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夜には気をつけろ②


【武装特別警察部隊 組織図(1949年6月前後のもの)】


1.機動部:テロリスト等に対する強制捜査・戦闘、内乱的行動等に対する強制措置及びその他治安維持活動全般

 全4課

2.政治部:反国家的政治・宗教活動に対する措置

 全4課

3.総務部:強制収容に関する措置、予防拘束、出版業務その他隊内事務全般

 全2課

4.防諜部:諜報・潜入活動及び破壊工作

 全6課

5.技術部

 全1課

6.外国部

 不明


【目次】


1.チャーリーの回想

2.通信

3.応援

4.復讐心

 

1.チャーリーの回想


  チャーリー・テイラーは今年15歳になった。


  武装特別警察部隊に所属している。警察と称しているものの、その実態は、警察よりもむしろ軍隊に近い。


 世間一般にも、軍隊として認知されている。

 

 ある日、彼女は、同郷者であり、旧知の知り合いであるハーディング軍曹-という呼び方は公式の場だけで、彼女は下の名前でクリスと呼んでいる-と夕方から食事に出掛けた。


 その帰り道、スラム街の辺りで、汚い子供に遭遇した。


 チャーリーは率直に言って、その子供を見たときから、何か嫌な嫌な予感がした。


 街の中でも指折りの、治安が悪いとされている地区である。今日でいうと、ブラジルのファベーラとか、一昔前のニューヨークのダウンタウンといえば、大体の街の雰囲気が察せられるかもしれない。


 この時間に、この場所を1人でうろついてる子供なんて、まともではない。


 それに、その辺りは、解放戦線などと呼ばれている達の悪い連中、有り体に言えば無法者どもが跋扈して居るという噂があった。


  しかしながら、その子供は、汚いだけで特に怪しい素振りは見せなかった。何より、注意深く観察しても、魔力が全く感じられなかった。


 魔力のない普通の人間が能力者、ましてや、武装警察の人間を襲うなど、戦車に素手で立ち向かうようなもので、まず考えられない。まして、こちらは2人、相手は1人だった。


 最初は警戒していた2人も、途中から警戒を緩めてしまった。はっきり言ってしまえば、油断していた。


 だから、最初その子供が、ポケットからアクセサリーのようなものを出して来たときも、2人はその出来にに感心するばかりで、ほとんど警戒しなかった。


 実際に、最初のそれは、何でもないただのアクセサリーだったと思われる。


  だが、その子供が次にポケットから取り出してきた丸い玉のような物体を見たとき、チャーリーは背筋がぞっとした。


  それは、さっきの奴とは明らかに違う、異様な気配を放っていた。


  (あれはやばい、絶対に触ってはいけない)と、チャーリーは直感で感じた。


  だが、声をあげて止めようとした時には、もう遅かった。そいつは、既にクリスの掌に落ちていた。


  辺りが急に真っ白になり、風が、壁のように押し寄せてきた。チャーリーは足元を掬われ、背中から地面に転倒した。


 背中をしたたかに地面に打ち付け、チャーリーは呻き声を上げたが、さすがに戦い慣れしている彼女は、直ちに起き上がって、戦闘態勢に入った。


 耳の奥で、地鳴りのようなゴーッという音がまだ鳴っていた。

 

 さっきの子供の姿はない。真っ暗で、何も見えない。


 周りの街灯はいつの間にか全部消えていた。


 (とにかく明かりだ)


 チャーリーは呪文を唱えた。

 

 ぽっと、指先に炎が灯った。親指ほどの大きさの炎だが、その大きさに似つかわしくない強い光を放っている。

 

 辺りが、真昼のように明るくなった。


 クリスは、壁のすぐ側に倒れていた。


 チャーリーが駆け寄って見ると、無意識のうちに咄嗟にガードしたのか、何とか生きてはいるようで、弱く呼吸していた。


 顔も体も血まみれで、上着を掴むと、ぐじゅっという音がして血が吹き出してきた。


 何とか生きてはいるようだが、


 (虫の息)


 という言葉がチャーリーの頭をよぎった。


  「しっかりしてください」


  呼び掛けてみたが、返事はなかった。


  まだ生きているだけでもすごいとチャーリーは思ったが、一人ではそれ以上どうしょうもなかった。


 2.通信


  人を呼ばなきゃ…とチャーリーは思った。


  あまり得意ではないけど、テレパシーで呼ぶしかない。


 彼女たち能力者は皆、ごく弱いが、それぞれ独自の魔力の波長を持っていて、電波のように体から発信している。


 それを使えば、無線のようにお互いにやり取りができる・・・はずであるが、この方法による通信は、最初から当たり前に出来ることではなく、きちんとした理論に基づき、十分訓練を積まないと、使いこなせるようにはならない。


 要は、急に思い立って使おうと思っても、そう上手くはいかないのである。


 チャーリーは、その時になって、もっとまじめに練習していればよかっと後悔したが、今はそれどころではない。

 

 頭の中で必死にやり方を思い出した。


  …大切なのは、集中すること…。


   大分昔に、教官に言われたことを思い出した。


 習い覚えたとおり、掌を耳に当てて神経を集中させると、少しずつ伸ばした指先が暖かくなる感じがして、ノイズが耳に飛び込んできた。


波長は、同じ人間でも、日によって少しずつ変わる。


注意深く、誰かの波長に行き当たらないかを探した。


(急げ急げ)


周囲も警戒しながらの作業なので、なかなか集中できない。


暗闇から、今にも敵の気配がする気がした。


額に汗が滲んできた。ずっと炎を灯すために、魔力を消費し続けている片手が痺れてきて、少し息切れがしてきた。

 

 いったん手を下げて休もうかとしたその時、今までうるさく鳴っていたノイズが静かになった。そして、しんと静まりかえった中から、声が聞こえてきた。


  「誰・・・」


 寝起きのような、低い不機嫌な声だった。


「あっ、も、もしもし?わっ私、違う私はチャーリー、じゃなくて、テイラー…」


「チャーリー?」


 声の主は突然、私の名前を呼んだ。


「エリカ?」


チャーリーはその声で、誰に繋がったのかを察した。


「何の用」


 エリカ・スズキは、不機嫌な声で聞き返してきた。


 彼女は、隊の技官である。


 戦闘に出ることはほとんどないが様々な術式や魔術道具などに詳しく、部隊が作戦を立てるのに重宝されている。替えの効かない重要人物といっていい。


 チャーリーとは、隊に入った頃からの古い知り合いであるが、チャーリーは、彼女については、隊に入ったいきさつなどはおろか、私生活面なども、よく知らないことの方が多い。


「敵にやられて…爆弾みたいなやつで…。クリスが死んで、いやまだ死んでないけども」

チャーリーは必死に説明した。


「場所は...」


「三番街の近くだと思うんだけど。戦勝記念通から鉄道の高架をくぐって、東に3ブロックぐらい行ったところ」


「スラム街か」


 ため息が聞こえた。


「どうしてこの時間に、そんなろくでもない場所を出歩いてるの」


「助けてよ。人を呼ばないと」


 今度はうっというあくびを飲み込んだような声が聞こえた。


「チャーリー、それより、この前貰ったお菓子ね。あれ、あんまりおいしくなかった…」


「えっ!?そんなはずは。Palmersのだよ。だいぶ高かったやつなのに。違うそうなじゃなくて、助けてよ」


「悪いけど、今眠いから…。他の人に頼んで。じゃあ」


「ちょ、ちょっと待って。何言ってるの?待って、切らないで」


「めんどくさ~」


 今度は、さっきよりも大きなため息が聞こえた。


「呼べばいいんでしょう…」


 ギッとベッドの軋む音と、布団をめくるような音がした。


「そのまま死ねばい・・・」


 通信が途切れる寸前、そう呟くのが聞こえた。


 3.応援


それから数十分後、エリカの呼んだ救急車と、応援の仲間が駆けつけた。


 黄色と赤のツートーンカラーの,特別な救急車の横で、チャーリーは責任者のロックハート少佐と立ち話をしていた。周りを警戒しているのは一緒に来た部下たちで、こちらもほとんどが昔からの知り合いだ。


「災難だったな。チャーリー」


「不注意でした。すみません」


「子供にやられたんだって?」


「そうです」


「それで、そいつはどうした?」


 チャーリーは向こうを指さした。


「死にました」


 応援が到着する前に、死体を見つけていた。

 

 体はクリスと反対側に吹き飛ばされていた。両腕がもげ、首は根元から折れて仰向けになった体の下に潜り込んでいた。


 生きているはずはないと思ったが、とりあえず止めを刺しておかなければ、と思った。


 手持ちに適当な武器がなくて、魔力もあまり使いたくなかったので、持っていた毒薬を口に流し入れた。


 もし、敵に捕まったりした時のために、いつも持ち歩くように言われているものである。もしかの時は、仲間の為にも。


  これをクリスに使うようなことにならなくてよかった、とチャーリーは思った。

 

  「もう出発しますよ。早く乗ってください」

 

  十字の付いたヘルメットの救急隊員が、苛立った声で呼んだ。


  「私は元気ですけど」


  「先程もお伝えしましたけど、病院で事情聴取をするそうですので」


  救急隊員は、何回言わせるんだ、と言いたげな顔で言った。


  「そういうことだ。チャーリー、またな」


  「ありがとうございます」


ロックハートは背中を向けて、ゆっくりと通りの反対側に歩いて行った。


ドアがバタンと閉まって、救急車が走り出した。

  

チャーリーは振り返ってみたが、もう彼女の姿は、見えなかった。


 4.復讐心

 

 チャーリーが、「セントラルパーク陸軍病院」に入院中のクリスを訪ねたのは、それから10日程経ってからだった。


 国内でも屈指の医療設備と人員を備えたこの病院は、原則として軍や武装警察の関係者とその家族だけが入院を許されている特別な病院である。


 医療費は無料というおまけつきである。


 一応、一般人でも診療だけなら受けることはできるが、保険は一切使えず、医療費は全額自己負担となる。

 

 安月給のチャーリーなど、特に理由がなければ訪れる理由のない場所だった。


 馴染みの看護婦に挨拶をしエレベーターを途中の階で高層階用に乗り換え、建物の端にある隔離病棟を目指した。


 ノックをして病室に入ると、クリスは、ベッドの上に半身を起こし、テーブルの上に載せた本を片手で捲っていた。


  左の頬に大きなガーゼがあてられ、左手は包帯でぐるぐる巻きになっていた。

 

  「元気そうですね」


  クリスは、これでもかと言いたそうに包帯で巻かれた左手をあげて見せた。


  「驚異的な回復だって医者に聞きましたよ。さすがは一流の武装警察部隊の人だと」


  「口がうまいな」


  「何の本を読んでたんですか?」


  「お前にはどうせ分からない」


  「隠さないで教えてくださいよ」


  「分からないくせに知ってどうするんだ」


  「分からないかどうかがまだ分からないじゃないですか」


  「無理だって」


  「知られたらまずいことでもあるんですか?」


  チャーリーは勝ち誇ったように、ずいっと顔を軍曹に近づけた。軍曹は面倒になったのか、うんざりした顔で本の表紙を返して見せた。


  「え…と…社会…」


  「社会防衛論とは何か」


  「何ですかそれ…ちょっと読んでみてくださいよ」


  クリスが、さっきまで読んでいたページを読み上げた。



「今日、「社会」たる共同体が、その存在と自律を確保せんがため、その明在的・顕在的脅威のみならず、その潜在的脅威に対しても独自の警察力を行使しうることについては、ほとんど異論を見ないところである。ここでいう「社会」とは、今日の一般的な理解においては、単なる国民の集合体を指すものでもなければ、特定の行政組織を指すものでもない。それは、国民の共同意思を基盤としつつも、それから独立した、独自の意思決定の能力と権能を有する共同体である(同心一体的共同意思主体)。ここでいう「社会」の自己防衛意思と作用機序は、当然のことながら、国民の法律上の権利利益と対立することがあり得ることになるが、その場合、国民は社会の側の防衛権行使が、著しく妥当性を欠くことが明白でない限りはこれを認容する義務があるものとされている(その立証責任については、いわゆる公定力を根拠に国民の側にあるとする理解が一般的である)。いわゆる刑法学における「社会防衛論」も、このような論理的根拠に基づくものである…」


  「???何を言って…。人間の言葉を喋ってください…」


  「だから言っただろう」


  今度はクリスが勝ち誇った顔で言った。


  「それで、そんな話をしに来たんじゃないだろ。何の用事なんだ」


  「へへへ…せっかちですね。ただの報告ですよ。例の子供ですけどもね」


  「うん」


  「普通の人間だったそうです」


  「やっぱり能力者じゃなかったのか」


  「血からも、魔力は検出されなかったと」


  「あの丸いのは?」


  「今、エリカが調べてますが、まだ詳しいことは…。ただ、魔力に反応する爆弾の類ではないかと」


  「爆弾…。あいつは確か、ポケットから出してきたな」


  「ええ」


  「そして、私たちの目の前で起爆した」


 「何なのかは本人も知らなかったのかも。魔力に反応することを知っていれば、投げ付けたりも考えられますし。知ってたらそうしたのでは。わざわざ自爆する理由がわからないです」


  2人は顔を見合わせた。


  「あいつをけしかけた奴がいる」


  「騙したというべきですかね」


  「早く何とかしないと。あんな物が出回ったら大変な事になる」


  「エリカがいうには、あれだけコンパクトな物を作るのは相当な技術が要るので、そうそう数は揃わないんじゃないかということなんですが…」


  「甘いな。漸く数が揃って、動き出した所かもしれない。そうであれば、時間の問題だ」


  「治安警察の方も動いているそうです。また何かあれば報告に来ます」


  クリスはそれには答えず、じっと窓の外を眺めたまま呟いた。


  「舐めた真似を…。絶対に許さんからな」


  怒りに燃える顔の中に、狩るべき獲物を見つけた猛獣のような薄笑いが浮かんでいた。

 

  チャーリーには、その笑いが、不気味だった。

 

   

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