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飛光少年A(17)  作者: つなかん
独り虫の興奮性蛾
29/31

1998年 火取虫(5)

「いやいや、しかしびっくりしたよ。まさか透が痴話喧嘩とはな」

 階が違う教室にわざわざやってきて、そんなことを言う。ぼくのクラスだというのに、良輝くんのほうが馴染んでいて、我が物顔でぼくの前の席に座る。放課後の喧騒にも慣れた様子で、何人かと挨拶を交わしたりしていた。

「いや、別にそんなんじゃ……」

 そんなんじゃない、とぼくは思う。あれは恋愛ではなかった。なんとなく寂しかったときに近くにいただけで、だからやっぱり殴られたのは理不尽の気がした。

「あんまり、落ち込むなよ。今度合コンセッティングしてやるから、な?」

 ぼくを気遣っているのだろうか。あまり心配をかけるのはよそう。実際、ぼくは落ち込んでなどいないのだけれど、こういう友達がいるのは心強くもあった。

 良輝くんはいつもそうだ。何も思っていないような顔をして、本当はたくさんのこと、いろいろのことを考えている。きっと他のみんなもそうだ。いなくなったクラスの人も、何かを考えて学校を辞めていったのだ。

 制服だけで入学した、何も考えていないぼくだけが、中途半端にぶら下がっている。世紀末を従えた九月の空はどんよりと曇っていた。

 惰性で生きている気がしたが、不思議と焦りはなかった。難しい季節をなんとなくで乗り過ごしている自分は、得をしているとさえ思った。頭の半分だけで物を考えていた。

 見慣れた机に頬杖をついた。手首の血管が顎に触れる。熱を持って、動いているのが分かった。ぼくは生きている。

 良輝くんの世間話を聞きながら、ぼくは生きていて良かったと思った。

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