第53話
その日の夜。
明日森に行くことを決めたため、ルイスは強制的に部屋で休んでいる。本人はセシルと話をしたがったが、なんとか諭して横にならせた。
(つなぐって、通訳するってことだけじゃないよね。)
セシルは、鏡を見ながら決意を新たにする。
うまくいけば、この部屋も見納めになる。モルベール家で、一番大切にされた女性の部屋。部屋の調度品から見てとれる落ち着いた雰囲気は、自分のよく知る祖母と重なる。
アンとして生きていたときの話も知りたかった。時折話してくれた父と母のエピソードは、その時の話だろう。
彼女はアンなのか、ジルダさんなのか。判定する人もいないのだから、それを考えても不毛な気がしたが、どちらも素敵な女性で、大切な血縁であることに違いはない。
(自分にもできることがあるなら。)
精霊王とその妻ジルダが安心して旅立てるように。
セシルは何か役に立ちたいと思った。
翌日。
ジャンニが森に行くと言った時のセイラのリアクションが、どういう意味だったのか、セシルは思い知っていた。
「へっくしょん!!」
もう、何度目かになる大きなくしゃみの音。
(ジャンニさんが、動物アレルギーだったなんて・・。)
整った顔だが、くしゃみばかりはちょっとかっこわるい。
政務を理由にジャンニが森に行こうとしなかった本当の原因が、アレルギーのせいだと察して、なんだか、申し訳無いような気持ちになる。
「その体質って、遺伝なの?」
ルイスが、興味無さそうに聞く。
「遺伝だな。くしゅん。命にはかかわらんくしゅん。我がモルベール家当主は皆そう・・へっくしょん!」
「うん、もういいや。」
「なぜ、当主だけ?」
セシルが尋ねる。ジルダにはそんな様子はもちろんなかった。
「分からな・・へ・・いがへっくしょん!ジルダさんのくしゅん、嫁入りあたりからへ・・らしい・・へっくしょん!」
『王が言ったとおりだ。モルベール家当主。』
ふいに声がして、ふわりと音もなく、セルシオが現れた。
そのとたんにジャンニのくしゃみが止まる。
「あれ?止まった・・。」
『我はただの獣ではない。』
『この人、だれ?』
フィンネルがぴょこっと後ろから覗き、そのままセシルの腕のなかにおさまる。
「この人は、ジャンニさんといって、モルベール家の当主さんなんですよ。」
セシルが説明すると、ジャンニがその場にひざまづいた。
「あなたがたが若き王ですね。モルベール家当主のジャンニと申します。ぜひ、私と契約を結んでいただきたいのです。」
『我らの言葉が分からぬものと、契約は結べない。』
セルシオの言葉をそのまま伝えると、ジャンニはガックリと項垂れる。
その時だった。
「あの・・。」
控えめにかけられた声に、皆が振り向く。そこにはセイラがいた。
「どうしたんですか?」
セシルがたずねるとセイラは自分でも信じられないといった顔で言った。
「私、先程からどちらの獅子の声も聞こえます。」
「え?」
その場にいた皆が驚きに固まったとき。
『クックック。面白い。我が後継者候補は、どちらも資格をもつということだ。』
森全体に、精霊王の声が響いた。
皆、反射的に頭を下げる。
『わしは、間もなく消える。セルシオ、フィンネル。最初の契約を結び、共にこの地を守れ。そなたらの過ごす時間はまだまだ長い。ここから、新しい代にふさわしい在り方を見つけよ。』
そして。
その声と共にその場が光に包まれ、もとに戻った時にはその場に一つの指輪が残されていた。
終末にむけ、なかなか書き進められず間があいてしまいました。読み続けていただいている皆さまに感謝しかありません。
ペースは落ちていますが、優しい終わりに向けて頑張って執筆中です。
もう少し、お付き合いよろしくお願いいたします。




