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26.ブランシェ伯爵領へ

「お前は仕事に戻れ。あとのことは私が引き受ける」

「ですがっ……!」

「聞こえなかったのか? 私は仕事に戻れと言ったんだ」

「っ……」


 それでもなお必死に食い下がろうとするウラリーに対して、アマドゥール公爵は冷たく突き放すように言葉を返しながら、凍てつく視線を向ける。その様子に、これ以上は屋敷内での彼女の立場が危うくなってしまう可能性があるとソフィアは考え、ウラリーが次に言葉を発するよりも早く先手を打つことにした。


「公爵様のご要望通り、私は領地に帰ることにいたします」

「ソフィア様!?」


 驚愕の表情を向けるウラリーに小さく首を振って、今はこれが最善策だということを暗に伝える。特に今はフェルナンも不在で、公爵に対してしっかりとした説明ができる人物が存在していない以上、ここは屋敷の主の意向に沿うべきなのだ、と。

 短いようで長い期間のほとんどの時間を常に共にしてきた、ソフィアの専属侍女として選ばれた彼女は、それだけで多くを察せるようになっていた。だからこそ、ウラリーはソフィアのその決意を自分が無駄にしてはならないと考えて。


「……承知いたしました。失礼いたします」


 今できることをするために、下品にならない程度にその場を急いで離れることにしたのだった。


「馬車は? どこに停めている」


 ウラリーがこの場を去っても一切気にすることなく、むしろ急かすようにそう問いかけてくる公爵に対して、ソフィアは自分の行動が正しかったのだと確信を持ちつつも改めて向き直り、正直に答える。


「残念ながら我が家の財力では、たった一人のために馬車を出すことすら叶いません。ですのでどうか、乗り合い馬車が出る時間になるまではお待ちいただけませんで――」

「あぁ、なるほど。はじめから、そう言って居座るつもりだったのか」


 だが、なぜか公爵はソフィアが言い切るより先に一人、納得したようにそう頷いて。


「それならば話は簡単だ。我が家の馬車で今すぐに領地まで送り届けてやるから、心配しなくていい」

「え……」


 表情を変えることなくそう言い放ったものだから、ソフィアは返す言葉が見つからず、思わず黙ってしまった。そもそもブランシェ伯爵領から王都までは、どんなに早くとも馬車で二日はかかる。だというのに、なんの支度もせずに今から出発など、本来であれば不可能なはずだからだ。

 しかし公爵は、そんなソフィアの様子に何を思ったのか。


「不満か?」


 不機嫌そうに眉根を寄せて、そう問いかけてきた。

 これに本気で焦ったソフィアは急いで首を横に振りながらも、勇気を振り絞ってさらに問いかける。


「いいえ、まさかっ! ですが、今すぐに出発したとしても往復で四日もかかってしまいますが、よろしいのでしょうか?」


 その間、何台あるのかは知らないが、公爵家の馬車が一台完全に使えなくなってしまう。自分が領地に帰るためだけにそんなことをしていいのかと、申し訳ない気持ちのほうが先に立ってしまったソフィアであったが。


「我が公爵家の使用人や馬を、長時間そんな仕事につかせるわけがないだろう。特注の馬車を走らせれば、今日中には伯爵領に到着する」

「!?」


 当然のことのように言いきった公爵の言葉が信じられなくて、ただただ驚愕に目を見張ることしかできなかった。

 だが、そんなソフィアの様子などお構いなしに、アマドゥール公爵は側に控えていた男性使用人に馬車の用意をするよう指示を出してから、ついてくるようにとだけ告げて歩き出してしまう。


所詮(しょせん)は小娘の浅知恵だな」


 急いで言われた通りにあとを追ったソフィアは、その背中に追いつく寸前に耳に届いた公爵の言葉から、なにか誤解が生まれている可能性が高いというところまでは予想できたのだが。この状態でアマドゥール公爵と会話を続けることは不可能なのだろうと判断して、あえてここで弁解の言葉を挟むようなことはしなかった。


(私の中でも、まだ答えは出ていないけれど……)


 今は指示された通りに領地へと帰るのが得策なのだろうと考えて、素直に用意された馬車に乗り込む。その際、荷物は一つも持ち込むことはできなかったのだが、それは致し方がないと諦めるほかなかった。

 なによりもフェルナンがいないこの状況下で、ソフィアがアマドゥール公爵邸に滞在していなければならない理由など、本来ならば一つも存在していない。それに、この先もソフィアが必要だとフェルナンが判断した場合はもう一度手紙が届くなど、なにかしらの連絡があるはずだろう。

 そんな風にソフィアは考えて、今までに見たことないほどの速度で窓の外の景色が流れていくのを眺めていると。いつの間にか公爵の言葉通り、本当に夜までにはブランシェ伯爵領へと到着し、カントリーハウスまで送り届けてもらうことになったのだった。

 なお、常識的には考えられないその一連の出来事に、ソフィアは朝の怒涛(どとう)の展開以上についていくことができず、しばらくの間は開いた口が塞がらない状態になっていたことをここに追記しておこう。



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