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クルヴシュラト様は笑顔をますます深めてミラ様に聞く。
「聖都に来るのは初めて?」
「初めてです!!」
大きな声だったので他のテーブルの会話がピタリと止まった。それに気づいたミラ様が真っ赤になってもじもじする。
「す、すみません……」
「あなたねぇ、ちゃんと教育くらい受けてきたんでしょう?『礼儀作法の時間が退屈だ』って何度もわたくしに手紙をしてきたじゃない。それが身についてなければ退屈もなおさら意味がなくなってしまうわ」
「うう、そうだよねえ」
おや、シャルロット様とミラ様は意外に親密だったのかな? そうなってくるとなおさらウチのお嬢様だけぼっちじゃないか。
「…………」
ほら、捨てられた子犬みたいな目でぷるぷるしてる。こう見えてお嬢様は結構な「かまってちゃん」だからなぁ……。
クルヴシュラト様は微笑ましそうに言った。
「はは、それくらい聖都は印象深かったのかな、ミラ嬢には」
「とっても……。こんな豪華なパーティーも初めてですし、聖王子様や聖王陛下、それにこんなキレイなお嬢様に出会えるなんて……」
ぽーっとした目でお嬢様を見てくるミラ様。その視線がどういう意味なのかがわからず、お嬢様は目を瞬かせている。
「ミラ。エヴァ様に一度我が領に遊びに来ていただいたらどうだ?」
「で、でもパパ、ウチに来てもつまらないよ……」
パパ?
灰色熊の毛皮をかぶった辺境伯は、娘にはパパと呼ばせているのですか?
「聖都にずっとお住まいの方だったら外に出たいかもしれんぞ」
「そ、そうかな……? あ、あのエヴァ様!」
意を決したようにミラ様がお嬢様を見る。
「よろしければ、こっ、今度、ミュール辺境伯領まで一度遊びに来ませんか!?」
まるで初めてのデートを申し込む中学生だ。
突然の申し込みに、お嬢様が固まってしまう。今までこんなふうに誘ってもらったことがないからだと思う。お嬢様は困ったように僕を見上げるので、小さくうなずいて返すと表情を輝かせて、
「喜んでうかがうのだわ!」
と、今まで猫をかぶっていたことも忘れて、答えた。
ミラ様は面食らったようだったけれど、お嬢様が喜んでいるのを見て彼女もまたうれしそうにきゃいきゃいと領地の話をしている——うんうん、よかったねえ、お嬢様。ようやくお友だちができそうだ。お願いだからお友だちを「奴隷商潰し」なんかに同行させないようにねえ。
(ん?)
そのとき聖王と辺境伯がアイコンタクトをしているのを僕は見た。
(……なんだろ?)
さっきまで火花バチバチだったふたりがこのタイミングでアイコンタクト?
そう言えばさっきも聖王がなにか言いかけたのを辺境伯が止めたような……。
「おお……」
「美味そうだな」
「これはなかなか」
僕の考えは、テーブルに着座している男子陣の言葉と、暴力的な香りによって遮られた。
召使いが4人がかりで、御神輿でも担ぐように運んできたのは鳥の丸焼き——鶏のような格好だけれどその大きさは確かに御神輿ほどもあった。
表面は照りが出るように焼かれ、色とりどりの香辛料がまぶされていた。漂ってくるスパイシーな香りが……ヤバイ……僕のお腹が鳴きそう……。
長い柄によって担がれてきた丸焼きは、さすがにお客の頭上を飛び越えることはなくて、筋骨隆々の召使いがテーブルのそばに待機しており、長い2本のナイフを突き刺すとひとりで持ち上げてテーブルへと移した。
クルヴシュラト様や公爵家の令息たちは見慣れているのか「なんのことはない」という顔だったけれど、お嬢様はびっくりしているし、他のテーブルでは小さな拍手まで起きていた。天賦なしでこの筋肉はすごいなぁ。
取り分けをする給仕人がやってきて、マジックハンドのように長い柄のついたナイフとフォークを、巧みに使って肉を切っていく。腹の中には野菜と穀物がぎっしり詰められており、そこからは鮮烈なハーブの香りが漂ってきた。
すでにお客の皿には5種類のソースが用意されており、好みに応じてそれらをつけて食べるのだろう。いや、ほんと、僕のぶんはないんですか? ない? そうですか……。
この食事がメインディッシュみたいなもので、食べ終わった頃合いでロズィエ公爵からの挨拶があるみたいだ。それから中央のぽっかりと空いているスペースでダンスがあるはずで——エタン様は淡々としているけど、ルイ少年はちらりちらりとウチのお嬢様を見ているな。誘いたいんだろうなあ。
クルヴシュラト様は……と、
「わぁ……」
ソースを見て小さく声を上げた。好きなソースでもあるのかな。
(——え?)
僕が彼の視線の先にあったソースを【森羅万象】を通して見た——それはお嬢様のソースと見た目はまったく同じだったけれど——ときだった。
パンッ、と乾いた破裂音がした。
それはまるで海外ドラマで見た拳銃の発砲音でもあった。小さいけれど人をハッとさせる音。音が聞こえたほうを見ると、中央に吊されていた巨大なシャンデリアが一斉にその火を消していった。
パンパンパンッ。
続いて発生した音は各テーブルの上部に吊されているシャンデリアの火が消えていく合図でもあった。
「——なに?」
「——なんだよこれ」
「——怖い」
子息たちが怯えた声を上げるのも無理はない、会場内は唐突に闇に包まれたからだ。ただふたり、聖王子クルヴシュラトと聖王だけがほんのりと明るく光っていた——それが「聖水色」の魔力だった。
なにかのイベント? それともシャンデリアの故障? ——故障はあり得ない。なぜならシャンデリアはロウソクを灯しているので魔道具や機械の類ではないのだ。一斉に消えるということは「外部からの干渉」があったということになる。
僕は「夜目」を使って素早く会場にいる召使いたちを確認する——あわてている。
つまりこれは、イベントではない。
トラブル。
いや——。
パリンッ、と音が鳴ったのは会場の窓ガラスが割れた音だった。6つの黒い影が会場内に侵入してくる。僕は即座に【火魔法】を5つ展開して周囲に明かりを発生させる。こういうときに【光魔法】があればもっと簡単に明るくできるんだろうけど……【光魔法】だけは見たことがない。
身体が急激にだるくなる。魔力を消費したからだ。【魔力量増大】の天賦を使えないここでは、僕が使える魔法は限られる。
「侵入者だッ!!」
僕が叫ぶ前にハーフリングの護衛さんが鋭い声で叫んでいた。彼女はすでにエタン様を守るように彼の前に立ちふさがっている。
侵入者はこの暗さでも問題ないのか、テーブルの間をすり抜けてこちらへと迫っていた——ふつうに考えるなら最も高位の人物が狙われるのが襲撃だ。
つまりこれは暗殺のための襲撃。
狙いは聖王? いや、聖王が来ることは予定されていなかった。
ならば聖王子——。
「お嬢様。戦いの許可を」
「許します。レイジ、全員を守るのだわ!」
まったく、うちのお嬢様は人使いが荒い。




