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お兄ちゃんは過保護  作者: ねがえり太郎
別視点 再び
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12.蓮(8) 【最終話】

蓮視点、最終話となります。

徐々に蓉子さんの嗚咽が大人しくなる。

どうやら少し落ち着いたようだ。


俺の胸から頭を離したが、顔を上げずに下を向いたまま蓉子さんは言った。


「蓮君……ゴメン、ティッシュとって」

「ちょっと待ってて」


箱ごと渡すと抱えるように顔を背ける。

振りむいた彼女の目とハナは、真っ赤だった。


「あー!恥ずかしいっ不惑しじゅうにもなって号泣しちゃった……!」


そう言ってニッコリ笑った彼女の顔には、もう憂いは無い。

図体ばかり大きくなって俺は―――全く今まで彼女の何を見ていたんだろう?


「蓉子さん……有難う」

「ん?」

「俺の『母さん』になってくれて」

「……もう!せっかく止まったのに……違うのよ」


そう言って泣き笑いの表情で、更にティッシュを取って顔を背けて涙を押さえて、首を振った。


「何が……違うの?」

「こっちこそ、私こそ『有難う』なの。私もずっと母親が働き通しで寂しくて―――でも心配掛けたくなくて、足手まといって思われたくなくて寂しくない振りをしてきたの。甘えないようにって。だからね、蓮君と会ってから……昔の自分の気持ちが生々しく蘇って来ちゃって」


自嘲気味に視線を落とし、フフッとひとつ笑ってから蓉子さんは再び俺の顔を真正面から見た。


「蓮君の母親になれて、救われたのは私の方なの。自分がして貰いたかった事全部―――蓮君にして上げる事で、私の中にしつこく居座っていた『子供』の私も救われたの。セラピーでもあるらしいよ?自分がして貰いたかった事を他人にする事で足りなかった物を補う手法が。だから私が蓮君の母親になる事で―――蓮君が……もし、もしね、少しでも救われたとか嬉しかったとか思ってくれたのなら。それは私もそうなの、私も……蓮君に救われたって事。だからね、蓮君の『有難う』は半分貰って、半分返したい」


蓉子さんはふんわりと嬉しそうに笑った。

それはとてもとても―――この上無く綺麗な笑顔で。


「だから―――蓮君、有難う。私の息子になってくれて。私も蓮君に幸せにして貰ったから。おあいこ!」

「そっか。うん―――それでも、有難う」

「うん」


2人で目を見交わす。すっかりスッキリしてしまって、クスクスと笑い合う。


暫くそのくすぐったさの余韻を味わって、俺達は昔話に話題を移した。頭に浮かぶ記憶を古い日記を紐解くようにポツリポツリと確認し合って。慌てて謝ったり、笑ったり。それから徐々に、忌憚なくツッコミを入れる事もできるようになって。

ふと、俺はある疑問についてどうしても彼女に確認したくなった。その話題はまさに自分の不甲斐なさの塊をほぐして中身を見せるような、俺にとっては至極恥ずかしい行為ではあったんだけど―――やはりどうしても、今じゃないと聞けなくなるような気がしたのだ。


「あのさ」

「うん?」

「俺……蓉子さんと親父が籍を入れたばかりの頃……ちょっと反抗期って言うか……吃驚し過ぎて、ショックで。家にあまり寄り付かなかったでしょう?」

「ああ……うん」


蓉子さんは視線を上にあげて、記憶を攫うような仕草をして。それから苦笑いを零した。


「うん、ちょっと……かなーり、あれは寂しかったかな?」

「ゴメン」

「あ!ううん!蓮君の所為ばかりじゃなくて!私すっごく仕事忙しかったから……専業主婦になってからギャップに中々馴染めなくてね。今思うと、リストラされたばかりのサラリーマンみたいな……気分になってたのかも」

「違うんだ。俺―――その、誤解していて」

「?」


蓉子さんは人差し指を顎に当てて、首を傾げた。

どうやら伝わってないみたいなので―――仕方ない。ハッキリ言葉にする事にした。


「俺、蓉子さんと……親父が不倫していたんだって、誤解してたんだ。今思うと、親父と俺の母親、数年もほとんど顔も合わせてなかったくらいなんだから、そうだとしてもそんなに騒ぐような事じゃ無かったのに。その、俺も子供だったから……何だかショックを受けちゃって。それで勝手に誤解して―――あんまり家に帰れなくなっちゃったんだ」

「……」

「今日親父に聞いたよ。親父がアプローチしても全然相手にしてなかったって。なのに勝手に誤解して……蓉子さんに寂しい想いをさせちゃって―――ゴメン。ごめんなさい」


俺は両膝に手を付いて、頭を下げた。

本当にこれについては、俺が全面的に悪い。今思うと取返しの付かない事になる前に、一言確認したって良かったんだ『離婚する前から、付き合ってたの?』って。つまり、まさに俺はどうしようもないガキだったんだってだけなんだけど……。


「でも蓉子さんも、きっと俺の態度変だって思ってたよね?俺が考えていた事、もしかして察しがついてたんじゃない?何で親父と『付き合って無かった』って俺に言わなかったの?」

「うーん……」


蓉子さんは腕組みをし、頭を下げて暫く考え込む素振りを示した。

そして意を決したように、ガバッと顔を上げて静かな表情で俺を見つめる。


「それについては……確かに『もしかして誤解しているかな?』って思ってた」

「……」

「でもね、私も後ろめたかったから、蓮君に非難されたとしても仕方ないなって思ってたの」

「後ろめたい?付き合ってもいなかったし、むしろアイツが粉掛けて来たら、冷たく追い払ってたんでしょう?」

「え……それ、まさるさんが蓮君に言ったの?もしかして」

「うん」


俺は大きく頷いた。

すると蓉子さんは頬を染めて、恥ずかしそうに首を振った。


「あーもう、息子に何ちゅう事を言うの、あの人はっ!恥ずかしいなぁ、もう……」


蓉子さんは視線を少し彷徨わせ、両手の指を合わせて照れくさそうに答えた。


「あのね、私大さんの事、好きだったのよね。本当は」

「え?そうなの?じゃあ何で……」


親父の誘いに良い顔さえ見せなかったのだろう。

実際に不倫をする所まで至らなくても、好意を示すくらい出来た筈なのに。

両手をすり合わせるようにして、蓉子さんはひとつひとつ言葉選んで、まるで自分に言い聞かせるように続けた。


「ただ、認めたく無かっただけなの。彼の事を好きだって。私の母親はシングルマザーだったけど―――別居して離婚寸前だった奥様のいる人と不倫して私を身籠ったの。結婚する約束もしていたみたい。だけど結局その人は、奥様のもとに戻ってしまったんだって。かろうじて認知はして貰ったけど結局顔を合わせた事はないんだ。ずっと後で会いたいって言われた事もあったんだけど断ったの。母親は意地もあったのか、女手1人で私を頑張って育ててくれたのだけど―――私、感謝するどころか……心の底では彼女をずっと恨んでいたの。いつも私は独りぼっちで寂しかったし、父親の事をおおやけに言えず辛かった。何でそんな下らない男の、都合の良い口車にのって騙されたんだって、彼女を蔑んでさえいたの。本人には決して言わなかったけどね」


そう言って寂しそうに嗤って、蓉子さんは心を落ち着けるように一息吸い込んだ。そうして吐き出す息と一緒に、言葉を繋ぐ。


「彼女が私を産む選択をしなかったら―――私なんて生まれてもいないのにね。感謝するべきであって、非難するべき事じゃないって頭では分かってた。でも『私は絶対そんな恋はしない、例えうっかり好きになったって流されたりなんかしない』って反発していたの。今思うとただ単に……私は大人に責任を押し付けるだけ、期待するだけの―――子供だったんだなぁって思う。自分の事ばかり考えて、人に同情できない子供だったの」


あ、俺と同じだ。


俺は寂しそうに笑う蓉子さんの顔を、息を詰めてただ見守った。そして彼女の言葉を、心の中で噛み締める。蓉子さんは、俺を『子供の頃の自分』に重ねていたって言う。でもまさに―――その子供の頃の蓉子さんの葛藤は、俺がかつて抱えていた煩悶そのもので。


「―――だけど、いつの間にか大さんの事好きになっちゃってて」


自嘲的に笑って、蓉子さんは首を振った。


「好意を寄せられて……嬉しく思ってしまう自分が嫌だった。だから殊更冷たく接したの。だけど本心では―――自分はなんて最低だろうって気が付いていた。母親の業をそのまま背負って育ってしまった。自分があれほど嫌悪感を抱いていた彼女の人生の選択と、同じ道を辿る事をいつの間にか望むような大人になってしまった……って」

「……蓉子さん」


俺の声が心配げに沈んでいるのに気が付いたのか、蓉子さんはパッと明るく口角を上げて俺に柔らかく微笑んで見せた。


「ふふ、だからあの頃は蓮君に軽蔑されても仕方ないなって思ってたの。ああ、自分の汚いトコ、見透かされちゃったなぁって」

「軽蔑なんか」


ジトッと蓉子さんは俺を少し恨みがましい目で見た。


「じゃあ、なんで家に近寄らなくなったの?」


そう言って笑う口元は、もういつもの余裕を湛えていて。

俺は少しホッとした。蓉子さんがあまり気に病む様子を見せていない事に。

本当は分かってる。24歳の彼女は、俺の態度に深く傷ついただろうって事も。だけど今はそれを何でもない事のように振る舞って、俺の気持ちを軽くしてくれる。


そんな人だから。俺は。

俺もだから―――俺はだから蓉子さんの事を。


けれども。本当の本当の気持ちは―――彼女に伝えないと、改めて今心に決めた。


これ以上、彼女を傷つけて何の得があるだろうか。事実なんか何の意味も無い。

俺はもう、大人になった。ここまで育てて貰ったのだ。宣言通り―――これからは彼女が頼れるくらい強い息子になって、彼女を守るって決めたから。


「……今思うと、恥ずかしかったんだよ。嬉しかったのに、そう言う幸せや……好意を素直に受け取れない人間だったんだ。本当の、心からの好意を受け取る事に慣れていなくて―――でもそんな天邪鬼な自分に気付く事が出来て良かったと思う。切っ掛けをくれたのは、清美と……晶ちゃん。清美もその頃晶ちゃんに反抗期だったんだ。晶ちゃんはそれでも黙って清美を見守っていてさ。それを見て俺も反省したんだ。俺ってガキだなーっ思って。大事な人に意地悪しちゃうのって、これ清美と同じ、ただの『反抗期』じゃんって!」


ハハハと後は笑ってごまかした。


軽蔑なんかじゃない、恋慕を拗らせた『嫉妬』なんだって言ってしまえば、彼女が抱く疑問に納得の行く答えを与える事ができるだろう。けれども……きっと優しい蓉子さんは、俺の目の届かない処でこっそり心を痛めるに違いない。


「ふーん。まあ、いいわよ。なんか納得できないけど―――納得する。その代わり、もう1回『母さん』って呼んでみて!」

「え……」

「ほら!一言でいいんだから……簡単でしょ?」


俺はニヤニヤ楽しそうに笑っている、彼女の瞳から目を逸らした。

一旦頭が冷えてしまうと、何だかその行為はとっても恥ずかしく思えてしまう。


俺は今度こそ本当の『反抗期』に突入する事にした。本当に……今更だけど。


「それは―――また今度」

「ええ?何で?」

「恥ずかしいから」

「えー!もう言ってくれないの?」


残念そうに声を上げる、俺の母親は大層可愛らしい。

俺はクスクス笑いながら、勿体ぶって言ったんだ。


「じゃあ、呼ぶよ。次の母の日にでも」

「それじゃほぼ1年後じゃない……!」


笑いながら、彼女をまた抱き締めようとすると、スカっと避けられてしまった。


「あれ?『抱っこ解禁』になったんじゃないの?」


さっきはそっちから抱き着いて来たくせに。


「凜との約束だもん」

「さっきのはぁ?」

「『母さん』って呼んでくれたから、特別!呼んでくれたら幾らでも抱っこしてあげるわよ!それか、凛の言う通り彼女ができれば、解禁ね。その時には私なんてお呼びじゃなくなっちゃうかもしれないけど。あ~あ、母親って寂しい役柄ねえ」

「……」


もうすっかり、元の自分を取り戻した蓉子さんは涼しい顔で、テーブルの上の封筒に手を伸ばした。


「ねえ、せっかくだから受けるにしろ、受けないにしろ―――写真見てみない?」


ニヤリと嗤って、止める間もなくスルリと封筒から分厚い写真を抜き出してしまった。そしてアッと言う真にその冊子を開いて、覗き込む。


「おっ……綺麗な子!見て見て蓮君!」


俺の目の前に広げられたお見合い写真に、溜息を吐きつつ視線を向けた。


「な……これ」

「なあに?もしかして知り合い……?」


着物をピチリと着て、大人しそうに四角い写真の中に納まっていたのは―――高校時代のバスケ部の先輩、桜子さんだった。


「何考えてるんだ?親父?!」

「もしかして、元カノ?」

「違うよ!ただの先輩、女友達!」

「へー『ただの女友達』ねえ……」


意味深な台詞に舌打ちしたくなる―――しないけど。でも親父の前でなら、するけど。

親父め、何で桜子さんを知っているんだ。彼女とは特に探られて痛い腹は無いけれど―――もしかして今までの俺の……蓉子さんや凛にはなるべくバラされたくない交友関係も把握しているって事か?……くそっ!


俺は蓉子さんから見合い写真を奪って、序でに封筒を掴み立ち上がった。

動揺はなるべく見せないよう、撤退する事を選択した。


「俺もう風呂入って寝る」

「じゃあ、着替え取ってきたら?お風呂沸かしとくわよ」


蓉子さんがアッサリ引いてくれたので、ホッとする。

安堵ついでに……ちょっとした悪戯心が湧き上がった。


「うん、有難う―――『母さん』」

「ま……」


不意に使った殺し文句に、心の準備をしていなかったせいか固まる蓉子さん。

俺はニヤリと笑って鞄を手に取り、逃げるように居間を後にしたのだった。







【その後のお話 別視点・最終話】


蓮視点、最終話です。そしてこちらを以て『別視点 再び』最終話とします。


『おとうとが~』シリーズの主役は森家の義姉弟、晶と清美です。しかし清美のバスケ部の先輩、高坂蓮は話を進める上で、準主役級の働きをしてくれました。いわば影の主役とも言えると思います。作者として彼には大変、助けられました。

今回のお話は結局、作者が話を進める為に作った不憫なキャラクター『高坂蓮』の魂の供養を行うために作った自己満足作品になってしまったかもしれません。が、それにも関わらずたくさんの皆様にお読みいただき、大変有難く思っております。


最後に重ねて。お読みいただき、誠に有難うございました<(_ _)>

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