第26話
「セシル?」
夜遅くなって。セシルの家を訪れたルイスは、異変に気づいた。
人の気配がしない。
それだけではない。
敏感なルイスの感覚は、その場に残った感情の残至をかぎとる。
微かな恐怖の感情。間違いなくセシルのもの。
寒気がした。
根拠はない。
だが、セシルに何か良くないことが起こっていることは確かだ。
「・・っ?!」
結界付近にあった闇の魔力の気配を確かめているとき、ルイスは『それ』に気づいて息を飲んだ。
血痕。
ルイスは自分の肌が粟立つのを感じていた。
「・・目的はなんでしょう?」
セシルは、ヴィンスの包帯を取り替えながら話していた。
二人をここに閉じ込めたロベルトは、今いない。
高度な魔法が使えるのに、ロベルトはヴィンスに回復魔法をかけなかった。ヴィンスがセシルを連れて逃げないためもあるが、動けないヴィンスを置いてセシルが逃げ出さないようにでもある、と彼は言った。
「なんだか、様子が変なのは、薄々気づいてはいたっす・・。訓練のとき、ぼーっとしていたり、ルイス様の話をするとなんというか、不快なのを隠して笑っている、みたいな。」
切りつけられた直後よりは回復したものの、時折痛みに顔を歪めながら、ヴィンスは話す。
「俺たちは、ルイス様より二歳ほど年上で、少し早く王宮の騎士団に入りました。ロベルトは魔法、俺は剣で、まあ、自分でいうのもなんっすけど、他をかなり引き離してダントツでした。たぶんあいつも負けなしだったと思うっす。」
まだ、勇者出現の前の話。
自分たちが世界最強だと、本気で信じていた頃のこと。
だが、その自信はルイスの登場で、跡形もなく打ち砕かれた。
「もう、競う気にもなれなかったっす。圧倒的すぎて。」
そう言うヴィンスは、もはや笑っている。
「えっと・・ルイスって、そんなにすごいんですか?」
素直にそう質問するセシルに、ヴィンスは身を乗り出しかけ、傷を押さえて丸まった。
「いてえ・・。いや、セシルさん、ルイス様は、ヤバいっすよ。」
セシルの方は、ルイスの頼りない、どこか常識外れな部分しか知らない。
魔物を倒した場面は見たことがあるし、仕事の話は聞くけれど、実は勇者ルイスのイメージは薄いのである。
「まあ、いろいろあるっすけど、俺らが見事に鼻っ柱を折られてルイス様を認めたのは間違いないはずなんすよ。」
武勇伝を一から話すことは一旦諦め、ヴィンスは結論を話す。
少なくとも最近までは、ロベルトも同じ気持ちだったはずだ。
『あなたが嫌いなんですよ』、とセシルにロベルトは言った。
原因はセシル、なんだろうか?
「とにかく、もう少し様子を見るしかないっす。俺も回復は早い方だし、ロベルトには裏に誰かいるかもしれませんから。」
ヴィンスの言葉に、セシルは頷くしかなかった。
ガチャン、と音がする。
反射的にそちらを見ると、入ってきたのは、ロベルトではなかった。




