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君はまだ、本当の自分を知らない  作者: 曖昧


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実験成功

 研究を始めてから、かなりの日が経った頃、白衣の袖を整えながら、緋依はモニターから目を離した。


「……木村さん」


「はい」


 視線は画面のまま。規則正しいタイピング音。


「どうして、ここで研究しているんですか?」


 指が止まる。


 数秒の沈黙。機械の駆動音だけが低く響く。


「珍しい質問ですね」


「ずっと、聞きたかったんです」


 木村はゆっくり眼鏡を外す。


「この研究に出資している上層部の方々も、ここにいる研究員の多くも——」


 一拍。


「だいたい、同じ境遇です」


 緋依は息を止める。


「失った人間がいる。取り戻したい人間がいる。ただ、それだけです」


 淡々とした口調。


「私の場合は、娘でした」


 静かに続く。


「急性リンパ性白血病。七歳でした」


 事実だけを置く声。


「助からなかった」


 重さが、空気を落とす。


「娘が亡くなってから、妻は壊れました。眠らなくなり、食べなくなり、笑わなくなった」


 モニターの光が、冷たい。


「ある朝、目を覚ますと……家の中が異常に静かだったんです」


 わずかな呼吸。


「リビングに行くと妻は、天井から揺れていました」


 それ以上は語らない。


「その日、決めました」


 眼鏡をかけ直す。


「倫理も、批判も、理解しています。それでも」


 初めて、声に感情が混じる。


「クローンであってもいい。偽物と呼ばれてもいい。もう一度、娘を"親として"育てたい」


 緋依は、静かに言う。


「……だから、私の無茶も」


「私と同じ目をしていましたから。"大切なもの"を失った人間の目を」


 言葉が、胸の奥に落ちる。


「あなたも、私と同じだったんですね」


 緋依は小さく笑う。


「てっきり、趣味で研究をしてるのかと思ってました」


 一歩近づく。


「じゃあ、これからは」


 木村を見る。


「研究の同僚じゃなく。同じ目標を持つ仲間として、協力しましょう」


 短い沈黙。


「……ええ」


 その声は、ほんの少し柔らかかった。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


──それから数年。


 培養槽の中で、安定した波形が揺れる。


「安定値、継続しています」


 若い研究員の声が上ずる。


「成功です」


 その瞬間、研究室の空気が震える。


 木村は画面を見つめたまま動かない。


「これで……やっと」


 肩が落ちる。


「娘に、もう一度会える」


 あの無表情だった男が、泣いている。涙が止まらない。


 緋依は、それを見つめる。


(愛は、人を壊す。壊して、組み替えて、形を変える。)


「緋依さん」


 木村が振り向く。


「あなたは、どうします?」


 白い光の中。


「もちろん、彼をもう一度作りますよね?」


 静寂。培養液の揺れ。心臓の音。


「私は——」

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