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30話 「明らかに頭おかしいよ今のアンタ」

ABCDEモールには休憩所が一階にある。

休憩所には椅子と机が何組もおいてあり、クソでかい水槽がある。

中は奇麗な熱帯魚で満たされている。

モール内にある飲食店で買ったモノを、魚を見つつ食べることが出来るのだ。


「よく、来たわね、にっけちゃんも漁火さんも」

座ったままの一閃が、やって来たにっけとせつなを出迎えた。

「大丈夫?」

せつなが聞く。

一閃は目の下に隈を作っているし、口元がプルプル震えている。

今にも倒れそうだった。

「大丈夫よ、たぶん」

うふふふふふ、と笑う一閃は、どう見ても大丈夫ではない。


「なんでそんなに疲れてるんですか?」

にっけが聞いた。

「私は色々恨まれてて、自宅に石を投げつけられたり、ネットで殺害予告されたりよくするのよ、おとといは郵便受けにカッターナイフ入りの表彰状が入ってたわ、そんなこんなでここ一年はまともに寝れることが少ないの、ここ数日特に」

「誰があなたを恨んでるんですか?」

さらに、にっけが聞く。

「記事を書くために汚職を暴いた人とか、悪く書いた人とか、例を三つ上げると、一、犯罪してるって暴いてやった地球再生党、二、闇組織との繋がりを暴いたコーヒーばっか飲む政治家、三、高校時代に借りた漫画を返せなかった友達、まぁいろいろろろろ」

にっけもせつなも、三番目の線は薄いだろうと思っているが突っ込むべきか迷った。

ギャグとしてはそこまで面白く無いから無視した方がいいし、疲れているから言動がおかしいのならそっとしておくべきだ。呂律も回って無いし。


「だって!あっちが特殊な職業に就くための訓練が忙しくて、公欠とかで返せないまま卒業式がやって来ちゃって、返せなかったの」

一閃はやけに高い、妙なテンションである。

もしかして酒かな、とせつなが思った瞬間。

「……あぁ、キッツ、もうちょっと飲むわ」

一閃はどこかからか、ビール瓶を取り出した。

そしてゴクゴクと、飲む。いや違う、飲んでいるように見えるだけだ。

中身は空っぽなのに、心のそこから飲んでると思い込んでいる。

とてもいい笑顔だ。

「美味しい!美味しい!人生で初めてドラゴンフルーツジュース酒飲んだ!」

一閃は嬉しそうに虚空で喉を潤している。

人が極限まで疲れるとここまで狂気を醸し出すのかと、せつなは少し驚いた。

初めてこんなの見た。


「疲れてる?幻覚とか見てない?」

せつなが言った。

「いやぁ、でも約束しちゃったもの、お話するわよ」

一閃の目がすわっている。

せつなは動作の節々まで見てから言う。

「やだ、まともに話せなそーだし、明らかに頭おかしいよ今のアンタ」

せつなが、ずけっと正直に言った。

「あら、そう、じゃあハイ、コレ一枚で一回だけ見れるわよここは毎日違う映画をお昼にやってるの」

一閃はせつなに頭おかしいなんて言われたことも気にせず映画のチケットを差し出した。ちゃんと二枚分だ。

「悪いですよ、一閃さんが見るんでしょう」

にっけが断る。

「え、貰えるんだし貰おうよ」

せつなは断らない。


「いいのよ、記者としてここの取材した時に貰ったモノだから」

「でも、映画の時間はここのサイトで確認したけどまだらしいし」

にっけはやはり躊躇した。

「じゃあ、始まるまで遊ぶ」

しかしせつなに躊躇などない。

おもむろにチケットをポケットに突っ込んだ。

そのまま、小走りに遊べそうなエリアへと走っていく。


「それじゃ、楽しんで」

一閃は、かくんと首を垂れた。

「熟睡してんじゃんか、泥棒とかにあわないかな」

にっけが試しに、一閃へと指を伸ばしてみるとピクリと体が動いた。

突っついてみようとすると。

ガシ、とにっけの指は掴まれた。


「……寝かせて?」

ぐっすり眠りながらも、体は周囲への警戒を忘れていないようだ。

一言だけ言って、一閃はまた眠った。

「これなら大丈夫かな」

にっけはせつなを追った。


――――――――――二階 ゲームセンター―――


ゲームセンターがそこそこの広さを持って、ある。

クレーンゲームや、ダンスゲーム、バスケットボールをシュートするやつ、等々普通のゲーセンにあるものはあるし、マイナーどころも含めて様々なゲームが揃っていた。


多くの人がゲームにいそしむ中、つい手をとめて見やってしまう程人目を引く二人がいた。

彼女達は筐体を挟み、向かい合って座っている。

筐体のレバーを引き、押し、ボタンをすばやく叩く。


せつなとにっけはゲームで対戦していた。

二人の画面の中には人型ロボットが跳び、飛び、銃を撃ち、刀を振るっている。

ロボットを対戦させるゲームだ。

「このゲームは私、ランカーだし!」

せつなが髪を振り乱してにっけに叫ぶ。

彼女は、前のめりに画面に食らいつき、猫背になってまでレバーを持ち、壊しそうな勢いでボタンを叩き、目をとうごめかす。全てが勝利のため捧げられているような勢いだ。

無駄な動きは一切無い。

まるで戦乙女―ヴァルキリ―のように美しかった。

だから人目を惹く。

「……!……!……‼‼」

一方にっけのプレイは、つまりボタンやレバーを適当乱雑に押したり引いたりしているようにしか見えなかった、初めてのプレイだからある程度は仕方がないが。

しかし全ての操作に明確な意思や目的があり、必死さが健気である。

女神のような美しさは無いが、明らかに相手の方が強くとも最後まで諦めない彼女も、せつな程でないにせよやはり人目を惹く。


そして、彼女達二人の勝負は一分程度続いた。

その時、そのあたりだけ、近づくだけで神経が張り詰めるような雰囲気で近づくのを皆躊躇した。


そして。

「いぇい!」

せつなは喜んだ。どうにかギリギリで勝利した。

ギリギリの負けるかもしれない勝負で勝つことは非常に楽しい。

蹂躙する以上の喜びである。


二人がプレイしていたのは3d空間で自分がパラメータを制限の中で設定し、装備を選んだロボット同士を戦わせるゲーム、タイトルは”ROBO VS ROBO” そのまんまである。

セーブデータを記録するカードを作れば筐体からオンラインで対戦できる!アツい!

自分のオリジナルロボでライバル達を蹴散らせ!


せつなのプレイヤーネームである“せつな N 漁火”は1354433人中10000位と表示された。

「意外と低い!」

「上位10%だけど?」

「……さっきランカーっていってたじゃんか!」

「それより、次はクレーンゲームしようよ、それともバーガーショップでも行く?リズムゲーでもいいよ」

「じゃあ、お菓子の詰め合わせセットとかあるし……」


二人がクレーンゲームの方に近づくと、さっとその場を離れ両替機の影に隠れたモノがいた。

にっけ達は彼女を見ていないし、そもそも気づいていない。

しかし彼女はにっけを見つめ、口をへの字にしている。

牡丹だ。

「出る機会がずっとない……」

呟く。


にっけ達についていくのが迷惑になるからダメなら、そもそも先に行って、にっけ達が来るのを待てばいいじゃないか。

そんな逆転の発想で一階の休憩所でにっけ達を待伏せていた牡丹は、にっけを見つけられたはいいものの出ていって一緒に行動していいか躊躇していた。


「そもそも一緒に行っちゃダメって言われてるのに、出て行ったら嫌がらないかな……?」

「なにをしてる?」

牡丹の背後から声がかかる。

「うわォゥ誰ェッ!??!」

驚きつつ牡丹はふりむいて、声の主を観察した。

そしてこのようなことがわかった。

声の主は白く薄い服を着ている。肌も透き通る様に白く、触れば砕けてしまいそうな、ガラス細工のように繊細な美少女だ。

見た目の幼さから判断するに、年齢は牡丹やにっけより何歳も低い。

胸に名札がついている、“ヒノ之丞”と書いてあった。

牡丹は思った。なるほど、そういう名前なんだなぁ。


「コレがストーカー?」

ヒノ之丞は聞いた。

「あ、うわ、確かに今の私ストーカーだ、やだね」

「犯罪って本に書いてあった」

「で、でも、気になったんだもん」

紙魚は無表情を崩さない。


牡丹はあまり話したことないタイプの人間に焦る、焦ってつらつら本音が出る。

「それと、あの人にっけちゃんと会ったのついさっきなのに、にっけちゃんは私といる時より楽しそうだもん、それが、なんか、嫌で」

「それは嫉妬っていうもの?」

「うん!嫉妬」

牡丹の答えは至極堂々としたもので、清々しい。


「そんなに、糸川選手と仲良いんだ?なんで?」

「えっとね、窓から落ちかけた私の命を救ってくれたりとか、慰めてくれたりとか、にっけちゃんは優しくて、かっこよくて、でもそれだけじゃなくて、泣いたり失敗したりしてるのが可愛くて……」

「糸川選手があなたを好きな理由は?」

「……ん、あれ?なんだろ?まぁいいや、ところで、なにか用でもあるの?ヒノちゃん」

「あ、この名札はただのファッション、私の名前じゃないから」

なかなかファンキーなファッションであった。

まったくの他人の名札をつけているのである。

ヒノと読む名字はよくあるので、誤解させるに適す。

「え~なにそれかっこいい!私も今度やる!」

心のそこから牡丹は称賛し、その後で本当の名を訪ねてみた。


「人に名前を名乗る時は”先に名前を名乗るべきだ、そうじゃないなら舌噛んで地獄に墜ちろ”」

あまりの極論に少しビビって牡丹が一歩後ずさると。

「……と、この本に書いてある」

右手に持った本を翻し、淡々とした口調を崩さぬままページを指さす。

確かに本の中にはそんな一文があった。


「んとね、私の名前は牡丹、あそこにいるセーフキリングの選手であるにっけちゃんの親友」

「私は紙魚 捲土(しみ けんど)、本の虫とか、紙魚ちゃんとか、ごく潰しとかがあだ名」

ヒノ之丞じゃなかった奴は、淡々とのたまう。

虫のなまえを使うとは珍しい名字だな、と牡丹は思った。

しかしそれ以上に気になるものがあった。

「ごく潰しって何?」

「そんなことより、ゲームに五百円玉詰めたら詰まった、助けて」

牡丹の質問を無視して紙魚が指さしたのは、カブトやクワガタを戦わせるアーケードトレーディングカードゲームだ。

「ん?どれどれ」

試しに牡丹が百円玉を入れて見ると、確かに入らず何かに引っかかる。

よく見れば、五百円玉が詰まっていた。

しかも、取ろうとでもしたのか奥の方で詰まってしまっている。


「係員の人を呼べばいいと思うよ、取ってもらえる」

「人と話すの嫌いだし、あとめっちゃ怒られそうでムリ」

「じゃ、なんで私と話せてるの?」

「話しやすそうだから」

「え~、ホントォ?私そんなに親しみやすい?」

にへら、にへらと、牡丹は柔らかい餅のように表情を緩ませた。照れと悦び交じりの笑顔である。


「……じゃあ、私が一緒にいてあげるから係員の人にちゃんと謝ろう?」

「なんで?」

「人に迷惑かけたり、悪い事をしたら謝らないと」

「この場合謝っても何も解決しないし」

「……読んできた本の中に、答えは無かった?謝るシーンはいろんなトコであったでしょう?」

「そういう感情とかがよくわからないから、私は解るために本を読んでる」


牡丹は肩膝をつき、紙魚と目線を合わせた。

「じゃあ、今から実践してみようよ、それでわかるかも」

有無を言わさずすいませーん、ちょっといいですか、と遠くにいる男の係員の人を牡丹は呼んだ。

ててて、と彼が走って来る。

「ほら」

「あの、ごめんなさい、五百円玉を入れたら詰まったんです」

牡丹に促され、淡々と紙魚は謝る。

それに侮蔑や嘲笑の意はなく、単に紙魚がそういう喋り方になれているというだけだ。

「ちゃんと入れるなって書いてましたよね?」

「すいませんでした」

紙魚はやはり、淡々と謝った。

それからしばらくの間、男は五百円玉が詰まったゲーム機をガチャガチャといじった。そして、五百円玉は取り出され紙魚の手に戻って来た。

「次からしないでくださいよ!」


男はずかずかと、足を踏み鳴らして去っていった。


「コレが、謝る理由?」

戻って来た五百円玉を見ながら紙魚が聞く。

「ううん、ソレだけじゃないよ」

「ん――、でも謝ったのにあの男の人怒ってたし」

「あの人、謝らなかったらもっと嫌な気持ちになって、もっと怒ってたんじゃないかな?」

「相手のために謝るの?」

「自分のためにも、相手のためにも、謝らないといけない時は謝るんだよ」

「ふ――ん」

興味なさそうに紙魚は五百円玉を人差し指と親指で回した。


その時である、ピンポンパンポンとモール中に館内放送の声がなり響いた。

『映画が始まります、映画が始まります、映画が―――』


「あ!私も行かなきゃ!」

牡丹は駆け出した。

―――――――――――――――――――――

3F映画館。


映画館はガラガラであった。

観客席には見てすぐわかる程度に空きがあった、平日だからだろうという言い訳も使えないほどだ。


牡丹は、にっけの真後ろに座った。

気づいてもらいたいが、なんとなくそうなるのが怖い。緊張する。

ゆえに、にっけの真後ろである。

にっけとせつなは、駄弁るのを口への字にして牡丹は見ていた。

「なんで髪飾りと一緒に針金つけてんの?便利なの?」

「べつに」

「じゃあ、なんでつけてんの」

「始まるから静かに」

にっけがせつなをたしなめた。

「他の人の迷惑じゃんか」

「え―――」

せつなが立ち上がり、辺りを見回す。そして座る。

「全然人いないし、手の指だけで数えられるよ?」

「少しでもいるなら静かに」


どくどくと、牡丹の鼓動は早くなっていた。

「あっぶな……あっぶな」

せつなに見られる前にとっさに下を向くことで、“既に寝てる人”を装い隠れたのだ!

牡丹の体温は今の一瞬で上がった、すこし、買っておいたオレンジジュースを飲んだ。


「……一緒に遊びたくてついてきたなら、見つかっていいのに」

「ん、そうだけど、緊張が……というか紙魚ちゃんもこの映画見たかったの?」

「牡丹さんが見るっていうからついて来てみた」


映画のスクリーンは、牡丹やにっけ、せつなの間で微妙な空気が流れていることなど当然構わず諸注意の映像を流した。

数少ない観客は皆、適当に見た後映画が始まった。


タイトルは“蛇になった男”

この映画館にやって来たものは誰も知らなかったが共興収入50億円超えず!と広告ポスターに書くことで50億円越えと見間違えることを狙った知る人ぞ知るクソ映画だ。


『人は他人、名前もよく知らないあいつらは所詮俺にとって道端に落ちてる石ころと一緒だ何を言おうが思ってようが、俺を物理的に攻撃してこないならどうでもいい』

いきなり暗いセリフから映画は始まった。

画面には、若い男がベットで目覚めているところが映っている。

それからしばらく、その男のシーンが映った。

歯を磨いたり、パンを食べたり、コンビニで彼女の浮気を発覚したり。

それが30分ほど続いた。

数少ない観客のうち3分の1が帰った。


それから、唐突に男が謎の爆発に巻き込まれ死んだ。

そのままオッサンが出て来た、腰から下が蛇、上半身はムキムキで槍を持っている。

『これは……蛇の力を持ってしまった俺の物語だ』

お前が主人公かよ、今までの30分なんだったんだ。

そういう苛立ちで、さらに観客が帰った。


結局、残っているのは、せつなとにっけ、牡丹と紙魚だけとなった。


蛇の力を持ったオッサンの日常が描かれた。

『一人では生きていけないというが、じゃあ一人になるしかない俺はそこら辺で野垂れ死ぬしかないんだろう』

オッサンは蛇の力を持つ超人だった、自分と同じサイズの生き物を丸のみしたり、ありえないほど体を伸ばすことが出来た、まるでヒーローのようだと彼は自分を評した。

だが、だからといって彼は人を救わない。


彼の傍で事件が起きた時、何から何まで彼のせいにされる。

車の事故があれば彼のせいにされ、恋人同士のすれ違いがあれば彼のせいにされる。

そんなこんなで、森の中家を建て、孤独に暮らしているのだ。


しかし。

『おい!ここは私有地だ!』

家に警察がやって来て、オッサンは逮捕された。

そして森を所有している女性に出会い。

面白くなる雰囲気を醸し出して来た、当然この映画の場合肩透かしであると観客が理解するのはたやすい。


それからは映像の順番を間違えているのかまるで話が読めない。

オッサンが私有地に勝手に暮らしていたという罪を金で解決した次の映像は、いきなり敵と戦っているシーン。その次は唐突に土地の所有者の女性と崖の上でキスしていた。と思えばオッサンがよくわからないにぎやかな場所で麻雀をしている。


とにかく、意味不明どころかそもそも商品のレベルに達しているか怪しい映画だった。


だがしかし、せつなはじっと映画を見ていた。

となりでにっけが欠伸をしようが、気にしない。

つまらないとか、面白いとかそういうものをもはや目的とせずに見ていた。


いつしかシーンはクライマックスの雰囲気に入っていた。

場所は埼玉県のビルの屋上。

『……私は、全てを敵に回すのよ‼‼化物なのよ!』

森を所持していた女性が泣き叫んでいる。

その手には銃。

『俺も、化物さ』

オッサンが近づこうとした。

『ダメ!あなたは私と一緒にいちゃダメ!』

女性は銃を男に向ける。

『構わない、君を含めた世界中の誰もが俺を理解しなくても、すべてを敵に、回しても……かまわないから』

『う……う……うぁああ!』

女性は銃を落とし、泣き喚く。

『そう、この先俺達にどのような苦しみが待っているかわからないが、絶対に越えて見せる』


積み重ねが無いから何も響いてこないオッサンの独白、そののちに 終わい とデカデカ画面に表示される。終わりと書きたかったのだろう。

最後の最後まで失敗する商品未満の作品であった。


にっけとせつなは、何も言わずに立ち上がりすたすたと映画館を立ち去っていく。

その背中には、無料でも見て損した気がするという後悔が見て取れた。


一方、牡丹と紙魚のペアは呆然としていた。主に牡丹が。

ココに入るために、急いでチケットを買ったのだ。つまり金を払ってクソ映画を見たワケである。

ダメージはせつな達の組よりデカい。


「……ああいうのが面白いの?よくわかんなかったけど」

紙魚が牡丹にたずねる。

牡丹は無言で首をプルプル振った。

「にっけちゃんのとこ、行こう」

うつむき加減で牡丹は立ち上がる。

しかし紙魚は「私は今から用があるから」断った。


「それじゃ、コレでバイバイ?」

紙魚は頷く。

「じゃあね、楽しかったよ」

そう言って牡丹はにっけを追おうとしたが

「ちょっと待って」

「なに?」

紙魚が引き留めて。牡丹は、顔だけ紙魚の方に向けて止まる。


「あんまり人に匂いをかがせないように」

変な事を紙魚は言った。

「え?私臭いの?」

紙魚はフルフルと、首を振る。

「普通の人間からしてみれば普通の匂い、でも牡丹さんの匂いはそもそもの本質的な部分が違うから」

牡丹はあからさまによくわからないといった表情を下。

「そっか、じゃあね、変な映画につき合わせちゃってごめんね」


牡丹は今度こそ駆けて行った。


そして映画館には、紙魚と静寂だけが取り残された。

「ちょっとだけ、面白いかも」

「牡丹」

紙魚は反芻するように、その名を呟く。

「牡丹」

「牡丹」

「牡丹」

紙魚は、ゆっくりと微笑を浮かべ佇んだ。

はっきりいって、薄気味悪い。


―――――――――――――――――――――――――――――

ABCDEモール1F人通りの少ない通路の端っこにて。



トウカはじっと腕を組んで時が来るのを待っていた。

「……私が今から漁火せつなを殺す、ソレは必要な事、最大多数の幸福のためには必要な事」

自分に言い聞かせるように、口の中だけでごもごと喋る。

「そう、たとえば私を助けてくれた、牡丹って人みたいなああいう優しい人を特に幸せにするために私は殺すんだ、だから私はやるべきなんだ」

ガリガリと、イラついた子供の様にトウカは親指の爪を噛む。


普通の人間は、誰も彼女に近づこうとしない。

一人の小さな少女だけが彼女に近づき見上げた。

「トウさん」

紙魚 捲土が、トウカに声をかけた。

「父親みたいに言うな」

「ウカさん」

「虫みたいに言うな」

「トウカさん」

トウカは満足したように、息を吐く。

それが終わってから紙魚が尋ねた。

「いつ始めるの?”漁火せつな抹殺計画”は」

「モールの周囲の占拠と人払いがすんでない、それにメンバーが揃ってないから今は待ち、停電したら作戦開始の合図ってワケ」

「そう」


しばらく、トウカと紙魚は壁に身を預けて二人で待った。

二人の間に、会話は無かった。

彼女達は友達でも無いし、親友というワケでも無い。

恋人でも家族でも姉妹でもない。


彼女達はただただ、所属している組織から命令された仕事をこなす”駒仲間”とでも言うべき存在なのだ。

だから、絆なんか無い。


彼女達はメンバーの三人目 仁義を待った。

通りすがりの誰もが、そんな彼女達を怪しまなかった。

何かなんでもない当たり前のことをしていると思った、それくらいにどう見ても普通の少女だったのだ。


まさか、彼女達がこのABCDEモールを地獄に変える力を持っていて。

そしてその力を、使ってしまうなどと、この時は思いもしなかった。

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