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トウノカタリ  作者: 夢幻
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第四の語り 街の真実

 グラタンの作り方は簡単である。

 入れたい具を手ごろな大きさに包丁で切っておく。その後、少し深めのフライパンを熱し、バターを入れ、溶かす。そして、先程切った具を入れて炒め始める。ある程度炒めたら小麦粉を入れ、全体によく絡める。その後、牛乳、コンソメスープの素を入れ、火加減を調節しながら沸騰するまでかき混ぜる。沸騰し始めたら弱火にして、さらにかき混ぜ続ける。とろみがついてきたのを確認したらマカロニを入れる。その後、味付けを塩コショウ等で調節し、火を止めグラタン皿へ移す。その上にチーズを乗せて、トースターで焼けば完成である。


「グラタンでいいよな……こういうときはあったかいもんが食いたくなる、俺は」


 少年がトースターの前でぶつぶつ呟いている。トースターの中には最後の工程にまでたどり着いた、出来上がる前のグラタンが入っている。チーズはまだ溶けていない。


「……親父も面倒なこと決めやがる。部屋での間食は禁止されてなくても、なんで食事は一緒の物を食うんだ? それになんでこっち負担なんだろうな」


 トースターは無言のままである。そんなトースターに向かって愚痴を吐き続ける少年。

 山河貸室屋には決まり事がある。払うものはしっかりと払うこと。部屋には急を要する用事または仕事以外で入ってはならない。部屋での飲食は許可される、ただし、間食のみ。食事は皆同じ物を、出来る限り一緒に食べること。その際、料理はこちら側が作るので心配後無用。

 これらの他にもまだいくつか残っている。


「何人分もの料理をこの台所で作れるわけないのになぁ、本当困った親父だ」


 少年はミキが開けようとしたあの看板の掛かった部屋の中にいた。2口のガスコンロ、換気扇、流し、冷蔵庫がある一般的な台所そのもので、厨房と言う大それた名前には似つかない部屋だった。また、空いているスペースには電子レンジ、オーブン、トースターが置いてある。


「しかし、グリルで焼いた焼き魚は食えない……なんでかなぁ」


 広さも対して広いわけではなく、六畳半ぐらいである。どういう設計か横長の場合である。

 少年がトースターの中のグラタンの様子を見る。チーズが程よく溶けていた。


「はい、できあがりー」


 少年は両手にミトンを付け、トースターの中のグラタン皿を取り出す。「あちっ、あっ、あちっ」と連呼しながらグラタン皿を、流し台へ運ぶ。流し台には木製のトレーが置いてあった。さらに、トレーの上には鍋敷きガ引いてあり、少年はその上へグラタン皿を置いた。そして、ミトンを外すと流しの下に付けられている引き出しの中から、スプーンを取り出しトレーの上に乗せた。


「いつもそこそこな味になってるし、味見は不要っと」


 トレーを持ち、部屋から出ようとした少年の脳裏にふっと何かの映像が浮かび上がる。

 そうだ、さっきここから出ようとしたとき――。

 少年は思い出したことから教訓を得て、とりあえずトレーを流し台の上へ戻す。そして、まるで潜入したスパイであるかのように、そっと扉を開けた。

 誰も居なかった。少年は心の底からほっとした。よし、今度は誰もいない。また怒られでもしたら面倒だからな。あのお嬢様は……。

 開けた扉が閉まる前に、戻したトレーを急いで手に持ち、少年は扉へ向かう。扉に背をもたれ、閉まる勢いを殺しながらカウンターのある部屋へと出る。とりあえずカウンターの上へトレーを置き、閉まろうとしている厨房の扉をしっかりと閉めた。


「……ったく親父もまともな鍵を造ってくれよ、本当に」


 そう呟くと少年は両手でドアノブを握り、右へ3回、左へ4回、右へ5回、左へ4回、右へ3回回し、そして、最後にドアノブを押し込んだ。それと同時にがちゃっという何かがはめ込められるような音が扉から響いた。

 ため息を吐きながら少年は3度目のトレーを持ち挙げるという行為をする。先程とは異なり、今度はゆっくりと階段を上る。一歩一歩進む度に段の木々が軋む音がする。2階の廊下が見え始めると、今度は扉が閉まっていないのが見えた。少女が待っているであろう部屋へと向かう少年。


「飯だ」

「おせぇっ!」

「用意してもらってるのにその言い方は無いだろ。抜きでもいいんだぞ」

「嘘です、ごめんなさい、ありがとうございます、本当に感謝しています、あなた様は神様です」

「お客様から神様は初めてだわ」


 ミキは部屋の中でテーブルの前に座っていた。どこで習ったのか少年には見当も付かないが正座で座っていた。一体何を待っているの? ご飯を待つときはそこまでして座らないといけませんか?


「ほら、グラタンだ」

「グ、グラタン……」


 少年はテーブルの上にトレーを置いた。ミキの目がグラタンに釘付けになる。まるで宝石でも見つめるような目だった。


「なんだ、嫌いか? 嫌いなら食べなくてもいいぞ。何か他の物をそのまま持ってきてやる」

「き、嫌いじゃないし。というか他の物そのものってどういうことよっ! 調理してこいよっ!」

「うるせぇ、文句言うならどこかのホームレスにでもあげてくるぞ」

「食べます、いただきます」


 それだけ言うとミキはスプーンを手に取り、ものすごい勢いで食べ始めた。まるで、ペットが餌を食している姿を見ているようだ、と少年は心の隅で思った。口に出しても、顔に出しても怒られるとも思った。

 少年は部屋の中を見渡した。自殺を試みたミキが部屋に置いてあった家具を動かしていたので、先程掃除した際に元に戻しておいた。シングルベッドに、小さな木製のテーブル、壁にはコート等を掛けておくハンガーが吊るされている。広くも無く、狭くも無く……。


「広さの単位とか曖昧なんだよな、本当のところ」

「独り言?」

「独り言だ、独り言。そうだ、話すことがある」

「ほひ?」


 スプーンを口に入れたまま、返事をしたせいでアホ丸出しの返事を返したミキ。少年は呆れながらも落ち着いて話を続ける。その様子をミキは無視して口に含み、止めていたスプーンを再び動かし始めた。


「いいか、人に何か理由を話すときは何かを求めるときであることが多い。こういった場合がほとんどだ。例えば、誰かを探しているならば、なぜ探しているか、大抵の場合尋ねられた側から聞くが、どちらにしろ答えれば尋ねられた側の心が動くかもしれない。つまり、理由を話すと言うこと事態が、相手を動かす動機にもなりえる。分かるか?」

「……」


 ミキが少年の方を向く。ミキはグラタンを口の中に頬張り、口全体を動かしながら噛んでいる最中だった。少しの間だけ静止し、その後、軽く二度頷いた。そして、ミキの視線はグラタンに戻り、再び食事を開始する。


「お前が俺に理由を話したと言うことは、お前自身をなんとかして欲しいんだろう。お前が求めているのは死んで楽になることなんかじゃない。誰かからの止めてもらうという行為、どうすればいいかの助言が欲しいんだろう。だがな、俺はお前と同じ立場を経験していない」


 ミキは食事を平らげ、少年に「おかわりはある?」と尋ねた。少年は「そんなものはない、俺の分しか残り作ってないからそれだけで我慢してくれ」と返した。少しだけミキが寂しい顔を作った。スプーンをトレーの上に乗せ、グラタンの入っていた皿を見つめ始めた。

 少年はその様子を見ながら途切れた話を再開させる。


「今からどこかへ出て行けなんていう程俺も悪くない。だが、アドバイスはできない。だが、アドバイス可能な客がここを尋ねるかもしれない。しかし、不確定な時間まで居続けるのを許すわけにも行かない。そこで、お前自身がここにいる限りを決めるんだ。こちらからは強要しない。あくまで、お前がここに自分からその限りまで居続けるという意思を持ったことにする。世界が終わるまでとか、泥棒が入ってくるまでとか、彼氏ができるまでとかでも何でもいい」


 その言葉はミキの表情を変えるのに十分だった。彼女の頭の中にはこれまで浮かばなかったどこかに居続けるという可能性が出来たからだ。突然の事に動揺しながらもミキは考え始める。さっきは出て行けと言っといて、つぎは期限を決めて居てもいい? 虫が良すぎて逆に怖いわ。でも、いつまでなら良いんだろう。具体的な数字を提示しなくても良いから。あぁそうだわ、どうせ出て行くにしても、外がこの天気なら面倒だからこの期限にしよう。


「決めたわ」

「ほい、来た。さぁいつまでだ」

「この外の雪が止むまでよ」



 窓から朝日が差してくる。

 昨日、あの後、睡魔が襲ってきたミキはそのままベッドへ転がり込んでしまった。少年は「ある程度は守って欲しいが、生活リズムまで縛る決まり事はねぇよ」と言いながら、空になったグラタン皿をトレーに乗せ部屋を後にした。

 ミキが目を覚ます。朝日が差していることに気づき、ミキは少々複雑な気分で窓から外を見る。

 彼女の表情が変わる。

 昨日と同じ服、ぼさぼさになった髪のまま部屋を飛び出し、階段を駆け下り、1階に居た少年に質問を投げつけた。


「日が差してんのに雪が降ってるわよ! どういうこと!?」

「あれぇ? 知りませんか? たまにあるじゃないですか通り雨とか天気雨とか。あれの雪タイプですよ。あぁそうそう」


 口を開けて呆然と立ち尽くすミキに向かって少年はさらに言葉を付け足す。


「この街はちょっと特殊な環境で、ずーっと雪が降り続けます。それに、ずーっと冬です。昨日の言葉忘れないでくださいね。というか、忘れるなよ」

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