6.ウラリーから見た二人
ソフィア様と初めてお会いした日のことを、私はまるで昨日のことのように鮮明に覚えております。
「ウラリーと申します。どうぞこれからよろしくお願いいたします、お嬢様」
「え、っと……はい。ソフィア・ブランシェです。よろしく、お願いします」
少々戸惑っていらっしゃるご様子で、お部屋に案内した際にも驚いたような表情をされていたお姿が印象に残っておりますが、その中でも特に強く覚えているのはお着替えや湯浴みの際など、伯爵令嬢でいらっしゃるはずなのにお世話をされることに慣れていらっしゃらないのだという点でした。
さらにもう一つ私が気になったのは、使用人に対しても大変丁寧に接してくださるというそのご性質。本来ならば大変喜ばしいことではあるのですが、ソフィア様はただのお客様ではなく将来のアマドゥール公爵夫人となられる可能性が最も高いご令嬢ですので、むしろ使用人に指示を出すということを今から覚えていただかなくてはとまで思ったものです。
ソフィア様がアマドゥール公爵邸へとおいでになられた時期は、ちょうど屋敷の主である公爵様が外交のため不在でしたので、全ての指示はアマドゥール公爵家嫡男であらせられるフェルナン様より受けておりました。当然のことながら、ソフィア様と接する可能性のある使用人たちには魔女様の魔法の件に関しても伝えられ、そのうえで未来の奥方様となられる予定なのだと多くの使用人たちが周知の事実として受け入れていたのです。
もちろん魔法については他言無用かつ、この件についてはお屋敷の中でも簡単に口にすることは許されておりませんでしたし、なによりソフィア様のご負担になってしまってはいけないからとご本人にお伝えすることも禁止されておりました。
ですがだからこそ、フェルナン様が少しずつソフィア様と距離を縮めていらっしゃるお姿を目にするたびに、私たち使用人一同はあたたかい気持ちになりながら見守り続けていたのです。
使用人に対しても優しく、また磨けば磨くほどお美しくなられるソフィア様のお世話をさせていただけることに、私をはじめとした直に接することのできる侍女として選ばれた者たちは、それはそれは毎日満たされた気分で過ごしていたのですが……。そんなソフィア様にも、一点だけ問題がございました。
それが発覚したのは、ソフィア様がアマドゥール公爵邸でお過ごしになられるようになって、しばらく経った頃のことです。
「は? ソフィアがここ数日、まともに寝ていない?」
「はい。どうやら夜中も夢中になって本を読んでいらっしゃるようでして、朝方お支度のためにお部屋に行くと、必ず持ち込んでいた本のほとんどを読了されているのです」
読書中は大変な集中力を発揮され、とてつもない早さで次から次へと新しい本を読破していくお姿は、大変な勤勉家なのだと好意的に受け取ることができていたのですが……。さすがに睡眠をおろそかにされている可能性がある以上は、黙って見過ごすことはできませんでした。
「……分かった。ソフィアがそんな無茶を二度としないよう、私のほうで対策を考えておくよ」
「よろしくお願いいたします」
急いでフェルナン様にご報告申し上げ、そしてそのお言葉通りすぐに対策してくださったので、それ以降は私どもがソフィア様の睡眠時間を心配する必要はなくなったのです。ただそれでも、毎回のように昼食のお時間を忘れて読書に没頭してしまう癖は、簡単には抜けないようでした。とはいえこちらの件に関しては私がしっかりとお声がけすればいいだけですから、あまり問題はなかったのも事実なのですが。
それよりもこの件を機に、徐々に徐々にソフィア様がフェルナン様を意識してくださっているようにもお見受けしておりました私どもといたしましては、早ければ公爵様がお戻りになるまでにはお二人の心は通じ合うのではないかと、それはそれは楽しみにしていたのです。特にフェルナン様が王立図書館へとお二人でお出かけになられる約束をしていらっしゃる場面に居合わせた私は、これは今まで以上に気合いを入れてソフィア様の魅力を最大限に引き出さなくてはと、フェルナン様からも金額を気にせず必要な物は買い揃えていいとお許しが出たこともあり、当然のように当日担当になる予定の侍女たちと張り切っておりましたから。
結果ですか? もちろん大成功でした。
当日のフェルナン様は、ソフィア様のあまりの美しさにしばらくの間見惚れていらっしゃるほどだったのです。ですからこれを成功と言わず、いったいなんと言うのでしょう。
さらにはその翌日から、フェルナン様の言動がさらに艶を増していらっしゃって。これはもう時間の問題でしょうと、使用人一同ホッと胸をなでおろしていたのです。
ですから、まさかあんなことが起こるなんて……。
いえ、今となってはどなたが最も悪かったのかは、私どももよく存じておりますから。フェルナン様はもちろんのこと公爵様も全く悪くはありませんし、当然ソフィア様にも一切の非はありませんでした。むしろあの時すぐにお止めできなかった私自身の実力不足が、今でも本当に悔しいほどです。
話がそれてしまいましたね、すみません。ですがフェルナン様も公爵様も、そしてソフィア様までもがあの日の私の行動は適切だったと、悪い点など一つもなかったとおっしゃってくださったのです。ですから、最近ではあまり気にしないようにしております。特にソフィア様が正式にフェルナン様のご婚約者となられた今、専属侍女の筆頭として動かなければならない私には、落ち込んでいる暇などありませんから。
◇ ◇ ◇
「なるほどねぇ。つまりウラリーから見た二人は、かなり前から今の関係になりそうだったってことかい」
「は、はい。ですが、その……私などのお話が、はたして魔女様のお役に立つのかどうか……」
「いやいや、十分参考になったよ。ほら、今もまだアタシが酔ってフェルナンにかけた魔法が解けてない状態だろう? 婚約者にまでなったのになんでなのかってアタシも気になってたから、この屋敷の中で働いてる人間から見た二人の様子を知りたかったんだけどね。なんというか、きっとあの二人は色々とゆっくり進む慎重な性格なんだろうねぇ」
フェルナンとソフィアが王立図書館へと出かけたその日に、なぜか一人でやってきたユゲットに捕まり色々と話をすることになったウラリーは、彼女の言葉に「そうかもしれませんね」と返すことしかできなかった。
けれど実は現状に大変満足しているウラリーからすれば、ユゲットはある意味でこの環境を作り出してくれた、いわば恩人のような存在でもある。そして同時にソフィアが外出中の今、他の使用人たちに比べて手が空いているのも事実なので、彼女はこの気さくな魔女のお相手を買って出たのだが。
(魔女様の魔法が解けても解けなくても、きっと今とあまり変化はないように思えてしまいますね)
アマドゥール公爵邸の中で、誰よりも長い時間ソフィアの側で過ごしてきたウラリーのその予想がはたして当たっているのか、それとも外れることになるのか。その正解が分かるのは、まだまだ先のことである。




