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侯爵様に愛をささやかれるだけの、とっても簡単なお仕事です。  作者: 朝姫 夢
月の侯爵様の想い人 ー フェルナン視点 ー

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4.宝石のような瞳

 あれはまだ私が学園に入学して間もない頃のこと。授業で習った各国の気候と植物についての関係性が気になり、今後の外交活動でも役に立つ知識があるかもしれないと個人的に図書室に訪れ調べていた時だった。


(『寒い地方でも育つ植物一覧』……あった、これか)


 授業の終わりに担当教師に参考になるような文献はないですかと質問してみたところ、冬は豪雪地帯と呼ばれるような領地も有しているデュロワ王国の全域で育てられそうな植物の一覧があると、私の意図を汲んでくださった教師に教えられた本のタイトルが、まさにそれで。図書室のかなり奥まったところにあるような専門書の棚まで移動して、ようやく見つけたそれに手を伸ばした瞬間。


「あっ」

「あ……」


 なんと偶然にも、反対側から同じ本に手を伸ばしている女生徒と同時に声を出してしまって、これまた同時にお互い顔を見合わせてしまう。

 雪原を彷彿とさせるようなスノーホワイトの髪と鮮やかなエメラルドグリーンの瞳に、透けるような肌と淡い色の唇の持ち主。だいぶ細すぎるような気もするし髪も傷んでいるように見えるが、今まで一度も見かけたことのない令嬢ということは、学園の入学と共に初めて領地から出てきた可能性が高い。などと思いながらも、私はその美しく輝く宝石のような瞳に釘付けになってしまっていて――。


「あの……お先に、どうぞ」


 図書室の中なので小声ではあったが、鈴を転がすような声でそう告げながら手を引いた彼女の自然な様子にハッとするのと同時に、どこか胸の高鳴りを覚えてしまっていた私はその本を棚から抜いて彼女の目の前に差し出し。


「どうぞ、ご令嬢。私はこれと(つい)になっている本にも興味があるので、先にそちらに目を通しますから」


 こちらも小声になりながらそう返し、さらにこう言葉を続けた。


「その代わりに、というのもおかしな話ですが、もしあなたがその本を読み終えた時に私の姿を見かけたら、一度声をかけていただいてもよろしいですか?」


 直感的に、もう一度彼女と話をしてみたいと思ったのだ。そして本に関係しているのであれば多少誰かに私と会話している姿を見られたところで、あとから聞かれて彼女が困ることは特にないだろうという打算もかなり含んでいたのだが。


「……本当に、よろしいのですか?」

「えぇ、もちろんです」


 そんな様子はおくびにも出さず、にっこりと人好きのする笑顔を浮かべてみせる。

 正直普段であれば、女性に対してあまりこういう態度を取るのはよろしくないのだということは理解していたので、笑顔を向けるということも基本的には少ないほうなのだが。この時はなぜか、彼女ならば問題ないだろうという謎の確信があった。事実彼女は一切顔を赤らめるようなこともなく、ただこちらを美しく鮮やかなエメラルドグリーンの瞳で真っ直ぐに見上げながら一度小さく頷いてみせただけだったので、私の判断は正しかったのだろう。


「分かりました、ありがとうございます。では読み終わった際にお姿をお見かけしたら、すぐにお声がけしますね」

「はい。よろしくお願いします」


 それだけの会話を交わして、私は彼女が気にせずこの場を立ち去れるようにと教師に教わっていた対になる本、令嬢に手渡したものの隣にあった『暑い地方でも育つ植物一覧』と背表紙に書かれているそれを手に取った。

 私のそんな姿を見てホッとしたのか、本を抱えた彼女は片手でスカートの裾をつまんで小さくお辞儀をしてみせると、足早にその場から立ち去って近場にあった読書スペースのイスに座り、表紙をめくって本の内容に目を通し始める。


(……令嬢と会話して騒がれなかったのは、初めてだ)


 今さらながらにそう思い、だから彼女に対して普段よりも女性に対する警戒心が出てこなかったのかと一人納得しながら、私も本を手に彼女から少し離れた場所へと腰かける。図書室のかなり奥にある場所とはいえ、生家の関係で特に女性から声をかけられることの多い私が下手に見つかって騒がれてしまえば、周囲の迷惑となるのは明らかだろう。そういったことを避けるためにも、なるべく人目につかないようなところの目星を事前に付けていたのだ。

 だがこの時の私は、珍しくあまり本の内容が頭に入ってこないまま。先ほどの令嬢とのやり取りや、真っ直ぐに見上げてくる鮮やかなエメラルドグリーンの瞳のことばかりを思い出してしまっていて、とてもではないがこれ以上読書を続けられそうにもなかった。

 そこでふと思い至って、席を立って本棚の間を移動する。もちろん手には先ほど本棚から抜いてきた本を持ったまま、誰にも怪しまれないようにごくごく自然を装って目的の場所へ。

 そこは本棚のおかげで入り口付近からは完全に死角になっていながらも、人の少ないこのあたりの読書スペースの一部がしっかりと見渡せるような、求めていた通りの位置。本棚の置かれている間隔からそうではないかと思っていたが、予想以上に理想的すぎる場所を見つけたことで思わず笑みがこぼれてしまった。


(ここを探した理由も含めると、なおさらおかしく感じてしまう)


 そんなことを考えながらも手に持った本を開いて片手で持ちつつ、不自然にならないような高さまで持ってきて読んでいるふり(・・)をする。そう、あくまでそう見せかけているだけ。本当の私の視線は、目の前の本ではなく――。


(あぁ、もう半分以上読み終わっているのか)


 それを通り越した先にいる令嬢へと、ただ真っ直ぐに向けていた。



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