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「なあ、落とし穴つくらねえか?」


 帰り道に、まるで秘密を共有するような悪い笑顔でけんたは僕にそう言った。


「いいね」


 笑っているから楽しそうだな。そう思ったから、僕はよくも考えず同じように笑ってそういった。


「じゃあ、帰ったら二号公園集合な。スコップ忘れるなよ」


 そう言ってけんたと別れた。

 家に帰り、ランドセルを置き、僕は庭に置いてある片手でも扱える程度のスコップを手に早速公園へと向かった。

 後ろから、暗くなる前に帰りなさいよと母さんの声が聞こえた。

 言われなくても分かってる。


 僕の家から二号公園は近い。そのせいか僕は一番乗りで、誰も来ていなかった。待っている間、けんたの計画を思い返す。と言っても、落とし穴をつくり、そこに後から呼び出してあるしゅんすけを落とす、ただそれだけだ。

 

 落とし穴。しゅんすけを落とそうと思うと一体どれだけの深さの穴を掘ればいいのだろうか。ずぼんと土の穴に落ちて茶色にまみれたしゅんすけを想像する。そして穴の上から笑う僕達。


 けんた達はまだ来ない。


 楽しそう。そう思いながら、何故しゅんすけが選ばれたのだろうと考える。

 特にしゅんすけが皆から嫌われているとか、そんな空気はない。

けんたの気まぐれか。けんたはそういう所がある。けんたも悪い奴ではないが、楽しいと悪いが混ざってしまう事がある。それで喧嘩になる事もある。


 ――遅いな。

 

 さすがに少し時間がかかりすぎていないか。皆そんなに公園から遠いわけでもないのに。

 暇を持て余して、僕は公園の青いベンチに腰掛ける。ぼーっと公園を眺めたり、空を眺めたり。雲がゆっくりと流れていく。それにも飽きて、公園の中をぷらぷら歩いてみる。日がどんどん傾いていく。けんた達は来ない。


 ――ああ。そういう事か。


 青空が夕焼けに変わる頃にはさすがに気が付いた。

 けんたのターゲットは僕の方だ。

 僕を誘い出して、こうやって一人皆が来るのを待ちぼうけるのが目的だったんだ。今頃けんた達は違うどこかで集まって、僕の事を笑っているのだろう。


 特に悲しくはなかった。

 日常的にけんた達にいじめられているわけでもない。持ち回りというか、けんたは気まぐれだ。気まぐれけんたに同じようにイタズラされるのは他の皆も同じだ。今回は僕だった。こんな事でいちいち悲しんでいたらやってられない。

 とは言っても、全く傷つかないかと言われればそんなわけもない。寂しさと悲しさがちくりとした痛みとなって胸の奥をついた。逃げ場のない痛みはため息となって外に漏れた。


「帰ろう」


 あえて口に出した。そうすれば楽になる気がしたから。でも実際は、虚しさが増すだけだったので、僕は言葉通りさっさと家に帰る事にした。

 




「おはよう」


 少々の緊張感と共に教室の扉をくぐる。


「おう、しんいち。おはよ」


 けんたは気さくな感じでこちらに手をあげて応える。


「昨日はごめんな」


 けんたはずるい。気まぐれだけど、悪い事をした時はちゃんとその後にこうやってしっかり謝る。昨日の悲しさや先程までの緊張は、けんたにされた事と一緒に吹き飛び、それどころかけんたへの好感すら増していく。


「いいよ」

 

 だから僕も笑えた。そして心がほぐれた瞬間、ぽっと疑問が一つ浮かんだ。


「しゅんすけは? 落とし穴は結局掘ってないの?」


 昨日の標的が僕だったのなら、そもそも落とし穴の話自体も嘘だろう。けど僕は、おそらく何事もなかったであろうしゅんすけの事が少し気になった。


「しゅんすけはまた明日にでも落とすよ」

 

 けんたはそう言って笑った。


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