第38話
モルベール領は王都から見て西にあり、距離は遠い。
テレポートで行くのかと思っていたが、ルイスは、竜のジストと共に現れた。
「長い距離のテレポートは、負担が大きいんだ。だから、ジストに頼むことにするよ。それに・・」
ジストに乗った方がくっつけるし、と言いかけて、前よりセシルの取り扱いを学んだルイスは口をつぐみ、
「せっかくの旅行だからね、景色もね、楽しんでほしいし。」
と言い換える。
(なんかあやしいわ。)
と思いつつ、
「そうですね。楽しみにしています。よろしくね、ジスト。」
と笑顔で返すセシルは、やはりちょっと上手である。
ジストの背に荷物をくくりつけ、
「風!」
とルイスが詠唱すると、セシルの足元の空気が動き、体を浮かせた。
「わわ!」
と慌ててスカートの裾を押さえたセシルは、そのままジストの背中まで浮き上がり、柔らかく着地する。
「忘れ物はない?」
ルイスに聞かれて、
「たぶん、大丈夫です。」
と答えるセシル。
物心ついてから、ほとんどを祖母と森の家で暮らしてきたため、宿泊を伴う旅行に必要なものの正解は分からない。
やたらと荷物が多くなったが、恐らくルイスの荷物を見ると半分くらいのため、必要以上を準備したのだろう。
でも、それはそのまま、セシルがこの旅を楽しみにしていた証拠でもある。
「食材はいくつか置いたままです。何か方法が?」
セシルが聞くと、
「うん。・・時よ、止まれ!」
ルイスが手をかざして唱えると、セシルの家の結界を包むように、もう一つドームができ、青く光った。
「時を・・止めた?」
セシルが目を見開く。
「今、ちょっと練習しててね。生きている動物とか人間はうまくいかないけど、食材くらいなら、ほぼ完璧。」
確かに、時が止まるなら、腐らせたりしない。
「すごい・・。」
ルイスは得意げに笑うと、
「じゃあ、行こう!」
とセシルの後ろからジストの手綱を握った。
地上から飛び立つのは初めてで、セシルは緊張する。
ルイスから伝わる体温が拠り所だ。
ルイスが手綱を引き、
「ジスト、飛んで。」
と言うと、ジストは音もなく、スッと飛び立った。
「シールド。」
ルイスの落ち着いた声で、飛び立つ瞬間感じた空気の抵抗は一気になくなり、呼吸が楽になる。
「空気抵抗と、防音を付与した魔法をかけたから、心置きなく景色を楽しんで。」
ルイスの機嫌は絶好調だ。弾んだ声でそれが分かって、セシルの顔も緩む。
以前に乗ったときより、周りは明るくて、小さくなる自分の家を見ていたセシルは、前を向いて、思わず、わあ、と声をあげた。
王都の西には広大な草原が広がっていて、その中にまばらに風車を備えた家が立っている。
川が流れていたり、放牧の羊がいたりするところを抜けて、ジストは風のように飛ぶ。
「明日の朝には着くから、のんびり行こう。」
「一晩中飛ぶの?休憩とか、睡眠は?」
「ジストは夜型だから、平気なんだ。セシルは僕がちゃんと守るから、ジストの上で眠っていいよ。」
ルイスが優しく答える。
(ジストの上で眠る?そんなの無理だわ。)
そう思っていたセシルも、意外に心地よいジストの揺れにあくびが止まらなくなり、結局眠ってしまった。
「・・セシル、・・セシル!」
ルイスの呼び掛けに目を覚ましたセシルはびっくりする。
眠り始めには、変わらぬ草原が続いていたのだが、今は大きな川の上を飛んでいて、その向こうに、童話に出てきそうな、色とりどりの外壁と屋根の家が連なっていた。
「あそこがモルベール領だよ。」
今まで見たことのない、それでいて、初めて見る気がしない、そんな風景に、セシルは心を奪われていた。




