第41話
「ルイス。君は本当に学園時代からかわらないな。」
ジャンニ・モルベールの執務室。
このセリフは、笑顔と共にであれば、 昔を懐かしむ優しい言葉だが、今、ジャンニの眉間には深いしわがよっている。
ただし、美形は眉間にしわをよせても美形である。
彼の怒りの原因は。
「長旅を気遣って、ゆっくり休んでもらってから、依頼内容をちゃんと話すつもりだったのに、昼食の支度が整って呼びに行かせればもぬけの殻。何の情報もなしに繰り出すのは危険なことだ。・・君は強いがゆえに、そういう思慮に欠ける。」
(ジャンニさんが完全に正しいわ。)
王都において、そういう『思慮』とは縁遠い面々ばかりだったため、叱られているのに感動すら覚えるセシルである。
「でもさ、僕達でちゃんと情報収集して、それをもとに動いていたのに、呼び出すなんて、結局二度手間じゃない?」
膨れ面を隠さないルイス。
ジャンニは渋い顔をする。
「君だけなら、別に何が飛び出しても構わないだろうな。どうせ勝てるし。だが、セシルさんを連れていく以上、万全を期すべきだ。・・皆には伏せている情報もある。」
(伏せている情報?)
疑問符が顔に出ていたのだろう、ジャンニはセシルに視線を移した。
「ルイスはなかなか手に負えない男です。でも、あなたがいれば無茶苦茶なことはしないはず、とアリシア姫から聞いています。あなたにも情報をお伝えします。」
そして、一息ついてから、言った。
「私が受けたのは、目撃情報ではなく、被害報告、なのです。」
「被害報告?」
不穏な言葉に、つい、そのまま言い返してしまう。
ジャンニは深く頷いた。
「そうです。最初に私が聞いたのは被害報告です。森で、白い獅子に襲われた、と。幸い軽傷でしたが頬を爪が掠めたそうで、引っ掻き傷がくっきり残っていました。」
他にも目撃した者がいるらしい、と分かったのはそのあとだという。
「立ち入り禁止にはしなかったの?」
ルイスが尋ねると、ジャンニはああ、と気づいたように目を見開いた。
「モルベール領では、森に入れない禁猟期間があるんだ。被害報告から一週間もしないうちに、その期間になったのでな。」
いたずらに不安を煽るよりは、正体を確かめる方を優先したというわけだ。
「期間中に確認するために、ルイスの派遣を要請したのだが。こちらとて、丸投げするつもりはない。ちゃんと案内人をつけて・・。」
「いや、それはいい。」
ルイスがふいに遮った。
「聖獣、の可能性があるんだろ?僕たちは、魔獣かどうかの判断、までだ。討伐までは依頼にない。君の手の者がついてきたら、仕事が増える可能性がある。」
言外に余計なことはしたくない、とはっきり言っているようなものだ。
「もし、魔獣だった場合には、討伐も頼みたい。」
ジャンニも負けていない。領主としては、勇者を依頼するからには当然そのつもりだったはずだ。
「あの。魔獣か聖獣か、ただの獣かはどうしたら見分けられるのですか?」
セシルが遠慮がちに聞いた。
「まとう魔力で分かるよ。僕に近ければ聖獣、魔王に近ければ魔獣。魔力がなければどちらでもない。」
ルイスがすかさず答える。
「魔獣、だった場合、我を忘れて人を襲ったり、暴れ回ったり、魔法を使ったりする可能性が高いので討伐の必要があるのは知っています。もし、魔獣でなかったら?すでに怪我をした人がいるのですよね?」
セシルはさらに聞く。
「森を侵しているのは人間です。魔獣はもはや自我を失っていることが多いので、やむを得ないですが、そうでないなら、彼らの縄張りを侵さずに森に出入りするしかないでしょう。」
ジャンニの言葉は強かった。
「ただ、それでも共存が不可能なら、戦わなければならない。」
これまで、モルベール領では均衡が保たれていた。
獅子は突然現れたのだ。
「・・聖獣ならば、我がモルベール家はその獅子を庇護しなければならない。」
ジャンニは言う。
「どっちにしても、面倒そう・・。」
内心を隠さないルイスに、セシルはため息をついた。




