第28話
「ああ、ロベルト君。良くやってくれたな。」
カルドフが作り笑いでロベルトに応対する。
「いえ。で、今何を?」
「ああ、セシルさんと少し話を、な。」
二人の会話に漂う奇妙な緊張感。
とりあえず様子をうかがう。
「カルドフさん。協力には感謝していますが、勝手なことをされては困ります。僕にも目的があるので。」
「私がいなければ、こんな風にルイス君を出し抜くことなどできなかったことを忘れては困るよ。いろいろ便宜を図ったのだから、目的は果たさせてもらいたいものだ。」
「そうですね。」
そう言いながら、ロベルトは小声で何かを呟いた。
カルドフの体がゆらりとゆれ、その場に倒れ伏す。
「カルドフさん?」
セシルが思わず呼び掛けるが、動かない。
「心配はいりませんよ。眠っているだけですから。」
ロベルトの冷たい声。
「ロベルトっ!なんで・・こんなっ?」
ヴィンスが感情をあらわにして問いかけるが、
ロベルトの表情は動かない。
「女性というのは、こういう時泣いたり叫んだりするものかと思っていました。」
ロベルトはセシルに言った。
「・・あいにく、私はそういうタイプではないようです。」
セシルは慎重に答える。
自分がどんな人間か、など考えたことがなかった。
物心ついたときには、祖母と二人の生活だったから。
『守り人?』
『そうだよ、セシル。私らにはそういう血が流れている。』
『でも、私には精霊は見えないよ?』
『見えなくてもいいのさ。私たちの一族は、血の契約をしているから。』
『血の契約?どんな契約なの?』
『私たちは精霊を信じ、精霊とつながり合って生きる、という契約だ。魔力を持つものは、精霊を生み出して従えてしまう。契約をした私たちは、対等ね存在として精霊に話しかけ、精霊の力を借りながら生活する。そうやって命を繋いでいくと約束したんだ。』
『おばあちゃんには精霊は見える?』
『見えなくても感じる。彼らはお前をちゃんと愛してくれているよ。・・いいかい、セシル。お前の血には「最善」を呼び込むまじないがかかっているからね。』
(そうだ。おばあちゃんは、確かに「最善」と言ったわ。)
思い出したとき、ロベルトが歪んだ笑顔を見せた。
「・・つまらない。そんなんじゃ、ルイス様が本気で怒ってくれないかもしれない。」
え?と思った時には、黒い靄のようなものに両手を拘束され、そのまま持ち上げられていた。
「・・っ!」
腕の付け根が痛むが、もがく力もない。
「やめろ!ロベルト!セシルさんを傷つけるな!!」
ヴィンスの必死の声。
「ヴィンスも見たくないですか?ルイス様の本気。」
ロベルトはセシルから目を離さずに言った。
「いつもやる気がなくて、退屈そうなルイス様。僕たちの自信もプライドも易々とへし折り、魔王もあんな風に倒して、アリシア姫にも、次期国王の椅子にも一切興味を示さない。それはそれで、常軌を逸した天才として尊敬すらしていたのに、最近は幸せそうにしている。・・だめでしょう?僕達が敵わない相手があんなんじゃ。」
何がだめなのか、セシルにはよく分からない。
ロベルトは何を望んでいるのか?
「・・僕はあなたが嫌いなんですよ、セシルさん。力を持つものは、持たざるものの代わりに力を振るわなければ。あなたみたいなのに骨抜きにされて、幸せを手に入れるべきではないんです。僕がなれなかった勇者になっておいて、そんな普通の幸せを手に入れるなんて、認められるわけがない。あなたは、彼の邪魔にしかならない。」
「だから、私をさらったの?ルイスから引き離すために?」
かろうじて出てきた問い。
だが、返事は肯定ではなかった。




