最終話:あたしの作品
安アパートの自宅に帰る。
あたしは無職になった。
しかし、そんなことはどうでもいい。
昨夜、あたしが精魂込めて作成した絵がついに完成したのだ。
壁にかけて、ベッドに座りうっとりとして眺める。
あのミケーレ先生のように座ったまま死ぬのか。
それでもかまわない。
もう一生このままでいい。
あたしの目の前の絵には例の『深淵への誘い』のような軟体動物が描かれていた。
いつの間にかあたしもクトゥルフの世界に飲み込まれていたらしい。
しかし、非常に気持ちがいい。
あたしは呪文を唱える。
クトゥルフ、クトゥルフ、フタグン!
フングルイ、ムグルウナフ、クトゥルフ、ルルイエ!
ウガフナグル、フタグン!
イア!イア!クトゥルフフタグン!
クトゥルフ・フタグン!
ナイアルラトホテプ・ツガー!
シャメッシュ、シャメッシュ!
ふう、疲れた。
あほらしいことはやめるとするか。
今のは、ミケーレ先生の息子カルロさんが見せてくれた手帳を書き写したメモを読み上げただけ。記憶力には自信のあるあたしでも、あのわけのわからないクトゥルフ語はさすがに覚えられん!
あたしには分かったことがある。
自分には絵の才能が全くない!
猫を描いたつもりが、犬なのかネズミなのか熊なのかウサギなのかウナギなのか軟体動物なのか、それともカピバラさんなのか全くわからない絵が出来上がってしまった。
こんな作品、美展に出品したらロベルト調査官に大笑いされる。
もういいやと画材道具一式と一緒に作成した絵もアパート横にあるゴミ捨て場に捨てた。
ああ、すっきりした。
アパートの自分の部屋に帰ろうとすると、一階の大家さんに声をかけられた。
やばい。
「あの、今月の家賃は必ず払いますから、もう少し待ってくれませんか」
「家賃のことじゃないわよ。ロベルト・ナタルって人から電話だよ」
ロベルト調査官か。
何だろう。
ドキドキしてきた。
「もしもし、ローラですが」
「あ、ロベルトだけど」
「怪我は治ったんですか」
「ああ、もう全然大丈夫だよ。それで、君の作品は出来上がったのか」
「あのー、すみません。もう、あきらめました。自分には全然、絵の才能が無いと思いまして」
「そうなのか。うーん、けど、そんなにすぐにあきらめることはないんじゃないの。一緒に美術館へ行って、そのー、絵の勉強とかしないか。ついでにその後、食事に行くってのはどうだい」
「はい」
「来週の休みに行かないか」
「わかりました」
電話を切って、しばし考える。
これってデートの誘いじゃん。
うーん、猫を蹴ったのは、まあ、許してやるか。
クトゥルフから助けてくれたし。
けど、あたしなんかでいいのかなあ。
向こうは大学院卒の高学歴。
あたしは中卒。
話が合うのかなあ。
そんな事を考えながら、自分の部屋に戻ろうとしたら、また大家さんから声をかけられる。
「ローラさん、ルチオ教授って人から電話だよ」
なんだろう、また厄介事をあたしに言いに来たのか。
「やあ、ローラさん」
「教授、お体の具合はどうなんですか」
「ああ、すっかりよくなったよ。それで、ローラさんに頼みがあってな」
「何でしょうか、ルチオ教授。あたしはもう美文館の職員じゃないですよ」
「美文館の事じゃないよ。君を助手に採用したいと思ってな。わしの研究室に来ないか」
「大学の助手って、あたしでいいんですか」
「君の度胸を買ってな。これからもクトゥルフやその他の厄介な連中と戦わなくてはいけないからな」
「あたし、中卒なんですけど」
「まかしとけ、そこら辺うまくやっておくから。論文博士で助手として採用だ」
「はあ、わかりました」
あたしなんぞが大学の助手になっていいんだろうか。
とりあえず、食いっぱぐれすることは無くなったけど。
しかし、あのルチオ教授のお世話となるとクトゥルフとの戦いより大変じゃないかとあたしは思った。おまけにロベルト調査官とは仲が悪いし。
まあ、いいか。
あたしは万事において適当だからね。
(終)




