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ある日の出来事


遠い昔、神が世界を創った時。

神は先ず、天を二つに割き、昼と夜を創った。


昼からは、幸福と人間が生まれ、夜からは、あらゆる堕落と災い、そして魔女が生まれた。


神は昼を祝福して自分の庭に住まわせ、夜は茨の鞭で打った上で、呪いを与え、遠く離れた場所に住まわせることにした。


-昔話から-


【目次】

1.序章

2.指令

3.出発

4.遭遇戦


 

 1.序章

 

 風が、強く吹き付けて来る。


 滑走路脇の枯草を激しく振動させ, 黄色と茶の破片が、地鳴りとともに吹き付ける風に鋭い棘を植え付けていた。

 

 鉄条網は、赤錆た鉄柱を叩き、痩せ細った先端を風になびかせていた。


 そのフェンスの側で、一人の少女が、空の向こうに飛び去っていく、黒い爆撃機の機影を見つめていた。


 黒色のコートを面倒くさそうに羽織り(サイズが合っておらず、裾が地面に届きそうになっている。)、ぼんやり立ち尽くしていた。


 ばらばらと頭に落ちかかる草欠片も全く気にする様子はない。


 やがて、黒い機影が空の彼方に消えてしまうと、少女は大きくため息をついた。


 少女の名前は、クリス・ハーディング。


 この武装特別警察部隊に所属して、もうすぐ丸3年になる。


この春から階級が上がって、「武装特別警察部隊軍曹」の身分となり、晴れて分隊の指揮官を任されるようになった。強者揃いのこの部隊の中では、出色の早さの立身といえる。


 クリスは、否、この部隊にいる全員が、いわゆる超能力者と言われる人間である。


「魔女」(この言葉はこの国では差別用語とされていて、公の場で使われることはない)と言ってもいいかもしれない。


 ある年代の、それも少女だけに、遺伝的にごく稀に発生する特別な能力―魔力と呼ばれている力―の持ち主を集めた部隊、それがこの武装特別警察部隊である。




 今、時刻はちょうど昼下がりで、春の弱い日差しが、クリスの鋭く切りそろえた金髪を照らし、基地全体に彼女の瞳に満ちているのと同じ、気だるい空気が充満していた。


 クリスは腰に下げた剣の柄をもてあそびつつ、ぶらぶらと歩きながら腕時計を見て、「滑走路 No.18」と書かれた立札の支柱にもたれ、空を見上げて再びため息をついた。


 そのままの姿勢でしばらくじっとしていたが、やがて、ゆっくりと肩と両足だけで支えていた上半身を起こし、遠くを見やった。


 100メートルほど向こうから、黒髪の少女が、何かを叫びながらこちらに走って来ていた。


 俊足を飛ばしてあっという間に距離を詰め、もう表情が確認できる距離まで来ている。


 満面の笑みだ。


 後40メートル・・・25・・・15・・・


(あっ・・・)


 突然、少女の両足が地面から離れ、体が宙に舞った。


「バカかお前は」


 クリスは、地面に倒れている黒髪の少女に言い放った。


 倒れている少女は、顔を両手で押さえたまま、言語にならない唸り声をあげていた。


 鼻を打ったのか、指の隙間から、赤い液体が指の隙間から染みだして来て、ズボンに滴った。


「汚いな。早く止めろ」


「ひどいですね。普通,大丈夫かとかじゃないですか」


「鼻血を出している人間にわざわざ大丈夫かどうかを聞くのはおかしいだろ」


「言うと思った。あなたはそういう人ですよね。それで、ちょうか・・・・・・」


「長官が呼んでるんだろう。行くぞ」


「ん、なぜ分かったんですか?盗聴とか、それともテレパシーとかですか?あなたはそういう類はあんまり得意じゃなかったはずですが」


 まだ倒れたままの少女は、急に饒舌になった。


 少女の名は、チャーリー・テイラー。


「ふざけるな」


 分かっているくせに、とクリスは思った。


 しかし、今はそれどころではないのだ。長官が、あの長官が、よりにもよって自分を名指しで呼んでいるのだ。


 ただ事ではない。普通の会社であれば、一介の社員が今すぐ社長室に来いと言われているに等しい。


 よく考えなくても、何か自分にとって不幸な事態が発生したに違いない。もしかして、こいつのニヤニヤ笑いは、そこまで想像してなのか?


「チャーリー。お前の声なんかいくら離れていても聞こえる。バカな奴に限って声だけは大きいからな」


 そう、本当は、こんな奴など置いてきぼりにしてもいいぐらいのはずだ。


 こいつを待ったのは仕方ないことだ。


 断じて、長官が自分を呼んでいることを知って,一瞬、目眩を起こしたりなどはしていない。断じてだ。


 2.指令


 2人は、早足で、滑走路の端の倉庫や事務所が建ち並ぶエリアを抜け、道路を渡って、反対側の司令部がある棟に向かった。


 外は春の陽気に満ちているのに、司令部がある棟に入ると、どことなく肌寒い空気がした。昼間のこの時間は、廊下の電灯も落とされていて薄暗い。


 優に100人を超える人間がこの建物の中で働いているはずなのだが、ひっそりとしていて、物音ひとつしない。


 クリスはこの場所が好きではない。まるで暗く深い海の底に沈んでいくような息苦しさを感じてしまうのである。


 もちろん、息苦しいのは、これから自分に起こるであろう出来事とも無関係ではないが。


 そんなことを考えているうちに、件の長官室の前に着いてしまった。


 長官室は、玄関から入ってほぼ一直線上にあるため、途中で曲がったりしてためらう余裕もなかった。


 だが、もう逃げることなどできない。長官のことだから、自分がドアの前に来ていることなど、とっくに察しているだろう。


 クリスはドアをノックしようとして、手が震えていることに気がついた。汗の粒が、手首にびっしりと浮き、振動で床に滴った。


 ええい、しっかりしろ。


 手首をズボンに擦り付け、自分に気合いを入れた。

 怯えてどうする。それでは、できる筈のこともできなくなる。


 意を決して、硬い木のドアをノックした。


「入れ」と声が飛ぶと同時に、クリスは条件反射的に両足を前に踏み出し、デスクの前まで歩いていっていた。


チャーリーは、滑るような動きで、遅滞なくその後に続いた。


 この長官は、こういうところのぐずつきを酷く嫌う事を、2人は知っている。


「お呼びと伺いました」

2人、示し合わせたように言った。


 初めではない、どころか、さすがに見飽きている自分の長官の顔である。


 毎回思うが、色白で整った顔には違いない。しかし、無表情、鋭い目線、全身から発せられる近寄りがたい雰囲気・・・・・・とても寄り付く男がいるとは思えない。


 (なお、「長官」というのは、あくまでも隊内での非公式の呼称であり、正しい階級は「武装特別警察部隊上級大将」という)



「頼み事をしたい」


 長官は、開口一番、表情を一歳変えずに言った。


「どのような事でしょうか」


 クリスは、あれ、想像してたのと雰囲気が違うな。いや、これからが本番なのかも知れない、と思いつつ、答えた。両足に、ようやく地面の感触が戻ってきた。


「パトロールに行ってもらいたい。お前たち2人でだ。」


 一瞬、よく意味がわからなかった。


「あの、パトロール、ですか?」


「そうだ」


クリスはよく意図が呑み込めない。


「あの、理解力不足で申し訳ありません。なぜ、パトロールでわざわざ。それなら何も言われなくとも、今までも行って」



「欠員が出た」


「?」


 機嫌の悪いときの特徴で、長官の口元がほんのわずか痙攣した。数秒、間があって、長官は口を開いた。


「4日前だ。パトロール中の小隊が襲撃を受けた。詳しい状況についてはまだ不明だが、欠員が出て、パトロールのルート維持が困難になった」


 やっと言わんとしている事が少し伝わってきた。


「すみません・・・・・・襲撃とは・・・・・・」


「銃や爆弾によるものではない。それ以上は調査中だ」


 言わなくても分かるだろう、と言いたそうだ。


「あの」と今度はチャーリー。


 長官は、「まだ何かあるのか」という目で、2人を見た。


「大丈夫でしょうか。つまり」


「安全とされていたルートで,事前に問題はなかった。今回の襲撃は想定外かつ突発的で、反復される可能性は低いと考えている」


 長官は発言を途中で遮った。


 沈黙が流れた。


 ただの思い付きに等しい無謀な「作戦」は,これまでにも度々あったが、そんなに急に言われたくはない。なんの準備もしていない。


 (行きたくない、悪い予感しかない)

 2人は心の中で思った。


 しかし、「行ってほしい」というのは、依頼ではない。


命令である。断る余地などない。


「分かりました」

2人、ほぼ同時に、威勢よく答えた。


 3.出発


「よりにもよってお前と一緒とは」


 その日の深夜、車庫の前に停められた車両の中で、クリスは思わずぼやいた。


「こんな時間にドライブして外出するなんて、こんな楽しいことを他人に譲るなんてもったいないでしょう」


 浮かない顔のクリスとは対照的に、チャーリーはにやついている。


「遊びじゃないんだぞ」


 なぜ、あえて自分たちなのか。それは、


「また襲ってきそうだから、それを逆手に取ってこいということでしょう。つまりは、囮だ」


「そういうことだ」


 襲ってきた奴の情報すら全く教えてもらえないのは、もしかして生きて帰ってきた者はいなかったのかも知れない。


「いつも通りだ。何の変わりもない。どっかの馬鹿が,事前にこの辺りは安全ですと言ってしまった。だからパトロールという形をとるだけだ」


 正式に作戦として部隊を出動させれば,そこに危険があることを認めたことになる。それは,そこは安全地帯だという以前の説明と整合しない。


 だか、パトロール中に「偶然」襲われたということならば、自分達を使い、なおかつ敵を返り討ちにする理由がある。


 自分自身にだけ言い聞かせるつもりが、つい口に出てしまった。チャーリーはそれを目敏く拾った。


「やっぱり不安なんじゃないですか。ますます私がいた方がいいですね。なんたってあなたは,剣以外の取柄が・・・・・・」


 ますます腹が立つ、とクリスは思った。


「仲がよろしいですね」


 運転席から、短髪の若い男が声を掛けた。

 名前は知らないが、こいつも何度か一緒になった事がある。なんの魔力もない普通の人間だが、時間が時間なので人手不足だったらしい。


「出発していただけますか」


 クリスはこれ以上話をするのが面倒になったので、もういいから、という感じで遮り、出発を促した。


「承知しました」


 エンジン音が春の夜の冷え込んだ空気を切り裂き、車はゆっくりとライトの先の闇に吸い寄せられるように発進した。


 車は次第に速度を上げ、繁華街を抜け、橋を渡り、住宅街を抜けて、田畑が広がるエリアに差し掛かった。


 この辺りには人家も少なく、明かりもほとんどない。ライトを消して歩けと言われたら、たちまち自分が前後左右どこを向いているのかもわからなくなるだろう。


(疲れた)


 延々と流れていく窓の外の景色を眺めながら、クリスは思った。


 昨日の夜も本を読んだりしていて夜更かししてしまい、今朝は寝不足のまま朝から訓練に出て、それで今は。


 襲撃されたというのはどこなんだろう。長官に聞いたら教えてくれただろうか。


 もし、今日自分たちが死んだりしたら、長官はなんて説明するんだろうな。


 ――――?


 ここはどこだ。


 暑い暑い暑い


 ストーブを直に当てられたような日射し。

 猛烈な砂埃、口中に砂の味が広がる。


 立ち上る煙。揺らめく建物。鼻をつく異臭。煙幕のように真っ黒な無数の蝿。遠くで聞こえる砲撃の音


 そこかしこに転々と散らばる、人の身体の一部。


 ここは・・・覚えがある場所だ・・昔の・・・


 その時、ビューと笛を吹くような音がして、真っ白な閃光と地鳴りがし,腹を巨大なバットで力一杯殴打されたような感触がした。


 自分の体が、手が、足が、首が、ばらばらになるのを感じた。


 (ああ、私死ぬんだ?)


 首がもぎ取られていく感触がやけにスローで、なんだ,死ぬときはこんなものなのか・・・とクリスは思った。


「・・・きてください、起きてください!」


 突如、両耳に吹き込まれた怒鳴り声とともに、クリスの意識は現実に引き戻された。


 とっさに首筋を触ってみた。


 もし、なかったら?大丈夫だ、ちゃんとついてる。ついてないはずかないか。


「寝るなんて信じられない。仕事中ですよ」


 チャーリーは怒っている。当然か、もしその間に敵が襲ってきたら、どうなっていたか。


「エリートは余裕があっていいですね」


「分かった。すまない」


 それにしても、嫌な夢だった。昔の夢を見るのは久々だった。最近は、すっかりなかったのに。


「どうしたんですか。顔色が悪いですよ」


 チャーリーはクリスの顔を覗き込んだ。


「何でもない」


「何でもないことはないでしょう?そんな顔色で」


「本当に何でもない」


「正直に言わないと、居眠りした事を報告しますよ?それでもいいんですか?」


 本当に腹の立つ奴だ。


(あのころ)の夢を見てた。それだけだ」


 それを聞くと、チャーリーは急に静かになった。


 寝たりするからですよ、とか、ごにょごにょ言うのが聞こえたが、クリスは無視した。


「そろそろ終わりですから」


 運転手が、声を掛けてきた。

 車はいつの間にか折り返し地点を過ぎ、最初に渡った橋の付近まで戻って来ていた。


 ここから基地までは、15分とかからない。


 クリスは時計を見た。夜明けまでにはまだ暫くある。


 やれやれ、なんとかそれなりの睡眠時間は確保できそうだ。


 体から緊張感が抜けるのを感じた。


 車は、土手の道から、橋につながる道路に出ようとして、何かを見つけたのか、いったん停車した。運転手が窓を開けて外を除いている。


 何をしているのか聞こうとした、その瞬間、頭に電撃のような衝撃が走った。


 急に目の前が真っ赤になり、口の中に鉛の味が広がった。


 何の気配かは一目瞭然だった。


 魔力・・・。


 攻撃される、と思う間もなく、脇腹の辺りに激しい衝撃を受けて、クリスの体は座席から宙に舞った。


 4.遭遇戦


 視界が2回転、3回転して、ようやく止まるとすばやく大破した車から這い出し、剣を抜き、車体を盾にしながら、周りの様子を伺った。


 運転手は一応ちらっとだけ確したが、運転席には、黒焦げの胴体しか残っていなかった。


 再び周りの様子を伺おうとするが、慌てているのかよく見えない。


 今のは,魔力を砲弾のように打ち出す魔力砲とかエネルギー砲とか呼ばれる類の攻撃だろう。


 やり方は種々あるが,特に高度な技術が必要な術ではない。相手は大した敵ではない可能性もある。


 落ち着け、落ち着け。


すぐ追撃して来ないのは、敵もこちらを見失ったのかも知れない。あるいは、最初の一撃で仕留めたと思ったのか。


 冷静になり、余裕が出てきた。


 とっさに攻撃を察知してガードできて良かった。あと1秒遅ければ間違いなく死んでいたところであった。


 再び視界を巡らせ、敵を探した。


 さあ。来い。


 踏み込みの早さには自信がある。先手を取りさえすれば負けない。たった一度のチャンスでも、それで決めてみせる。


 ねっとりと夜の湿気をはらんだ空気が、緩やかに流れていった。 


 クリスの目は、正面の茂みを凝視していた。


 風もなく、空気がわずかに揺れたその瞬間、クリスの体は前に跳んでいた。


 姿勢を目一杯低くし、一直線に目的地点へ間合いを詰めていく。


 10メートル、5メートル…。


 人影を、視界に捉えた。


 振りかぶった。


 刃が身体に食い込む、確かな手応えがあった。


 素早く片足を踏み込み、体を反回転させた。間一髪で、魔力砲が肩の脇をすり抜けていった。


(隙を見せたな)


 今度は撃ってきた距離も方向も、はっきり分かる。


 姿勢を低く戻し、正面へ猛然と突進した次の瞬間、魔力の気配を感じて、急遽進路を左に変えた。


 すぐ真後ろで爆発音がした。


 素早く足でブレーキをかけ、左に流れた体を立て直し,再び右に進路を取った。魔力砲が,今度は左ひじの脇をすり抜けていった。


 右、左、また右。


 進路を変えるたび,魔力砲が頭上や体の脇をすり抜けていく。


 敵の 狙いが正確なため、なかなか前進できない。かといって、このままずるずると長引くと、いずれ体力が尽き、勝機は失われる。その前に仕留めなければならない。


 勝つためには、どこかで前に出なければならない。練磨のクリスの五感は、そのタイミングだけを全力で探っている。


 連続した攻撃が、ほんのわずか間延びした。


 その瞬間、クリスは意を決した。


 一度左に進路を変えるふりだけし,そのまま真正面に一直線に突っ込んでいった。


 (もし,正面で待たれていたらどうする?)と、もう一人の自分が問いかけた。


 (そのときはその時だ。仕方ない。運が悪かったと思うしかない)


 魔力砲が、顔面に迫ってきた。


 クリスは、体を目一杯捻った。魔力砲が顔のすぐ脇をかすめ、熱と閃光が眼に沁みた。


 すぐ左後ろで爆発音がした。


(かい潜った)


  あと3メートル。完全に視界に捉えた。


 敵が慌ててエネルギーの充填を開始し、片手が白く輝き始めた。カウントダウンが頭の中で聞こえる。発射まであと0.5秒・・・0.3・・・0.05・・・。


 速く―――もっと速く―――。


「0」


 ドスンという重い手応えがして目の前が暗くなり、クリスは思わず目を閉じた。


 恐る恐る目を開けると、敵の胸に自分の剣が深々と突き刺さっていた。既に辺りから気配は消えていた。


 胴を払って,右か左に抜けようと思ったのに,距離が近すぎたためそのまま体当たりする形になってしまった。


 剣を胸から引き抜いた。敵はそのままどさっと仰向けに地面に倒れた。


 念のためもう一度心臓を突いた。敵が動かないのを見ると、クリスはそこでようやく息を吐いた。


 既に空が薄紫色に変わり始めていた。


 敵は一晩で2人も失った。今日はもうこれ以上はないだろう。


 疲労で腕が麻痺したように重かった。


 肩で息をしながら、車のところまでの道を引き返し、途中でもう一人の死体を確認し、念のため心臓を突き刺してから、その傍らに座り込んだ。


 徐々に上がり切った体温も下がってきて、血の染みた服が急に冷たく感じた。


「さすがですね」


 声のした方を見ると、チャーリーがうつ伏せに地面に伏したまま、頭だけをあげてこちらを見ていた。

 

 片足がおかしな方向に曲がっていて、服や顔が泥まみれだ。車から、ここまで這ってきたらしい。


「私が頭を吹き飛ばされるかも知れないときに、高見の見物か」


「それはないでしょう。わざわざ這ってまで来たのに、来たらもう終わってたんですよ」


「ご心配なく。あなたがやられたら、私がちゃんと後を継ぐつもりでしたよ。あ、もしそうなったら、小指の骨ぐらいは拾ってあげますよ。ちゃんと残ってればですがね」


機関銃のようなチャーリーの饒舌が続く。


 もう何も言い返す気にもなれず、クリスはぼんやりと空を見上げた。眠い。戻ったら早く寝よう。あ、でも、本の続きも気になるな。


「あいつら、「結社」の奴らですかね」


 チャーリーがぽつりと言った。


「分からんな」

クリスは答えた。


 一体、自分はさっき、何と戦ったのか。


 倒したのは、どこの誰なのか。


 この戦いはいつまで続くのか。


 自分はいつまで生き延びて、いつ死ぬのか。明日なのか。来月なのか。来年なのか。


 何もわからない


 たった一つだけ、確かなことは、自分は生きている。


 今を生き残った、それだけが事実で、確かなことだ。


(死ぬべき時が来れば、死ぬ。だたそれだけのことさ)


 今更、別段どうこう思うこともない。


 クリスはそれ以上何も考える気になれず、血まみれの顔のまま、草の上に仰向けになり、目を閉じて、自然と意識が遠のいて行くのに任せた。





















































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