20.衝撃的な事実
「しかしまぁ、今のフェルナンをありのままに受け入れてやるのが一番っていうのは、あながち間違いじゃないんだよ」
けれどその言葉を告げるのと同時に、先ほどまでの楽しそうな雰囲気を一変させ真剣な表情でソフィアを見つめるユゲットは、どこか沈痛な面持ちをしているようにも見えて。他にも何かあるのかと、思わずソフィアは聞き返してしまう。
「と、言いますと?」
「あの男は意外とそういうことは口にしないだろうから、アタシが教えておくけどね。実はソフィアを探す前に、一度同じ役割を使用人に任せてた時期があったんだよ」
「え……」
初めて聞かされる真実に、ソフィアはまるで一瞬にして全身の体温が下がってしまったかのような錯覚に陥った。自分よりも先に、フェルナンから愛をささやかれていた人物がいる。そのことがまるで棘のように、ソフィアの心に突き刺さっていく。
だがそれでも、ユゲットの言葉は止まらない。
「最初はよかったんだよ。使用人も嘘だと分かっていたから仕事として割り切っていたみたいだし、フェルナンも外で不用意に愛をささやくようなこともないからって、安心しきってた。だからこのままなんとかなるんじゃないかって、アタシも含めて全員が楽観視してたんだ」
明らかに不穏な気配を纏った過去の話は、どう考えても最良の結果を生み出したとは思えない。そうでなければソフィアがアマドゥール公爵邸に招かれ、今こうしてユゲットと対面していることなどなかったはずなのだから。
それが分かっているからこそ、ソフィア自身も胸の痛みを覚えつつ同時に緊張感を抱きながら、ユゲットの言葉に耳を傾けているのだ。
「それが完全に崩れたのは、本当にある日突然だったんだよ。いや、本当は突然じゃなかったんだろうけどね。徐々に徐々に、それは日常を侵食していってたんだろうけど、誰も気が付くことができなかったんだ」
「……いったい、なにがあったのですか?」
まるで核心に触れたくないかのように、もったいぶったような回りくどい言い方をするユゲットだったが。それに先に耐えられなくなったのは、ソフィアのほうだった。
どう考えても問題が起きたとしか思えないその話し方に、そしてそんな人物がいたはずなのになぜか自分が今ここにいるという現実に、最悪の事態さえ想像できてしまって。けれどあえて、その使用人が今どこにいるのかとは質問しなかった。それだけは、どうしてもできなかった。ユゲットの返答次第では、立ち直れない可能性もあると考えてしまったから。
「……なんというか、まぁ。仕方がないことと言えば仕方がないことなんだろうけどね。その使用人が、本気でフェルナンのことを愛するようになってたんだよ。嘘だと知っていたはずの愛のささやきを、いつの間にか真実の言葉だと思い込むようになっててね」
「っ……!!」
覚悟を決めつつも、続く言葉を待っていたソフィアにユゲットから告げられたのは、想像していた最悪の事態ではなかったものの。それはそれで、ソフィアにとってはかなり衝撃的な事実だった。
無意識に両手でスカートを握りしめていることにすら気が付かないくらいには、それはあまりにも大きすぎる衝撃で。けれど一度話し始めたユゲットは、そのまま止まることなく過去に起きた出来事を語り続ける。
「しかも、これがまた厄介な相手でねぇ。本当に自分を愛してくれていればそれで構わないから、妾にしてくれってフェルナンに迫ったんだよ。当時は本当に、それで苦労したんだ」
釣り合う身分の令嬢ではない以上、外務大臣であるアマドゥール公爵家の嫡男の正妻になるのはほぼ不可能だ。それは確かなのだが、だからといって妾などという発想が出てくるのも、そもそもフェルナンの言葉を本気にしてしまっているという事実も、このままでは後々面倒なことが起こりかねないと判断したのだと、ユゲットはため息交じりに口にした。
「だからアタシは、その記憶を消すことにしたんだよ。その使用人だけじゃなく、周りの人間も含めて関わった全員分の記憶を、ね」
「っ!!」
それはつまり、その事実さえなかったことにしたのも同義。それほどまでに、ことは収拾がつかないくらいの大事になっていたのだとユゲットは語る。
「まぁ、だから誰も覚えていないんだけどねぇ。同じことを繰り返すわけにはいかないからと思って、今度はフェルナンが愛をささやいても問題ない人間に任せることにしたんだよ」
「それが……」
「アンタ一人だけだったんだよ、ソフィア・ブランシェ」
「っ……」
真っ直ぐに見つめてくる血のように赤い瞳に、まるで全身を射抜かれてしまったかのようにソフィアは体が動かなくなってしまう。だが同時に、考えてもしまうのだ。フェルナンにあそこまで積極的に愛を伝えられてしまって、勘違いしないほうが難しいのではないか、と。だからこそソフィアは、その使用人に同情すらしてしまう。
しかしこの時、ソフィアの後ろに控えるウラリーが驚愕の視線をユゲットに送っていたことも、それを目にしたユゲットがどこか不敵な笑みを浮かべて小さく唇を動かしたことも。俯いて考え込んでしまっていたソフィアは、一切気が付くことはなかった。




