長していることは、フェルナンもよく知っているはずだよ。国としてもより強固な結びつきが欲しい。場合によっては、私の第二王妃として迎え入れてもいいとまで考えるほどにはね」
「第二王妃!?」
予想もしていなかった言葉に思わず目を見張る私に対して、殿下は小さく笑みをこぼすだけにとどめて先を続ける。
「ただ私としては帝国の姫を迎え入れる以上、他に妃を選ぶのは得策ではないとも思っているんだよ。個人的にも、彼女以外は考えられないからね」
うんうんと頷きながら殿下の話を聞いているユゲットは、それに大いに賛成ということなのだろう。実際私たちが帝国に留学中も、彼女は殿下に対して妃は増やさないほうがいいと助言していた。
「ただそうなると、すでに成人していて問題のない人物かつ決まった婚約者がいない適齢期の、しかもブランシェ伯爵家と交渉ができそうな令息など、そうそういるものではないよ。むしろこの条件を提示したうえで聞きたいのだけれど、君以外に条件に当てはまりそうな人物など、いったい他に誰がいるというんだい? 心当たりがあるというのなら私から推薦したいから、ぜひ教えてほしいものだね」
「っ……」
それを言われてしまうと、確かにすぐには思いつかない。
そもそもブランシェ伯爵令嬢の婚姻がまとまらない理由は、大きく二つ。伯爵領がまだ特産も持たない時期に打診をして、すでに断られているというのが一つと、もう一つは単純に適齢期の嫡男には婚約者が存在しているのがほとんだということだろう。
伯爵家には正式な嫡男となる男児がいるため、姉である令嬢が婿を取るわけにもいかない。そして家を継ぐ予定ではない嫡男以外となると、爵位持ちでない限りお互い実家からの援助が期待できないため、これもやはり難しい。彼女自身が嫁ぐこと自体を諦めているだとか、ブランシェ伯爵領にとって重要な人物だからだとか、ここに関してはそういった事情とはまた別の問題なのだ。
そして残念ながら、過去と今では状況がかなり違う。現在のブランシェ伯爵令嬢の価値は非常に高い。それは王族が認めるほどのものである以上、今は下手な人物を選ぶことすらできないのだ。殿下の言葉通り国との強い結びつきを考えれば、当然ながらその対象は高位貴族となるであろうし、だからといって次男や三男をあてがうわけにもいかない。たとえブランシェ伯爵が許したとしても、今度は王家がそれを許さないだろう。
そうなれば確かに、アマドゥール公爵家の嫡男であり決まった婚約者が存在しない適齢期の人物として、私以上に条件に当てはまる者は存在していない。
「公爵家ならば、婚家として伯爵家への援助も可能だろうからね。なにより『雪野菜』の生産量の向上を理由に、国から助成金を出すのにもちょうどいい。今後の利用価値の高さを考えれば国としても公爵家に他の家との結びつきを選ばれるより、伯爵家のほうが得られる利も大きいんだよ。だから王家の一員としては、できることならばフェルナンにブランシェ伯爵令嬢を口説き落としてほしいところかな」




