11.本当の要
「ただ相手がブランシェ伯爵令嬢ならば、かえって都合がよかったかもしれない」
「そうなのかい?」
「『雪野菜』が市場に出回り始めたのはここ最近の話だというのに、美食家で有名な人物たちがこぞって求めているらしいからね。その時点で味は保証されているといっても過言ではないし、それならば各国の要人を招いた際にも提供できないかという話は出ているのだけれど、残念ながらまだまだ生産量が少ないようで簡単には手に入らないんだよ」
「なるほどねぇ。ということはつまり、そこの娘と誰かが縁を結ぶことができれば最も手っ取り早い、と」
「そうだね。生産方法も出回っていないから、他国に知られるよりも先にどうにかして強い結びつきを作っておかなければ、いくら我が国の伯爵家とはいえ安心できないからね。特に商人と手を組んでいるようだから、なおさら」
どうやらブランシェ伯爵領の『雪野菜』に関する情報は、すでに殿下のところにまで届いていたようだ。私の場合、外交の際に有利に働く可能性のある情報はどんなに小さなものでも常に仕入れるようにしているので、その関係でブランシェ伯爵領について調べることもあったが、まさか帝国へ留学している二年間の出来事まで殿下がご存じだったとはと、少々驚いた。
だが裏を返せば、それだけブランシェ伯爵領の名が知れ渡り始めているということ。つまり彼女の努力が実になっているという証になるのだから、そこは素直に嬉しく思う。
「ほぅほぅ。で、実際のところはどうなんだい? そこまで有名になっているのなら、フェルナンだって何か知ってるんだろう?」
「あぁ、確かにそうかもしれないね。色々調べているのだろうし、ぜひとも意見を聞かせてもらいたいかな」
しかし、まさかこの状況下でこちらに話題が振られることになるなど全く考えていなかったので、つい反射的に顔を上げてしまった私はこちらを見つめてくる赤と青の瞳に思わず固まってしまった。
殿下の予想通り、確かに私はブランシェ伯爵領について定期的に調べるようにしていた。それはブランシェ伯爵令嬢のことを調べていく内に、伯爵領の様々な問題から領地経営に関して借金をしているというところまで知ってしまったからだ。
帝国に留学後も、気になるあまり領地経営の名目で借金までしている家を徹底的に調べさせ、その中でも当主一家の人柄などに問題がなさそうな家に関しては継続的に報告をさせていた。自国の貴族について調べることはアマドゥール公爵家においてはごくごく日常的な行為であるのと同時に、問題のありそうな家についてはその都度報告をしていたので不審がられることもなく、またこういった角度からの調査は父上もしていないのだということをよく知っていたので、その中の一つにブランシェ伯爵領を紛れ込ませても適切だと判断され詳細を調べることができたのだが。
(まさか、こんなところでその成果について話す日が来るなど、全くもって予想していなかったな)
とはいえユゲットはともかくとしても、立太子され正式にデュロワ王国の王太子殿下となられたオーギュスタン殿下に意見を求められてしまっている以上、臣下である私が答えないわけにはいかない。
本音を言ってしまえば彼女についての情報は一つも出したくないところではあるが、そんな感情は口にも態度にも一切出すことなく私は口を開いたのだった。
「ブランシェ伯爵領の『雪野菜』が初めて市場に出回ったのは、二年ほど前の冬のことです。ちょうど殿下と私が帝国へと留学しユゲットと出会ったその年に、ごくごく少数の人物だけが取り引きしたのだという記録が残っています」
「二年? たったの二年でここまで有名になったというのかい?」
「はい。とはいえ今はまだ、知る人ぞ知るという段階ではありますが」
「そうだね。だからこそ今のうちに令嬢との縁談をまとめて、ブランシェ伯爵家と強いつながりを作っておきたいんだよ」
そう、通常であればそう考えるのが妥当だろう。今後さらに価値が上がる可能性がある以上、早いうちから動き始めておくべきだ、と。
だが、私は知っている。調査内容の報告書だけではなく、直接この目で四年もの間見てきたのだから。
「殿下、それは難しいかもしれません」
「なぜ? ブランシェ伯爵が令嬢を溺愛しているとか?」
「いいえ、そうではありません」
他の何を捨てでも四年という歳月を費やした彼女がいたからこそ、二年という短い期間でここまでの成果が出せたにすぎない。
つまり、ブランシェ伯爵領が生み出した『雪野菜』の本当の要は――。
「ブランシェ伯爵令嬢こそが、『雪野菜』の生みの親であり立役者なのです。その全ての知識を持つ彼女を手放すなど、ブランシェ伯爵でなくとも嫌がるでしょうね」
なによりもブランシェ伯爵令嬢自身が、領地を離れることを承諾しないはずだ。彼女はその人生のほとんどの時間を、領地のために使っていたのだから。
私はそれをよく理解していたので事実を知った際にも驚くようなことはなかったが、どうやら殿下は違ったらしい。ユゲットも私たちの会話を聞いて、驚きからか目を丸くしている。
「令嬢が、全ての知識を……?」
半信半疑とばかりに呟く殿下に、私は知り得た情報全てを今ここで告げる決意を固めたのだった。己のこの行動で、少しでも彼女に火の粉が降りかかるのを防ぐことができればと願いながら。




