1.役目は終わった
ソフィアがブランシェ伯爵領へと戻ってから、半月。その間アマドゥール公爵家からの手紙が届くことは、一度もなかった。
外交のため国外へと赴くのは十日間の予定だったフェルナンは、もうとっくに屋敷に戻ってきているはずだろう。にもかかわらずなんの音沙汰もないということは、つまりそういうことなのだろうとソフィアは理解している。
(きっともう、私は必要ないのよ)
魔法がほぼ解けかかっている、あるいは今後は内々に決定した婚約者にその役目を任せようということなのかもしれない。いずれにせよ、連絡がない時点でソフィアの役目は終わったも同然だった。
そのことに全く胸が痛まないわけではない。最後は自分で判断を下したわけではなく、問題が大きくなってしまう前にアマドゥール公爵に言われるがまま領地へと帰ってきてしまったのだから。まさかそれが、完全なる別れにつながってしまうとは考えもせず。
もう二度と言葉を交わすどころか会うことすら叶わなくなってしまったと悟った時、ソフィアは自分がどれだけフェルナンに本気で恋をしていたのかということを思い知った。なにも手につかなくなるとはこういうことかと、しばらくは読書から離れるだけではなく食事までなかなか喉を通ってはくれなかったのだから。
しかし、いつまでもそのままというわけにもいかない。特に今の暑い時期は、売り物の雪野菜ではなく自分たちが食べるための植物を育てなければならない大切な期間なのだから、人手は一人でも多いほうがいいにきまっているのだ。休んでいる暇など、ブランシェ伯爵領には存在しない。
「ソフィア様ー! 今年の土は去年よりも柔らかくて上等ですよー!」
「ありがとう! 雪野菜の収穫時期も楽しみにしているわね!」
「はい!」
都合のいいことに、蓄えた知識を活用するために土の具合や植物の様子を見て回るなど、自分にしかできないことに全力で向き合っている間、ソフィアは胸の痛みを忘れていることができた。それよりも目の前の様々な問題に目を向ける必要があり、フェルナンのことを思い出している余裕などなかったからだ。
だからこそソフィアは、今まで以上に必死になって働いた。あまりにも頑張りすぎる彼女に、家族が心配して少しは休むようにと声をかけるくらいには。
しかし反対に、今まで領内から出ていた才女の帰還に領民たちは大いに喜び、毎日ソフィアに畑の様子を見てもらい意見を聞けることを楽しみにしていた。そんな姿を見てしまえばソフィアの父であるブランシェ伯爵ですら無理に止めることはできず、結果今でも毎日暑い中ソフィアは出かけているのだ。
笑顔で領民たちと会話を交わすソフィア。
だがそれは、一日の中でもそう長くはない時間だった。
「ふぅ……」
領地内の畑の見回りで流れた汗を濡れタオルで拭ってさっぱりし、休憩のために部屋着へと着替えて自室のベッドに横になった瞬間、その口からは人心地ついたとばかりにため息がこぼれ出る。だが同時に落ち着いたこの時を狙っていたかのように、フェルナンから手紙の一つも届いていないのだという現実がソフィアを襲う。
「っ……」
その事実に泣きたくなってしまったソフィアは、強く目をつぶり体をギュっと丸めることで、その感情が過ぎ去るのを待とうとするのだが。そんなことで流せる程度の気持ちでないことは、もうとっくに気付いていた。
だが、ここで涙を流すわけにはいかない。これ以上家族に心配をかけてはならないと、ただその一心でソフィアは耐え続ける。
(もともと私は、フェルナン様をお慕いしていい立場ですらなかったのだから)
本来ならば、彼に愛をささやかれても問題ない人物として選ばれたのが自分なのだから、こんな気持ちを抱くほうが間違っているのだとソフィアは自分に言い聞かせて。
(それに、婚約者様がそのお役目を担って愛をささやかれるのであれば、それが最も正しい形だもの)
だからこれでよかったのだと、フェルナンが婚約者との仲を深めるために自分が邪魔になってしまうわけにはいかないのだと、ソフィアは無理やりに自分を納得させるのだ。彼に密かに恋心を抱いてしまっている自分では、側にいるのに相応しくなかったのだと。
当然のことではあるのだが、それら全てはもちろんソフィアの本心ではない。だがそうでもして理由を作らなければ、耐えられそうになかった。それほど彼女にとって、遅すぎる初恋は鮮烈なまでにその心に大きな存在を残しつつも、同時に今まで知ることのなかった鮮やかすぎる強い光のような日々は、ただただ痛みとなってその胸に襲い掛かるのだ。
そうして今日もまた、ソフィアは一人自室の簡素なベッドの上で縮こまりながら、必死にその感情が通り過ぎるその時を待ち続けるのだった。




