第二十五話:授賞式の準備
総会は無事終了したが、これからが一番美文館が忙しい時期のようだ。
とりあえず、受賞者の報道発表。
間違いがないか心配だったけど、今回は特に問題はなかった。
「ローラさん、頑張ったねえ」とベルトランド主任からヘラヘラとお褒めの言葉。
ああ、ほっとした。
さて、三月第一週目の月曜日に国王陛下を招いて授賞式が行われる。
そのための準備で大忙し。
文化芸術庁からは、「国王陛下をお招きするんだから失敗は許されないからなあ」と毎年脅されてるようだ。
しかし、主任に言わせると、「毎回細かい失敗だらけだなあ」ってことだけど。
まずは、美文館の建物全体を専門業者を呼んで綺麗に清掃。講堂、展示室、談話室、回廊を囲んでいるガラス張り引き戸や講堂内の窓ガラスなど他の箇所も全てピカピカに綺麗にする。
事務室は清掃しないけど。
貴賓室は燻蒸する。一年間使ってないので、害虫を退治。
招待状を送付。首相や文部科学省大臣、文化芸術庁長官他。
「首相も来るんですか」と主任に聞いたが、「来ないよ」とあっさり言われた。
みんな代理の人しかよこさないみたい。
「忙しいのか芸術には興味ないのかどっちかだろ」ってこと。
新会員や受賞者の親族にも招待状を出す。
他に過去の受賞者にも。
そのリストを見ていたら、マッシモ・プピーロ先生の名前があった。
「二年前の受賞者だからねえ。三年前の受賞者までさかのぼって招待状を出すんだよ」
「けど、例のギャレット商会が乗り込んで来たらどうすんですか」
「国王陛下の警護のために警官が大勢くるんだぞ。そこへ乗り込んでくるアホなヤクザなんているわけないよ」
主任がヘラヘラ笑っているが、ちょっと心配だ。
そして、貴賓室には国王陛下が座る椅子の左の壁の引っ込んだ箇所に工芸品を置くのだが、ここにマッシモ・プピーロ先生の作品が選ばれた。
「闇金業者に追われている人の作品を置いていいんですか」
「いつもは工芸部門の新会員の作品を置くみたいだが、今年はいなかったので、一番最近の工芸部門の受賞作品で美文館に所蔵してあるものを置くみたいだ。そうすると、マッシモ先生の作品になる。まあ、作品に罪はないだろ」
依然としてヘラヘラしている主任。
まあ、そういうルールなら仕方がない。
業者がマッシモ先生の作品を貴賓室に運んでいるのが見えた。例の気味の悪い作品。あれは美文館賞受賞作品だったのか。芸術とはわからんなあ。しかし、あの作品はルチオ教授が確認してクトゥルフとは関係ないようだから国王陛下に害を与えることはないだろう。
展示室も落選したのは返却して、受賞作品のみ。
受賞者の年齢順に展示室を時計回りに作品を展示。
受賞者の中には、国王陛下に見せるからと張り切って、絵の額縁を豪華な物に換える人もいた。
事務長や係長は国王官房や文化芸術庁に行ったり大忙し。
主任も忙しそうだが、基本は電話で業者に連絡したりと結構余裕って感じだ。
「当日はあっという間に終わっちまうよ。午前十一時に陛下がやって来て、受賞者の作品みて作者と話して、後は館長が講堂で賞状渡すだけだ。それが終わると、宮殿でお茶会があるけど、美文館の仕事じゃないからな。大した事ないよ」ってことみたい。
さて、そんなドタバタしている時にミケランジェロ館長が打ち合わせのために来館してきた。
「ねえ、ジュシファーさん、あたし昼寝事件以来館長に会うのが恥ずかしくて、お茶出しお願いしていいかしら」
「はい、わかりました。ローラさんから伝言です、館長室のソファの寝心地最高ですって館長に言っておきます」
「ジュシファーさん、ちょっとやめてよー」
「冗談ですよー」
またもやからかわれた。
完全にこの娘にからかわれとる。
一生、からかわれるのだろうか。
さて、ドタバタ仕事をしていると業者が事務室に飛び込んできた。
「うちの作業員が他の作業が終わって展示室に入った途端、倒れたんです。救急馬車を呼んでください」
急いで、病院に連絡したが展示室で倒れたって、やはり作品の中にクトゥルフがなにか仕掛けをしたのだろうかとあたしは思ってしまった。けど、確かルチオ教授が作品は確認済みのはずよねえ。
あたしが考えているとドメニコ係長がやって来た。
「ローラさん、業者が倒れたことを事務長に報告したら、もう一度受賞作品をルチオ教授に確認してもらえってことになったんだ。君から連絡してくれないかなあ」
それを聞いた主任が嫌な顔をした。
「業者さんは単に作業で疲れて倒れただけでしょ。なんであの教授を呼ぶ必要があるんですか」
「まあ、ラウル事務長は念には念を入れる人だからさあ」
ルチオ教授を呼ぶのはいいんだけど、また主任の機嫌が悪くなる方があたしは怖い。
結局、あたしからルチオ教授に電話した。
教授は意外にも気が乗らない感じ。
面倒くさがっている。
いつもクトゥルフ関係となるとこっちの都合も聞かず、ズカズカと美文館に乗り込んで来るくせに。
「もう、この前確認したんだけど。わしも別件で忙しくてなあ」
「そこのところもう一度確認お願いします」
「作品は同じなんだろ」
「そうですけど……」
ルチオ教授もクトゥルフ専門ってわけでもないようだ。
しかし、ここであたしは思い出した。
「教授、作品は同じですが絵画作品で額縁を換えた人がいますけど」
「額縁! それだ、そこは盲点だった。今すぐ行く、待ってろ!」
急に張り切るルチオ教授。
「何だよ、クトゥルフ大好きルチオ教授が来るのかよ、俺、帰ろうかな」と主任が機嫌が悪そう。
主任怖い。
怖いから、展示室に確認に行く。
絵画作品の額縁を見てみる。
うーん、あたしが見る限りクトゥルフって感じはしないなあ。
なんか疲れたなあ。
トイレに行くか。
用を足した後、回廊に出ると中庭に三毛猫が五匹もいる。
親猫一匹と子猫が四匹。
キャー、子猫ちゃん、かわいい。
しかし、授賞式前なんで中庭を汚されると困る。
引き戸を開けて、「しっしっ!」と追い払おうとするが、逆にあたしのほうに三毛猫軍団が近づいてきた。
あたしが猫好きってわかるのだろうか。
回廊まで入ってこようとする。
うーん、困ったなあ、どう追い払おうかと考えていたら、突如、物凄い勢いで猫たちが逃げて行った。
どうしたんだろうと思っていたら後ろから人の気配がする。
振り返るとミケランジェロ館長が立っていた。
相変わらず真っ白な顔だなあ。
「こんにちは、ローラさん」
「は、はい、こんにちは、ミケランジェロ館長」
「今日はこの前お昼寝されていた時と同じ格好ですね」
うわー、また昼寝女事件について言われてしまった。
「あの、ミケランジェロ館長。あの時は本当にみっともない姿をお見せしてしまって申し訳ありませんでした。あの、二度とあんな事はしませんのでご容赦願います」
ミケランジェロ館長がくすりと笑う。
「いや、すみません。ちょっとふざけ過ぎましたか。もう、あの件は忘れましょう」
「はい、ありがとうございます」
本当に忘れてくれるのだろうか。
忘れないだろうなあ。
恥ずかしいー。
「ところで、ローラさんにお願いがあるのですが」
「はい、何用でございますでしょうか」
「授賞式の件です。国王陛下の面前で受賞者の方々に賞状を渡すのですが、事務長が受賞者の名前を呼びます。そして、受賞者の方が前に出て、陛下に一礼、そして右を向いて私が賞状を渡すのですが、その時、賞状を私に手渡す役目をローラさんにご依頼したいと思いまして」
「え、そんな重要な役目をあたしが勤めてよろしいのでしょうか」
「毎年、係長の役目だったんですけど、ローラさんにやっていただいたら式が華やかになると思いましてね。報道陣も大勢来ることだし。だめでしょうか」
「いえ、謹んでお役目承ります」
「そうですか、ありがとうございます。では、授賞式の時はよろしくお願いします」
そう言って、館長は帰って行った。
ああ、緊張した。
すると、回廊の上から声が聞こえてきた。
「ローラさん、ますます館長のお気に入りになったなあ」
このヘラヘラした声はベルトランド主任ではないか。
あたしが中庭に出ると、回廊の上に主任が立っていた。
「聞いたぞ、ローラさん。そのうち、館長の専属秘書に抜てきされるんじゃないの」
「あたしが館長の秘書なんてやれるわけないじゃないですか。ところで、主任、そんなとこで何やってんですか」
「女子トイレに少し雨漏りがあるんだよ。今、修理してるんだ」
「そんなの業者を呼べばいいんじゃないですか」
「例の冬の所蔵作品展で警備員を雇ったじゃないか。あれで予算が足りなくなりそうなんだ。まあ、大した雨漏りじゃないんで、こっちで直そうと思ってな」
お金が足りなくなってきたのか。
大変だな。
しかし、女子トイレが雨漏りしてるなんて、あたしは全然気づかなかった。
その後、あたしは事務長室へ行った。
中に入ると、事務長とドメニコ係長が打ち合わせをしていた。
事務長に話しかける。
「あの、今、よろしいでしょうか」
「うん、かまわんよ」
「授賞式で賞状を館長に手渡す件ですが、本当にあたしでよろしいんでしょうか」
「ああ、全然かまわないよ。美文館としても、もう少し報道されてほしいという目論見があるんだよね。それで、ローラさんがいると注目されるんじゃないかって館長が言うからね」
けど、いいのかなあ。
「あの、ドメニコ係長、あたしが係長の役目をしていいのですか」
「いや、全然かまわないよ。実はちょっとほっとしているんだ。なんせ目の前に国王陛下が座っているんだよ。三歩くらい歩けば国王陛下。毎年、緊張してねえ。賞状を二枚重ねて館長に渡そうとしてしまったこともあるよ。と言うわけで、度胸のあるローラさんの方がふさわしいかな。私は講堂の後方の扉の前で不審者が入ってこないか見張る役目さ」
いつからあたしは度胸のある女になったのか。
「わかりました。お引き受けいたします」
あたしは事務室へ戻った。
誰もいない。
机に座って考える。
ドメニコ係長は嬉しそうにしていた。
厄介事をあたしに押し付けるのはいつものことか。
しかし、ちょっと服装については慎重に選ばなきゃいけないなあ。
国王陛下の目の前だもんなあ。
本当にあたしでいいのかな。
なんで館長はあたしに依頼するんだろう。
あれ、そう言えばさっきの三毛猫軍団はなんで急に逃げたのかな。
逃げた後に館長が来たけど。
そんなことを考えていると主任が戻ってきた。
「雨漏りの修理はうまくいったんですか」
「ああ、大丈夫。まあ、当日漏れてもいいけどな。たかが雨漏りさ。水だろ。爆弾が降って来るわけでもなし」
相変わらずいい加減ですね、この主任。
あたしは、再び授賞式の服装について考える。
今、持っているのを組み合わせるより、晴れの舞台だし、いっそのこと新しいドレスを買ってこようかしら。
貧乏だけど。
うーん、悩む。
すると、廊下から事務室に入ってきたジュシファーさんに声をかけられた。
「主任から聞きましたよー、ローラさん、もう完全に館長のお気に入りですねー、もしかしてわざと館長の前でお昼寝したんじゃないですか」
「そんなことするわけないじゃない。いまだに恥ずかしいんだから」
「すみませーん、でも、やっぱり美人は得ですねー」
またしても、ジュシファーさんにからかわれてしまった。
あたしはジュシファーさんのペットかいな。
やれやれ。
しかし、当日、失敗しないか心配だ。
そんなことをしているうちに、例の蒸気自動車の音が。
主任の顔が険しくなる。
廊下をズカズカと歩く音がしてきた。
「やあ、みなさん、こんにちは」と事務室へ入ってきたルチオ教授が挨拶。
しかし、やはり主任は無視。
こりゃいたたまれないだろうなと、あたしはさっさとルチオ教授を展示室へご案内。
展示室へ入るルチオ教授。
「ルチオ教授、今日は例の『ウッ!』ってやらないんですか」
「そんな虐めないでくれよ、ローラさん。悪かった、謝るよ」
なぜか揉み手であたしに謝るルチオ教授。
どうやらルチオ教授も多少は反省した様子。
そして、絵画作品の額縁を見る。
「どうでしょうか」
「うーん、クトゥルフとは全然関係ないなあ」
一応、他の作品も再度確認してもらったが、やはり異常無し。
「業者の方が倒れたんですが」
「まあ、クトゥルフとは関係なく、疲労がたまっていただけなんじゃないのかな」
なんとなくがっかりしているようなルチオ教授。
「そう言えば、マッシモ・プピーロ氏の居場所はわかったかね」
「いえ、わかりません。ただ、元受賞者なので授賞式の招待状は美文館で把握している住所に送りました。まだ出席するか欠席するかの回答は来てないようですけど」
「そうなのか。もし、授賞式に来るようなら連絡くれないか」
「わかりました」
結局、ルチオ教授はすごすごと帰っていった。
あたしが事務室へ戻って、一応報告すると、主任がヘラヘラして喜んでいる。
「ほら、クトゥルフなんかと関係なかったじゃないか。倒れた業者さんは単なる過労だろ」
主任の機嫌が直ったのであたしはほっとしているけど。
まあ、それならいいけどなあ。
ただ、業者の責任者に聞いたら、倒れたその人は朝はすごく元気にしていたようだ。
疲れがたまっていたとかはなかったようだけど。
おっと、さっきルチオ教授に頼まれた件を思い出した。
「そう言えば、マッシモ・プピーロ先生って授賞式には来られるんですか」
ジュシファーさんが返送ハガキを調べて教えてくれた。
「出席の回答が来てますよ」
「ああ、そうなんだ」
すると、また主任の顔が険しくなる。
「ローラさん、まさかルチオ教授を大事な授賞式に呼ぶんじゃないだろうね」
「あ、いや、そんなつもりは」
「あの爺さんが来るとトラブルになるからやめてほしいんだよな」
「はい、わかりました。けど、美文館の周りにルチオ教授が勝手に来るのは仕方がないですよね」
「まあ、それはしょうがないけどさあ」
ルチオ教授には悪いけど、マッシモ先生が来るのは内緒にしておくか。
それにあの教授、また蒸気自動車に乗って例の木陰で観察するんじゃないかしら。




