19.逆効果
「本当に、すまなかったね」
応接間のソファーに向かい合って座り、ウラリーが淹れてくれた紅茶を互いに口に含んでひと息ついてから、先に言葉を発したのはユゲットのほうだった。
「酔っていたとはいえ、断りもなく他人を巻き込むようなことをしてしまったことは、本当に反省しているよ。この通りだ!」
「いえ、そのっ……! 魔女様、お顔を上げてくださいっ……!」
勢いよく頭を下げてきたユゲットに驚いたソフィアは、焦ったようにそう返すのだが。オレンジブラウンの髪を揺らしながら、ユゲットはキッパリと言い切る。
「いや、これはアタシなりのケジメだよ。アンタの都合も考えず、勝手に巻き込んだのは事実だからね。だから、謝罪することくらいは許してほしい」
「魔女様……」
豪快な性格かと思いきや、意外と常識的な部分もしっかりと持っているらしいその様子に、ソフィアの中での今までの魔女像が大きく変化していく。もっと自由気ままな存在かと思っていたのだが、どうやらそうでもなさそうだ、と。
「……分かりました。魔女様の謝罪を受け入れます」
「本当に? いいのかい?」
そもそも今回の魔女の行為自体に、ソフィアにとっての実害があったかと聞かれれば、あまりそういったことは感じていないのだ。むしろ領地の借金を返済できるいい機会になった以上、最も実害を受けているであろうフェルナンには申し訳ないが、ソフィアにとってもブランシェ伯爵領にとっても大変ありがたいことだった。
「きっかけはお酒の席でのことだったのかもしれませんが、そのおかげで結果的に私たちは救われていますから」
だから、それをそのままユゲットへと伝えると。
「……本当に、フェルナンの相手がアンタでよかったよ」
優しいまなざしで真っ直ぐに向けられた視線に、なぜか三度目の胸の痛みを覚えながらも、ソフィアは貴族令嬢らしくふんわりと微笑んでみせたのだった。
「ところで、その『魔女様』ってのはやめてくれないかい? アタシは堅苦しいのがどうにも苦手でね。普通にユゲットって名前で呼んでくれたほうが助かるよ」
「そう、なのですか? では、今後はユゲット様とお呼びしますね。私のこともどうかソフィアと、名前で呼んでいただけると嬉しいです」
「う~ん……まぁ、いいか。貴族令嬢ってのは、そこが限界だろうしね。名前はありがたく呼ばせてもらうよ」
言われた言葉の意味が分からず、思わず首をかしげてしまったソフィアだったのだが、その様子にユゲットはただ苦笑いを返すだけ。
だが、穏やかな雰囲気でいられたのはここまでだけで。
「ところで、フェルナンから聞いてるよ。アタシになにか聞きたいことがあるんだってね」
話題を変えるようにそう切り出したユゲットの言葉に、ソフィアは真剣な表情で頷いた。
「そうなのです。実はフェルナン様の魔法の効力が、以前よりも強くなっている気がしていまして。一度ユゲット様に確認してみなければと思っておりました」
「強くなってる? いや、そんなことはないはずだけどね」
今度はユゲットが先ほどのソフィアのように首をかしげているが、それに構わずソフィアはさらに言葉を続ける。
「ですが初期の頃に比べて、明らかに言動自体が積極的になりすぎているといいますか……。ユゲット様も先ほどのフェルナン様をご覧になられたでしょう? 最近ではもうずっとあんな風に、近すぎる距離でお話ししようとなさるのです」
「あー……。なるほどね、そういうことか」
そんなソフィアの訴えに、ようやくユゲットは納得したような顔で頷くと、次の瞬間にはまるで安心させるようにニッと笑ってみせた。
「心配しなくても大丈夫だよ。むしろその行動は、ちゃんと魔法の解除が進んでる証拠だからね。まぁ、今後もう少し過激になる可能性も否定できないけどねぇ」
「……え?」
ただ、最後に告げられた言葉に固まってしまったソフィアには、むしろ逆効果だったと言わざるを得ないだろう。安心するどころか、いっそ今後が不安になってしまう。
だがそんなソフィアの様子を目の前で見ているにもかかわらず、ユゲットはニヤニヤと意味ありげな表情を浮かべながら、さらに言葉を続けるのだ。
「元々あの魔法は、段階に応じて進行するようになっているんだよ。さっきのあの様子から察するに、今の進捗としては半分か、もしくは半分を少し過ぎたところって感じだろうね」
「半、分……」
今のあの段階でまだ半分程度なのかと、ソフィアはその真実に愕然としてしまった。現段階でも心臓がもつかどうか不安になっているというのに、まだこれ以上の言動が残っているのかと思うと、もはや想像もつかなくて気が遠くなってきてしまう。
「ま、ソフィアはただフェルナンに全部任せて、あの男のことを受け入れてやるだけでいいんだよ。事実そうやって、ここまできたんだからね」
「それは、そうかもしれませんが……」
「気にしない気にしない。むしろどーんと構えて、全て受け止めて包み込んでやる、くらいの心持ちでいるといいよ」
「む、難しいですっ……!」
無理難題をなんでもないことのように口にするユゲットに、ソフィアは頭を抱えながら本心を吐露する。
そんなソフィアの姿にからからと笑うユゲットという名の魔女は、どこまでも楽しそうだった。




