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レポート34:『綻び』

 二人にサインを出し、全力で駆けてくる。

 富澤を敢えて先に寄越し、パスを出さんと身構える。

 そこへ黒木先輩はパスコースを塞いでくる。


 作戦通りであれば、ここで氷室にパスを出す。


 だがここで、一つ問題が生じている。


 それは富澤にパスを出すということで、身体の向きが多少なりとも富澤の方へ向いているということ。


 つまり、後方にいる氷室にパスを出そうにも、死角であるために見えないということ。



「―――」



 そんなことは、パスを出す前から承知していた。

 おそらくは今現在、味方である二人は戸惑っているのではないかと思う。


 見えない位置にいる相手にどうやってパスを出すのか。


 昔、自分もよく抱いた疑問にふと懐かしく思う。


 中学の授業中、体育でバスケをする機会は何度かあった。


 バスケ部は全員、ミニバスから始めた小柄なチームであっても、幼馴染故に誰がどこにいても見ずにパスを出せるという阿吽の呼吸を身に着けていた。


 付き合いが長いからこそできるパスワークに何度翻弄されたことだろう。


 どうして相手を見ないで、確認する素振りも見せないで、事前に作戦を立てていたわけでもないのに合わせられるのだろうか。


 そう何度も疑問に思った事がある。


 同じチームにバスケ部一人加えたら、咄嗟にくるパスの速さにファンブルしてしまう。


 けれど、今ならわかる。


 彼らが積み上げ、集約してきたプレー一つ一つの重さ。


 小柄だから、リバウンドが取れない。

 身長という、バスケットにおいて最も重要なファクターが欠けているから。


 チームの中で当時一番背の高いものでも178センチくらいだった。

 そして、チーム1の最小プレイヤーは140センチ代。


 そんなチームが駆け上がるには、それ以外の技術を磨き上げるしかない。


 だから全員がドライブを極め、40分間の試合もフルで走り続けられる体力を身に着け、全員が3Pシュートを使って、ラン&ガンのチームバスケットで超速攻を駆使して勝負に臨む。


 今思えば、彼らのフェイクやチェンジオブペース、コートを縦に切り裂くパスにシュートモーションを一つ削らせる低めのパスと言った、バスケ漫画でも有名な技術を総なめしていたことに感慨深く思う。


 『俺の幼馴染ともだちは、どんだけ凄いんだよ……』と、ため息が漏れる。


 9年間も同じ先輩後輩とバスケを続けてきた連中でも、全国には行けなかった。


 精々、中・四国リーグ、ベスト4、いやベスト8止まりだっただろうか。

 それでも彼らは、一部高校は別々であっても、総じてバスケを続けている。


 時たまに連絡を取っては、休日であってもバスケをしているのではないかと、彼らならあり得ると、笑顔でプレーする様が容易に想像できる。


 皆を思うと、いつも考えてしまうことがある。


 サッカーやバスケット、テニスに吹奏楽、好きなことで活躍する彼ら彼女らの仲間でいたかったと。

 その輪の中に自分がいたら、笑顔で楽しい毎日を送られていたのではないかと。


 虚しい妄想を頭の中に膨らませながら、退屈な授業を窓辺にやり過ごす。


 それが中学までの自分であり、今もその日常は変わらない。

 けれど、今と昔では決定的に違うものがある。


 それはもう、夢を見るだけの自分ではないということ。


 憧れたままでは、胸に抱いていたままでは、現実に押し潰されてしまう。

 想像は広げた分だけ、現実との食い違いを生み、叶わない理想だと喪失感を生む。

 だからこそ、叶えたいのなら、叶えるための術を模索し続けなければいけない。


 不可能だからと諦めるのではなく、どうしたらいいのか、策を考え続ける。

 考えるだけではなく、実践して、実験して、何度も試行錯誤を繰り返して、上手くいくまで挑戦する。


 人は誰しも、慣れてしまえば、何だってできる適応力を持っている。

 人はそうやって、得意なものを増やしていく。

 その中でも自分は、誰よりも器用であると自負している。


 コツを掴むのが早いのは、一目見ただけで特徴を捉えることのできる観察力が優れているから。


 記憶力と感覚が優れているから、できないことでも、直感に身を委ねてしまえば、何だってできる。


 アニメや漫画、ゲームに小説と、物語で活躍する人物に憧れ、何にでも手を付けてきた自分なら。


 誰かの真似事ばかりしてきた自分なら、たとえその誰かになれなくとも、きっとできてしまうのだろう。



 ――誰でもない、自分であることくらいは。



 何と言っても、自分を偽ることに関してだけは、この世の誰にも負けない自分だけの得意分野なのだから。


 それくらいはできる道化でありたいものだなと。


 何より、氷室輝迅というお構いなしに作戦通り動いてくれている仲間がいるのだから。

 何も無策で動いているわけじゃないと、理解してくれている男がいるのだから。


 その期待に応えられるくらい、度胸のある男でありたいものだなと、そう思う。


「……っ!」


 伸ばした肘を戻し、ボールを左腰脇に持ってくる。

 地面を蹴ったことで、身体は反動で後方へと下がっている。


 離れていく先輩の驚き顔を眺めながら、ボールを後方の床へと叩き落とす。

 跳ねたボールは氷室の胸元へ飛び込み、氷室はそれをキャッチする。



「―――」



 フリーの氷室は一瞬呆けるも、すかさずシュートを放つ。


 指先からボールが離れた瞬間、ゴールまでの放物線が目に浮かぶ。

 ボールの回転具合、ループの高さから、一目で『これは入る』と直感が囁く。


 案の定、氷室のシュートは外れることなく、リングを通過する放物線を描いていた。


「マジかよ……」


 無事にシュートが入ったことを見届け、誰もが息を呑む中、驚嘆する黒木先輩の声がした。


 勝負はまた、2点差の4対2。


 けれど周囲が驚いているのは、氷室が決めたシュートではなく、先ほど行ったパスにある。



 ――バックバウンドパス。



 これは、ワンバウンドさせて行うパスを死角の後方に向かって放つ技。


 少しでも力の加減を間違えれば、ボールは天井に向かって跳ねるか、誰もいない空間へと飛んでしまう。


 それを成功させることができたのは、2つのポイントがあったから。


 一つはパスを出す前の後ずさり、一つはバスを出す相手の位置取り。


 後方に跳んだのは黒木先輩のパスカットを防ぐためだけではなく、ボールに勢いをつけるための動作だった。


 通常、前方にパスを出す場合、同様の方向に一歩踏み出すことで、ボールに勢いを乗せ、パスを加速させる。


 だが、背後や死角にいる相手にバックステップでパスを出しても、ボールに勢いは乗らず、加速しない。


 しかも見えないために変な方向へボールを飛ばしてしまう。


 同様の原理でやっても意味がない。


 そこで、ボールの勢いは後方へのジャンプで補った。


 肝心のパスを受け取る相手には、事前にボールが飛んでくる位置を教えておけば、勝手に取ってくれる。


 氷室には、サインを出した際、遅れてやってくることを指示していた。


 それは黒木先輩の動きを誘導するためのものであり、パスを出すタイミングを図るためのものでもあった。


『氷室が到達した位置=ボールが通過する位置』とするために敢えて氷室の動きを遅らせていた。


 そうすることで、勢いのあるパスが調度、氷室のもとへ届くように仕向けることができる。


「これで、リーチだ」


 あと1本、あと1本さえ決めてしまえば、うちの勝利で終わる。


 しかしもう、手札は使い切ったようなもの。


 ここからどう止めを刺すか。


 それが問題である。



「―――」



 ふとシュートを決めた氷室からドヤ顔のグーサインが送られ、含み笑いが零れる。


 まるで心の中を見透かしたように『俺がいれば勝てる』と鼓舞されている気持ちになる。



 ――ああ、いいな……こういうの。



 いつか憧れた光景の一つ。


 青春のほとんどを画面の向こう側で過ごしてきた。


 うち半分は地元の友達と過ごした日々だったけれど、習い事をしている皆とでは、多少なりとも心に確かな距離があった。


 塾も部活も、水泳やサッカーなどのクラブ活動も、何もしていない。


 そんな人種は、あの空間で自分一人だった。


 変わらないものなんて、何もない。


 たとえ田舎育ちで、周りの誰も欠けずに同小同中の幼馴染ばかりの空間であっても、必ずどこかで差が開いていく。


 才能を開花させ、特定の誰かと何かを共有している彼ら彼女らとでは、勉強も運動も、誰かとの繋がりという絆の深さまで、離れていた。


 自分だけが取り残され、周りはそれに気づきもしない。


 誰もが当たり前の日常と思う中で、いつも自分だけが取り残された気分でいる。


 自分に何もなかったからじゃない。

 誰とも関わらなかったわけじゃない。


 ただ自然と、友が友ではなくなっていく瞬間が確かにあった。


 知らない誰かと関わりを持ち、知っている誰かが知らない人に変わって、その知らない誰かの話をされる瞬間が、一番辛かった。


 愛想笑いを浮かべることしかできず、寂しくて堪らなくなる。


 だから、見たくないもの、聞きたくないものからは遠ざかっては、いつも夢の世界に逃げてばかりいた。


 欲しいものが全部、理想郷となって広がっている。


 アニメや漫画、ゲームに小説、物語の全てから躍動感を得て、その知識と技術を見様見真似で会得して、誰でもない自分であろうとした。


 そうすれば、彼らのようになれると思った。


 主人公の周りには必ず、彼を慕う仲間がいる。

 たとえどれだけ反発しても、裏切りのない友であれる。


 それが羨ましくて、仕方がなかった。


 家族がいても、友達がいても、心の中ではいつも一人。


 そんな自分に周りの誰も気づきもしない。

 自分だけが周りの変化に気づいてばかりいた。


 それが余計に孤独へと追いやっていた。



 ――ここは、居心地がいい……。



 紛れもない、憧れた世界の一つが、ここにはある。


 自分にしかできないことで活躍し、信頼できる仲間がいて、同じ目標を持って、切磋琢磨し合える。


 これほど心地のいい空間はないだろう。


「4対2か……」


 落ちたボールを拾い、佇む先輩に目が点になる。

 追い込まれた苛立ちのあまり憤るのかと思えば、楽しそうに笑っている。

 それだけで、先輩がどれだけバスケ好きなのかがわかる。

 

 プレーから見てもそう。


 ワルだなんだと、不良だと疎まれ嫌われていようと、バスケで一度も暴力を揮ってはいない。


 バスケに対して、常に真摯である。


 先輩がいじめをしていたというのは事実なのかもしれない。

 そこにどんな理由があろうとも、許されることではなく、見逃せる事案でもない。


 彼らに良心があるのなら、改善の余地はある。


 誰かさんの掌の上で踊らされているようで、癪ではあるが、やるしかない。


 今を変えたいのであれば、勝負に勝って証明するしかない。


 そうやって、プレーを重ねる度に手強くなる現実を前に息を漏らしながら、4度目のディフェンスに回っていた。



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