21.安堵感
そしてここで、先ほど浮かんだ疑問が再びソフィアの頭の中に湧き上がる。つまり、魔女ユゲットこそフェルナンに恋慕の情を抱いている張本人なのではないか、と。
仕事のため一時離席しているような状態のフェルナンが、いつ戻ってくるのかは分からない。だがその気配はまだ感じられない今こそ、ユゲットの本心を聞くべき最大のチャンスなのではないかとソフィアは考えて。
「唐突で申し訳ないのですが、一つだけ確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
「ん? なんだい?」
語り疲れたのか、ティーカップを傾けながら気安い雰囲気で返事をするユゲットに真っ直ぐエメラルドグリーンの瞳を向けながら、意を決してソフィアは口を開いた。
「ユゲット様ご自身が、フェルナン様に想いを寄せていらっしゃるということはございませんか?」
「ぶふぅっ!?」
唐突過ぎるその質問に驚いてしまったユゲットは、思わず口の中に入れていた紅茶を盛大に吹いてしまう。その姿を見て急いで動き出そうとしたウラリーを手で制しつつも、若干咳込みながらユゲットは人差し指を軽く振った。たったそれだけで、まるで何事もなかったかのようにテーブルの上も床も綺麗になってしまう。
これが魔法の力なのかと驚きに目を見張るウラリーなのだが、今のソフィアにとってはそんなことよりもユゲットの返答のほうがずっと大事なので、それどころではなかった。目の前で起きたことなど意に介さず、ただひたすらに真っ直ぐユゲットに視線を向け続ける。
「いや、ちょっ……えぇ!? アタシ、そんな勘違いを生みそうな言動なんてしてたかねぇ?」
一方、本気で困惑している様子のユゲットは、今日一番の渋い顔をしながら自分の行動を思い返していたのだが。どうやら、全く思い当たる節がなかったようで。
「いやいやいやいや……! どこをどう見たらそう解釈できるのかは分からないけど、少なくともアタシの好みはもっと年上だよっ。フェルナンなんて、まだまだ子供もいいところじゃないかっ」
思わずといった風に、一人でそうブツブツと呟いていた。
だが、その言葉をしっかりと拾っていたソフィアとしては、どうしてもハッキリさせておきたい部分ではあるのだという決意のもと、再び口を開く。
「女性に対して愛をささやいてしまうなどという特殊な魔法を、何もないのにその場で思いつけるとは考えられなかったのです。ですから、もしかしてと思いまして――」
「ないない! どう考えたってないよ! むしろフェルナンが女一人口説いたことがないって言うから、それなら手助けしてやろうとお節介を焼いただけだからね!」
「……お節介?」
その単語が、どう考えても今の状況と結びつかなくて。疑問に思ったそのままに口に出しながら、ソフィアは首をかしげてしまったのだが。完全に否定しておきたいユゲットはその様子に気付かなかったようで、さらに言葉を続ける。
「それにアタシはこう見えても、アンタたちよりもずっと年上なんだよ! 魔女ってのは長生きだから見た目じゃ年齢は判断できないだろうけど、少なくともフェルナンやオーギュスタンなんて子供どころか孫でもまだ足りないくらいに歳が離れてるんだ! 友人ならいいけど、恋人にするのは無理だね!」
苦虫を噛み潰したような表情をしながら、首を横に振るユゲット。その姿と必死に否定してくるその言葉に、ソフィアはなんだか悪いことを聞いてしまったような気がして。
「その……失礼いたしました。大変お若く見えていたので、つい気になってしまいまして……」
頭を下げて、素直にそう謝罪の言葉を口にした。
「分かってくれたのなら、それでいいよ。まったく、年寄りを驚かせないでおくれ。まさか老婆心が恋心だと勘違いされる日が来るだなんて、考えてもみなかったよ」
ホッとした様子のユゲットは、そう告げてから気を取り直すようにテーブルの上のカップへと手を伸ばす。先ほど吹いてしまっていたが、その中身はウラリーがすぐに追加してくれていたようだ。カップいっぱいに入っている紅茶でゆっくりと喉を潤しながら、ユゲットは予想外の言葉につい過剰に反応してしまったと反省しつつ、心を落ち着けていた。
一方で、そんな彼女の様子と先ほどの返答にソフィアは。
(ユゲット様は、フェルナン様をお慕いしているわけではなかったのね。……よかった)
心の中で一人、安堵感を覚えていたけれど。
(…………え……?)
なぜそこで自分が安堵するのだと引っ掛かりを覚えて、その疑問を解決しようとした瞬間。
「……っ!?」
まさか、と思うような真実にたどり着いてしまう。
だが、それならば今までの様々なことにも納得がいく。納得はいく、のだが。
(そんな……まさか……)
つい先ほど、ユゲットから使用人の話を聞いたばかりだというのに。
(私……いつの間にか、フェルナン様のことをお慕いして……?)
そこまで考えた瞬間、一気に体温が上がったかのように体中が熱くなる。
このままでは認めるしかなくなってしまうと危機感を覚えながらも、必死にそのことを頭から追い出そうとすればするほど、フェルナンのことばかりを考えてしまい。
(ああぁっ……どうしましょうっ……!)
一人ドツボにはまって抜け出せなくなっているソフィアの頭の中は、グルグルと同じ思考ばかりが巡っているのだった。




