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それからというもの、マクシムさんは僕のことを「すさまじい武芸の達人。きっと幼いころから厳しく育てられたのであろう」と大声で言うようになり、他の騎士たちも、気に入らないようながらも表だってなにか言ってくることはなくなった。
「あの護衛、【闇魔法】に、あれだけ早い発動が可能なら【魔力操作】か【魔法適性強化】は持っているよな」
「煙をかき混ぜてたのは【風魔法】だろ?」
「なんでも伯爵閣下を救ったときには【土魔法】を使ったらしい」
「おいおいおい、そうしたらマクシム様の攻撃をかわしたのはなんだっていうんだ? 天賦のホルダー数が全然足りないぞ」
そんなことを真剣な顔で議論している騎士たちもいた。
あんまり派手にいろんな魔法を使うと勘ぐられるのかもね……それは面倒だな。
ちなみに身体の動きがよくなったのは、実はライキラさんのおかげだった。というのもゼリィさんがライキラさんの天賦について教えてくれて、
「若旦那は、傭兵団の団長からめちゃくちゃレアな天賦珠玉をもらってましたからねー。なんと【身体強化★★★】ですよ。身体全体の筋力を底上げするなんていうあの天賦珠玉、どっから持ってきたんすかねえ……」
ライキラさんの動きが、ひとつひとつを強化する天賦珠玉によるものではなく、【四元魔法】のように一気に全部を高められるものだと認識した瞬間、僕の【森羅万象】が学習した。
おかげで僕の動きは数段階上へとレベルアップした。
また、ライキラさんに助けてもらった……それはライキラさんの「形見分け」だと思っておこう。
「レイジ!」
マクシムさんとの試合は、お嬢様にも大きく影響を与えた。
お嬢様は僕をレイジレイジと呼んでそばにいるように言ってきた。僕は最初、この温室栽培最高級イチゴ姫との距離をどうすべきか困っていたけれど、向こうからぐいぐい詰めてくる。
エヴァお嬢様の近くには同年代の人間がいなかった。
学校なんてものはなくて、貴族は家庭教師を雇うのが一般的だ。その家庭教師は引退した文官や貴族ばかりなのでおじいさんやおばあさんばかり。たまに会う同年齢のお友だちと言えば父の付き合いで連れて行かれる社交界のダンスパーティーやお茶会、それに夜会だ。
「同い年くらいの子どもたちは、わたくしを怖がって近寄ってくれないの」
家庭教師によるお勉強の休憩時間に、ムスッとした顔でお嬢様は言った。
「お嬢様が美しいからですか?」
「そんなわけないのだわ! もう、レイジまでわたくしをバカにする!」
「いやまあ結構本心なんですけど……」
「え!?」
赤い顔でわたわたするお嬢様は「冷血卿」に比べてはるかに人間味があって可愛らしい——あ、「怖がられる」ってそういうことか。
「そ、そんな、わたくしが美しいなんてこと……」
「伯爵閣下が怖いから皆さん近寄ってこないということですか?」
「え、ええ、そうなのだわ。でもそうじゃなくて、わたくしが聞きたいのはあなたがわたくしを、その美し——」
「それじゃしょうがないですね。いつかいいお友だちが見つかりますよ」
「……レイジ?」
「それじゃ勉強の続きをしましょうか。先生、お願いします」
僕は「冷血卿」なんて呼ばれる伯爵の娘に産まれたお嬢様に同情する一方、なぜかこの日は残りずっとお嬢様が非常に不機嫌だったのが解せなかった。
その「冷血卿」は多くの人間の恨みを買っているらしかった。
ただ、理由を聞けばなんてことはない、「恨み」は「恨み」でも「逆恨み」の類だ。
「……私が襲撃された理由ですか? そうですね、エヴァの護衛にも必要だから教えましょう」
10日に1回、伯爵とは個別に会う時間を設けてもらっている。それは伯爵の「人捜し」の進捗を確認するのと、僕から伯爵にお嬢様の状況を説明するためだった。
「私は聖王の直下の組織『祭壇管理庁』の『長官特別補佐官』という任を受けております」
おっと、よくわからない組織が出てきたぞ?
「……レイジさんは聖王騎士団にいたのに、そういうことはあまり詳しくないのですね。まあ、いずれわかるでしょう。簡単に言えば『聖王の懐刀』だったということです」
「『長官の懐刀』ではなく?」
「はい。細かいことは省きますが、クルヴァーン聖王国には天賦珠玉を産出する『一天祭壇』があることを知っていますね?」
「!」
世界で8つの、天賦珠玉を産出する場所。
僕が奴隷として働いていた「六天鉱山」もそのうちのひとつだ。
「一天祭壇」はその名の通り祭壇で、日々大量の天賦珠玉が、光とともに祭壇上に現れるらしい。
鉱山で採掘するよりもはるかに効率的だ。その他の産出場所も「海底」「氷河」「溶岩」と採取が難しい場所が多いことを考えると「祭壇」にポンッと(いや効果音は知らないけど)出てくるクルヴァーン聖王国は労せずして天賦珠玉を大量に獲得できる。
この世界では、天賦珠玉が軍事力に直結する。
クルヴァーン聖王国が大国のひとつになっているのも「一天祭壇」の恩恵によるところが非常に大きい。
「最初、私はレイジさんが祭壇のことを知りたくて近づいてきた可能性を考えましたが、どうやら違うようですね。あなたが知りたがった情報は『星5つ以上』の天賦珠玉に関することでしょう?」
「はい。星5つ以上の天賦珠玉が出現した、オークションに掛けられた、そんな情報があればなんでもいいので教えて欲しいんです」
「年に数回くらいしか耳に入りませんがね……」
「それでも構いません」
伯爵は小さくうなずいた。
「レイジさん。私は聖王の勅命を受けて祭壇に関するあらゆることを調べています。ここ数年、祭壇から出現する天賦珠玉の星の数が落ちており、それを調査していました」
「星の数が落ちる……?」
「星3つ以上の出現数が明らかに減ったんですよ。こうなると考えられるのはたったひとつ、身内の人間が横流しをしているということ」
「裏切り……ですか?」
「本人は裏切っているつもりはなく、単に金に困っていただけという感じでしたがね。直近の1年でようやく横流しの事実を発見し、関連している貴族を全員捕らえ、処刑しました」
ヒッ。
処刑て。
「そ、そんな重罪なんですか」
僕は少々寒気を感じながら伯爵と相対していた。伯爵は淡々と、まるで報告書を読むように告げているけれどもそのすべては伯爵が指示し、実行したことだ。
表向きは「横領」や「贈賄」、それに「奴隷の所有」などの違法事実を積み重ねて——伯爵曰く「祭壇に手をつけるような輩が、その他の部分で潔白であるはずがありません」とのことで——処刑に追い込んだそうだ。
祭壇は絶対不可侵。
その祭壇が汚されているなどという情報が漏れては困ると聖王に釘を刺され、責任追及はすべて伯爵ひとりの責任で行ったのだとか。
それで、ついたあだ名が「冷血卿」。
伯爵の命を狙った襲撃者には、このとき処刑された貴族の関係者が背後にいるらしい。
「えーっと……伯爵閣下」
「なんでしょう、レイジさん」
「聖王に釘を刺されたような重大事を、なぜ僕にさらっと明かしたのです?」
「…………」
「…………」
ずるいよね、この人。にっこり笑って流すんだもん。
「護衛の依頼を出すときに、その辺も話しておくのが筋なんじゃないですかね……」
「聞かれませんでしたので」
聞けるか! 想像できるわけないじゃない、そんなこと!
まあ、伯爵だってまだ護衛になると決まったわけじゃない僕にべらべら話すわけにはいかなかっただろうけどさ!
「ところでレイジさん。こちらが『ルルシャ』さんに関する情報です。これまでどおり、該当しそうな人物は発見されていません」
僕は紙に書かれた報告書を受け取る。「ルルシャ」だけでなく「ルルーシャ」「ルルシ」などの似た名前についても調べてくれている。
伯爵は「冷血卿」だなんてあだ名がついていても、僕と接するときはとても丁寧で、誠実——のように感じられた。契約魔術もちゃんと結んでくれたし。
その後、僕がお嬢様に関する報告を上げる。それを聞いているときだけは伯爵もかすかに楽しそうにするのだった。
それが、いつもの「報告会」だ。
様相が変わったのは——今から1か月ほど前。
つまるところ僕とお嬢様が「奴隷商潰し」なんてことを始めることになったきっかけでもある。




