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第八話:ミケーレ先生の葬儀

 次の日、ドメニコ係長から仕事を頼まれた。


「ミケーレ先生の葬儀に行ってもらえないか」

「あれ、亡くなってから一ヶ月以上経ってますよね。いまごろお葬式ですか」

「検死にずいぶん時間がかかったらしいね」

「結局、死因はなんだったんですか」

「うーん、心臓麻痺ってことらしい」


「例の国王陛下からのお花とか持って行くんですか」

「いや、ミケーレ先生は会員じゃなくて、受賞者だから王室は関係ない。美文館から独自でお花と館長からのカードを出すだけだ」

「非常勤職員のあたしでいいんですか」

「まあ、美文館会員から集めた私的なお金から出すものだからね。別にローラさんでもいいでしょう。ミケーレ先生の自宅はこのメスト市にあるから悪いけど直接持って行ってくれないか」

「わかりました」


 そんなわけで、あたしはミケーレ先生の自宅まで行くことになった。

 しかし、検死に一ヶ月以上もかかるなんて、死因がわからないから心臓麻痺で済ませたんじゃないだろうか。

 まさか、クトゥルフに殺されたとか。

 なんて考えてしまうほどルチオ教授に影響されてる。

 しかし、なんかあたしもクトゥルフに興味がわいてきたぞ。


 自宅に近づくと、大勢の人たちが葬儀に来ているのが見えた。

 大学の関係者かな。

 お花を持って近くまで歩いていくと、

「ローラさん、ローラさん」と声をかけられた。


 振り向くと、路上の引っ込んだ場所に見覚えのある蒸気自動車があった。

 運転席にいるのはルチオ教授だ。

 なんだか、こそこそとしているぞ。


「教授、なにしてんですか、こんなとこで」

「ちょっと頼みたいことがあるんだ。親族にミケーレ氏がクトゥルフについて何か言ってなかったか聞いてほしいんだ」

「何で、あたしに頼むんですか。先生が行けばいいじゃないですか。葬式だろうがなんだろうが、いつものようにズカズカと入っていけばいいんじゃないの」

「それがなあ、ミスカトニク市立大学の芸術学部の連中が大勢いてなあ、近づけないんだよ」

「なぜですか」


「芸術学部の教授会に乗り込んで、ミケーレ氏の作品『深淵への誘い』やその他の作品を処分するように言ったんだ。そこで教員全員と大げんかになった。総すかんをくらったよ」

「そりゃそうでしょ。芸術学部では美文館賞やらナロード王国賞を取った栄誉ある件だったんでしょ」

「クトゥルフの危険性を知らせたかっただけなんだがなあ。というわけで君から聞いてくれないかなあ」


 なぜか揉み手であたしに頼むルチオ教授。

 しょうがないわね。


「はいはい、わかりました」


 どうせ親族の方々に「クトゥルフ知ってますか」って聞いても、「何ですかそれ」って言われるだけと思ったあたしは引き受けた。


 葬儀のお花を渡した後、ミケーレ先生の息子さんらしき人に聞いてみた。

「美文館のローラと言います。あのー、変な事を聞くと思われますでしょうが、クトゥルフって知ってますか」

 あたしの想像とは違って息子さんはびっくりした後、急に小声になった。


「クトゥルフについて、あなたは詳しいんですか」

「いや、詳しい人は知ってますけど」

「ちょっとその人に会いたいんですが」


 ルチオ教授のとこに走って戻る。

「ミケーレ先生の息子さんが後日会いたいって言ってます。次の日曜日、ルチオ教授の研究室に来てくださいって決めちゃったんですけどいいですか」

「おお、かまわんぞ。うむ、やはりミケーレ氏はなにかしら残していったんだろうな。ローラさんも来てくれないか」

「え、あたしもですか」

「美文館職員にも聞いておいてほしいんだ」


 また、あたしを巻き込むつもりなのか、この爺さんは。


 ちょっと嫌味を言ってやる。

「そう言えば、教授は美文館会員にクトゥルフがいるとか言ってましたけど、美文館職員のあたしは大丈夫なんですか。あたしがクトゥルフだったらどうするんですか」

「君は頭も悪そうだし、鈍感でいい加減そうだから、クトゥルフの可能性はゼロだな」


 なんじゃ、その言い方は! 

 本当に失礼な爺さんだな、全く。

 けど、まあいいや。

 せっかくの休みだが仕方がない。

 それに、クトゥルフに好奇心もわいてきたのであたしは承諾した。


 次の日曜日。

 ミスカトニク市立大学へ行く。

 絵画を納品して以来だ。

 ルチオ教授の研究室を訪問。

 部屋の中がグチャグチャ。


「教授、学生さんに整理させたらどうですか」

「今は学生はいないんだ」

「え、そうなんですか」

「わしの研究についていけるものがいないんだなあ」


 単にルチオ教授が人気ないだけなんじゃないかしら。


 息子さんが訪ねてきた。

「初めまして、僕はカルロ・ソアービと言います」とルチオ教授に挨拶する。


 持参したミケーレ教授の手帳を見せてくれた。

「日記ですか」とのあたしの問いに、

「いえ、日記と言うか単に予定を書いた手帳ですね」とカルロさんは答えた。


 中身は事務的なことばかり。

 教授会とかの会議の日程とか、画材屋さんとかの打ち合わせとか予定が書いてあるだけ。

 しかし、ある時から突然、内容が変わる。

 去年の十月以降。


 クトゥルフ、クトゥルフ、フタグン!

 フングルイ、ムグルウナフ、クトゥルフ、ルルイエ!

 ウガフナグル、フタグン!


 イア!イア!クトゥルフフタグン!


 クトゥルフ・フタグン!

 ナイアルラトホテプ・ツガー!

 シャメッシュ、シャメッシュ!


 わけのわからない言葉が延々と綴られている。

「何ですか、これは」とあたしがびっくりしていると、

「これはクトゥルフを称える呪文のようなもんだな」とルチオ教授が解説してくれた。


 最後のページまで延々とその言葉が続いて終わる。

 一応、あたしもメモに書き留めたけど、なんだか不気味だなあ。


 カルロさんが詳しいことを教えてくれた。

「去年の十月頃から、急に父の様子がおかしくなったんです。それまでは普通に創作活動をしていました。僕は絵とかに興味が無くて、特に父が得意とする抽象画なんてさっぱり。けど、父がそれまで描いていた作品とは素人の僕にもあきらかに違う絵を描き始めたんですよ。ろくに食事もとらず一心不乱に絵画作成に没頭していました。何枚も描いては、これではだめだとか言って、次の作品を描き続けるんです。ついには体を壊してしまって。それでも描き続けようとするんです。あの人が満足する絵を完成させなくてはいけないと言ってました」


 ルチオ教授が葉巻の煙を吐き出した後、カルロさんに聞く。

「あの人とは誰のことだね」

「わかりません。てっきり、師匠筋にあたるアルバーノ・ヴァリーニ先生かと思ったんですけど、どうも違うみたいなんです。後、クトゥルフに身を捧げるんだとか言ってました。クトゥルフってなんのことって聞いたんですが、父は答えませんでした」

「何枚も描いたようだが、例の『深淵への誘い』と似たような傾向の作品かね」

「そうです。それまでは明るい色調の絵が多かったんですが、おかしくなってからは暗い色調の絵に変わっていきました」


 要するにミケーレ先生は、『あの人』なる人物に命令されて『深淵への誘い』を描いていたのだろうか。そして、その『あの人』は『深淵への誘い』を利用して国王陛下に危害を加えるつもりだったのか。


「とにかく、ミケーレ先生をそそのかした人物がクトゥルフとわしは思うね。その人物を探さねばならない。そいつの目的は王室の間にクトゥルフの絵を飾らせて、国王陛下をクトゥルフの世界に引きずり込むことだったんだろう。わしが阻止してやったけどな」

「ドメニコ係長から聞いた話によると、まだ、正式には決まってないようですけど」

「そうなのか。そりゃ、まずいな」


 すると、カルロさんさんが言った。

「どうやら『深淵への誘い』は危険な絵のようですね。親族代表として王室の間に飾るのは辞退することにします」

「おお、それがいい。すまないな」

「いえ、僕として残念ではありますが、国王陛下の命には代えられませんので。ただ、父を死にいたらしめた奴を捕まえてほしいんです」

「まかせとけ、わしが成敗してやろう」


 自信満々にパイプを吸いながら煙をくゆらすルチオ教授。

 この爺さん教授で大丈夫かいなとあたしは思った。


 その後、あたしはカルロさんから頼まれた。

「『深淵への誘い』は美文館で引き取ってもらえませんでしょうか」

「ええ、なぜまた」

 あたしはびっくりした。


「どうやら、ミスカトニク市立大学芸術学部が大学構内で展示しようとしてるらしいんです。先方から打診が来ました。それは多くの人があの絵を見ることになるからまずいですよね」

「そんなこと企んでいるのか、しょうがない連中だ。もしかして、芸術学部にクトゥルフが紛れ込んでいるんじゃないのか」


 ルチオ教授が怒っている。

 また、芸術学部の教授会に乱入しかねないな。


「ただ、自分の家に置いておくのも怖くて。とりあえず、ローラさんのいる美文館で保管してくれませんか。ローラさんなら事情を知っているので安心です」


 おいおい、いつの間にあたしはクトゥルフに対抗できる女になったのよ。


 そうだ、思い出した。ルチオ教授にベルトランド主任が美文館の所蔵作品目録を渡した件。


「ルチオ教授、今、美文館で所蔵している作品でなにか不審な物はなかったんですか」

「そうだなあ、作品目録の白黒写真で判断する限り、クトゥルフと関係ありそうな作品はなかったなあ」


 とりあえず、『深淵への誘い』だけ注意していればよいと言うことか。

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