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「僕を……ですか?」
「お前、今日の晩餐会は武器の携帯が認められていないがどうするつもりだ?」
マクシムさんの質問の意図がわからず、僕は首をかしげた。
「そもそも僕は武器をふだんから持っていませんけど」
「そうなのか!? そうか……お前は魔法と近接戦闘が主体だったものな……」
魔法と接近戦だけをやっているわけではないのだけど、これで武器まで扱ったら明らかに天賦の数がおかしくなるので黙っている。
「僕以外の護衛もたくさんいるんですよね? 襲撃なんてないと思いますが」
晩餐会の出席は、12歳になる本人と護衛1名だけとなっていた。護衛は武器の携帯は不可だけれど、魔法を使えれば問題ないし、武器がなくとも戦えるような手練れだっていっぱいいるだろう。
「いや、問題はそこじゃなくてな。気になるのは令息方の宝剣なんだ」
「? だったらなおさら大丈夫じゃないですか? この晩餐会後に天賦珠玉を与えられるんでしょう?」
この国の貴族は12歳になって聖王主催の夜会に出席し、「大人」になったと認められると、天賦珠玉を与えられる。
詳しいシステムは僕は知らないけれど、「一天祭壇」から産出する天賦珠玉のうち、レアなものは貴族がほぼ独占しているらしい。貴族が使わないぶんがギルドや市民に降りてくるのだとか。
お嬢様は今日の晩餐会後に、スィリーズ伯爵から天賦珠玉が与えられるはずだ。なんの天賦なのかは僕もお嬢様本人も知らない。
逆に言うと、今日、宝剣を持っている12歳男子たちは天賦ナシということになる。
だったら恐るるに足らずなのでは?
「いやいや! 宝剣に施されている魔術は相当なものだというぞ」
「魔術……ですか?」
「ん、知らんのか? 俺の大剣にも威力が上がる魔術がこめられている」
「そうなんですか!?」
詳しく聞いてみると、マクシムさんと僕が手合わせをしたときは模擬剣なので、魔術が入っていなかったそうだ。実戦では威力ゴリゴリの大剣を使うという——今この場では持っていないけど。さすがに邸宅内で大剣を持ち歩くのは物々しすぎるから。
「どんな魔術が適用できるんですか?」
「そうだな……。切れ味が増したり、衝撃を増やしたりするのはもちろん、多少なら伸ばすこともできる。あるいは装備している者の筋力をアップさせたり、スタミナをアップさせたりだな。もちろん限度はあるぞ。大体星1つの天賦と同じくらいならいけるはずだ」
「ほー……」
「防具にももちろん付与できるが、金属でないとダメだな」
「ということはその鎧にも?」
「そのとおり……と言いたいところだが、鎧までは無理だな」
「無理?」
「お金が掛かりすぎるのだ」
「へええ」
僕は感心した。
クルヴァーン聖王国の伯爵が擁する、筆頭武官が、半身石化状態のダンテスさんより弱いっていうのはおかしいなとは正直思ってた。
魔術なんていう補助があるんだね。マクシムさんはその補助を使う前提での戦い方を身につけてるってことか。
いやでも、模擬剣でもかなりのパワーファイターだったよね……? あれに補助がついたらどうなるんだ……?
(……素手で受け止めちゃいけないヤツだよね、きっと)
僕は手合わせでマクシムさんの攻撃を受け止めたことを思い出した。
補助マシマシのマクシムさんのパンチだったらどうなってたことか。
「貴族本人や、騎士でなければ装備できないものだよ。冒険者でも一流の者は魔術を施した武具を持っていると聞いたことはあるが」
「全身を魔術で固めたらとんでもない金額になりそうですね」
「聖金貨100枚は超えるであろうな。それでも命の金額だと思えば安い、そんな人間はこれを使う」
5億円超えの装備か……家に飾っておいたほうがよさそうだけど。
「ともかく、だ。今まで持ったことのない宝剣などを手にした貴族の子息が浮ついた気持ちで剣を抜かぬとも限らぬ。十分気をつけてくれ」
「わかりました。ご忠告、ありがとうございます」
「会場の外には我らもいるからな」
マクシムさんは片手を挙げて去っていった。
武具魔術か。気をつけておこう……。
お嬢様の準備がなかなか終わらず僕は廊下であくびをかみ殺していたが、夕闇が迫るころにようやく部屋の扉が開いた。
メイド長が僕をじろりと見る。
「レイジさん。くれぐれも失礼なことを言わないように」
「僕が軽率なことを言う男に見えますか」
「無自覚で言うから男の子は怖いんです」
メイド長(三十路)から見れば僕なんて子どもなんだよね。
「ちゃんとお嬢様を褒めること。あなたがいちばん最初にドレスアップしたお嬢様を見る男の人なんですよ」
「承知」
「かといって棒読みでもダメですし、ストレートな褒め言葉もよくありません」
「…………」
なんか注文が多くないですかね?
「レイジさん。今日はお嬢様にとって非常に重要な日なのです。あなたも協力をお願いしますよ」
「……はい」
メイド長は手を伸ばすと傾いていたポーラータイのエンブレムを直してくれた。
「黙っていればあなたも美男子ですからね。晩餐会では余計なことを言わないように」
「わかりました」
美男子だって。初めて言われたな。
メイド長に続いて部屋へと入ると——その中心にはお嬢様がイスに座っていた。
「——レイジ?」
振り向いたお嬢様を見て、僕は絶句した。
いつもより入念に梳られた金髪は光沢を放っている。ラメはついておらず、だからこそその金髪の美しさが際立っている。
肩を出すタイプのドレスなのでお嬢様の華奢な肩が露出していて、肌理の細かく白い肌がそこには現れていた。
意志をはっきりと口に出す、気が強そうにも見えるお嬢様の顔は、薄化粧を施し、薄紅色のドレスに合わせた口紅が塗られていた。
アイラインはお嬢様の瞳を際立たせており——直視すると僕ですら「ヤバイ」と思ってしまう彼女の魔性の目が、僕を見据えていた。
「お、お嬢様……」
少女を一歩脱却し、大人の世界に足を踏み入れようとしているお嬢様は、なまめかしいまでの色気を放っている。僕は頭がくらくらした。
「絶世の美女」という言葉がある。
その語源は「絶世独立」というものであり、これは漢書の中にある一節から来ている。
「絶世而独立」——世に並ぶ者のなく、孤高の存在(美)である。
そのあとにはこう続く。
「一顧傾人城」——ひとたび振り返れば城を傾ける。
「再顧傾人国」——ふたたび振り返れば国を傾ける。
僕は寒気すら覚えた。お嬢様がこのまま成長すれば彼女を争って国が傾くことさえあるのではないか、と。




