3.忘れられない女性
「普段のフェルナンならば、何を言い出すんだと冷静に対処して終わりのはずだからね」
「動揺したってことは、明らかに心当たりがあるってことだねぇ」
ニマニマとした表情でそう言い合っている殿下とユゲットは、それはそれは楽しそうな様子で。この二人が手を組むとろくなことがないことを経験上知っている私は、できればおかしな方向へ話が転がり出さないでくれと願いながらも、同時にこう思わずにはいられなかった。
(ユゲットはともかく、殿下は飲みすぎだ……!)
珍しく頬が赤くなるほど飲んでいるようなので、本当にそろそろ止めなければならない分量なのだろう。それは分かっている。分かっている、のだが。
「で? どんな娘なんだい?」
「月に例えられる我が国の新しい侯爵の心を射止めたのは、いったいどこの令嬢なのだろうね」
「っ……!」
すでに確信をもって口にする二人の視線から、逃がさないという圧を感じてしまい。たとえここで私が、存在しない、勘違いだ、といくら言葉を並べ立てたところで、確実に納得しないであろうことは目に見えて明らかだった。
だからこそとも言えるし、普段よりは私も酔いが回っていたせいなのかもしれないが、この時はなぜか本当のことを告げてもいいのではないかという思考になっていて。
「……まぁ、そうですね。確かにいますよ。以前から密かに想いを寄せていて、今でも忘れられない女性が」
「!!」
「っ!?」
誰にも言うつもりはなかったはずなのに、口からは本心がするりと出てくる。その瞬間、妙に嬉しそうな様子のユゲットと本気で驚いたような表情を浮かべるオーギュスタン殿下の対比が、なぜだか妙に強く印象に残った。
だが、それで終わり、とはいかないのがこの手の話題の困ったところだろう。案の定、二人はものすごい勢いで私の言葉に食いついてきてしまったのだから。
「本当か!? 本当にフェルナンが!? しかも以前からとは、いったいどれほど前から!? 相手はどこの令嬢だ!? 婚約者候補の中にいるのか!?」
「いいねぇいいねぇ! せっかく三人だけの場なんだから、そうこなくっちゃねぇ!」
あぁ、これは面倒なことになるな。と私が理解したのは、まさにこの瞬間だった。
ユゲットはまだいいとしても、殿下のその質問の仕方は私にとってあまりよろしくない方向に深堀りされてしまう可能性を多分に秘めていたし、普段ならば殿下も敏い方なのでそのことにはすぐに気が付くはずなのだが、今はどうやら本当に飲みすぎていたようだ。本来ならばあまり掘り下げるべきではない部分ばかり的確に突いてくるのだから、下手に様々な内情を知っているとこういうことも予期せず起きてしまうのだということを、私も若干回らなくなり始めているのかもしれない頭で考える。
とはいえ当然、強い興味を示した目の前にいる二人が待ってくれるはずもなく。
「忘れられない、ってことは……もしかして、一度そういう関係になったことがあるってことかい?」
「そうなのか!? 私の知らないところで、君はいったいどんな経験を積んできたというのだ……!」
それぞれが持つ豊かな想像力のせいで、過去の私の行動があらぬ方向へと展開させられそうになってきていることを感じ取り、急いで言葉を挟み込んで説明する羽目になった。
「違います! 学生時代、私が一方的に想いを寄せていただけで、彼女とは一切なにもありませんでした! そもそも言葉を交わしたことも一度きりです!」
「それは、なんというか……」
「その……言いにくいが、脈なしなんじゃないかい?」
だというのに、今度はなぜか同情にも似た視線を向けられるので。
「ですから! 密かにと言ったではありませんか!」
と、思わず大声になってしまった私だったのだが、それに対して殿下とユゲットは互いに顔を見合わせて困ったような表情になる。
ちなみにこの部屋には念のため、一切の会話が外部に漏れてしまわないようにとユゲットが最初に防音の魔法をかけてくれていたのだが、それがまさかこんなところで役に立つとは想像もしていなかった。
だが、今はそんなことよりも。
(なぜ無言で首を振るのか……!)
言葉はなくとも通じ合っているのか、二人は同時に目を合わせながら首を横に振る動作を見せ、さらには私がこの場にいるというのに、これまた同時にため息までつく始末。
どうにも納得がいかない私は、現実逃避をするように目の前にいる殿下とユゲットのことはいったん忘れて視界に入れないようにしながら、彼女と出会った日のことを一人思い出していた。




