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「ねぇお姉さん……私ってもしかして死んじゃったの?」
「陛下!?お気は確かですか!?」
「そんなに驚かなくても……」
オベリアは自分の両肩を強く鷲掴む手を払いのける。
そして自身の過去を振り返った。ちょっと前まで今を生きるのに精一杯だった生活が、街中で黒くて大きな獣に襲われ、目が醒めたと思えば、目の前に居る女性に「陛下」と呼ばれた挙句、自由を取り上げられる様な生活を過ごすよう強要されている。
あまりの変わりようにオベリア自身、まだ混乱していたのだった。
「…………。」
オベリアがこんな考え事をしてる間、女は一切口を挟むことなく、ただ少し悲しそうな顔をして、目の前の少女を見つめていた。
「ねぇお姉さん。何で私はお姉さんに “陛下” って呼ばれるの?」
「それは陛下の御身体に、前国王妃マーリア・カラフィアート様のお家柄の紋章が刻まれていたからです。」
失礼します。女はそれだけ言ってオベリアを鏡の前に立たせ、素早く服を脱がせた。そして手鏡でオベリアの背が鏡に映るよう傾けた。
「お見えになりますか?」
それはオベリアの左肩甲骨にくっきりと、まるで彫り物のように刻まれていた。円の中に二重の六芒星があり、円の周りは知らない文字で囲まれていた。
オベリアはしばらく、六芒星の真ん中の空間をジッと見ていた。不思議と意識が吸い込まれていくような……不思議な感覚だった。
「……陛下、聞いてますか?」
ハッとしたオベリアは、とりあえず首を縦に振った。
女は少し間をおいて一つため息をつき、もう一度話しますね。と言ってオベリアをベッドに座らせた。
しかし、オベリアの視界から篭の果物が消えることはなく、視線がそちらに移る度、女はその中の一つを彼女に与えた。
赤い果物は小さいナイフで切り分け、紫の果物は一粒ずつ食べさせてくれた。そしてあの黄色の果物、女は端の細いところを持って綺麗に皮を剥いだ。1/3は剥かずに手が汚れないよう残されていた。
そんなことを続けているうちに、女の方も話すのをやめて、せっせと果物を与えるだけになっていた。
「あら、全部食べてしまわれましたね……お気に召したようでなによりです。」
女がふっと笑った。それを見たオベリアの表情は、ぱぁっと明るくなった。が、明るくなったオベリアを見た女の顔にどこか悲しそうなものを感じ取り、オベリアの顔も明るさを失くしてしまった。
次の日、数人の召使達が部屋に来た。その中にあの女性は居なかった。
今日は「新王女オベリア」の御披露目らしい。真っ白なドレスに着替えさせられた。無駄に華やかな装飾で非常に動きにくいこの服はオベリアは顔をしかめさせた。
今すぐにでも脱いでやろうかと思ったが「大事な日だから我慢しなさって下さい」と優しげな老婆の召使に言われ、暴れるのはやめた。
そして若い執事が部屋に入ってきた。その時召使達の、特に老婆の顔が急に暗くなった。
何故そんなに暗い顔をするのか、そう考えているうちに執事が持ってきた冠を被せられた。
————その後の記憶はない。
次に目が覚めたのは真夜中だった。
「目を覚まされましたか?陛下。」
あの女性がいた。
ベッドの横にある、簡素な木の椅子に腰掛けて、少し憂いを含んだ笑顔でオベリアに尋ねた。
「大丈夫、だけど……大丈夫じゃない。」
「どこか痛むところでも?」
「体が少し痛いわ……特に、ここの奥。」
オベリアは自分の下腹部を撫でた。
女の顔から笑みが消えた。そして涙を見せ、抱きついてきた。
「陛下、申し訳ありません……!」
オベリアは驚いた。ただ下腹部が痛いと伝えただけなのに、女が泣きついてきた理由が分からなかったから。
「……大丈夫。私は平気だから。」
どこかの村の、顔も忘れてしまった女性が自分にしてくれたように、オベリアは女をそっと抱きしめて、頭を撫でた。
おそらく私は私の知らぬうちに、顔も知らない王様に酷い事をされたのだろう。この人はそれが分かったからきっとこうやって泣いているのだろう。
オベリアはそう思うのだった。
泣き疲れてしまったのか、女はそのまま寝てしまった。
外は晴れていた。しかし月は出ておらず暗かった。
外に出よう、そう思い立ってベッドから出た。
服は着ていなかった。かけてあった服を取ろうと少し歩くと、太腿に何か伝う感覚がした。どうやら自分の股から垂れてきたようだった。
まさか自分の尿ではあるまいと思ったが、それを手で拭き取ると違うものだと分かった。
粘り気があり、少し生臭く、白濁したソレを少し舐めてみた。が、案の定良い味ではなかった。
オベリアは手についたモノを適当な布で拭き取り、簡素な服を着て部屋から静かに出た。