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スキルを手に入れるところまで更新してしまいます。
すべてはこの日に、端を発する。
鉱山夫の朝は早い。6の鐘で起こされ、6の半鐘で鉱山へと出発するために坑道入り口へと集まる。僕は昨日と同じスープで硬くなったパンをふやかせて、口に詰め込んだ。昼食なんて優雅なものはない。しっかり食べておかないと1日もたないからだ。
ラルクといっしょに食堂を出る。
大空洞の天井を見上げると、褪めたような青い空が見える。夏は涼しく冬は暖かいこの鉱山では、切り取られた空の色だけが季節を感じさせる。
今日は春の空だった。
「なあ、弟くんよ」
「なに?」
眠い目をこすりながら僕は返事をした。
「アンタの黒髪と黒目、あたしは好きだなぁ」
「? 急になんだよ」
そんなこと、言われたこともなかった。
僕の髪の毛は黒く、目も黒い。それはなかなか珍しい特徴らしく——「凶兆」だなんて言われたこともあった。
兄弟がいる中で、僕だけ目の敵にされて売られる原因になったのはこの「黒」のせいだった。
だけれどこの鉱山では誰も僕の髪の色なんて気にもしなかった。みんな明るく、大雑把で、間が抜けていた。
「うぐっ!?」
「ラ、ラルク!? どうしたの?」
「うううぅっ……あたしちょっとお便所……」
「ええ!? 今から朝会だよ!?」
「なんとか誤魔化しといて! じゃ!」
お腹を抱えてラルクは走っていった。
「なんなんだよ、まったく……」
らしくないな、と思った。ラルクらしくない。トイレに行ったことじゃなく、僕の見た目を褒めたことだ。
僕はひとりで朝会へと参加した。鉱山夫が集まって一段高いところにいる鉱山長の話を聞く、ただそれだけのいつもと変わらない日常。
坑道への入口前は広場になっていて、そこに三々五々、鉱山夫が集まってくる。だけれど様子がなんだかおかしい。いつもの倍以上、鉱山兵がいるのだ。
ほの暗い早朝なので、鉱山兵たちは松明を持っていた。ちりちりとした火の粉が宙を舞っている。
坑道入り口は巨大な穴だ。僕ら鉱山夫が一斉に突撃しても悠々呑み込んでしまうほど。その先に進めば進むほどだんだん細くなり狸穴なんてものまで出てくるのだけど。
それはまあ、置いておいて。
鉱山兵は一か所に集まっていた。その中心にいるのは鉱山長——でっぷりと太り、シルクハットで頭頂部のハゲを隠している男——と、もうひとりいた。
「……誰だろ?」
鉱山長に負けず劣らずでっぷりしているものの、髪はふさふさで後ろになでつけてあった。
目は逆三角形の吊り目で、周囲を威圧している。あの鉱山長が……僕らの顔も名前も一向に覚えようともしない(僕に名前がないというのはさておき)威張り散らすだけの存在である鉱山長が、へこへこしている。
「全員聞け! これから本鉱山六天鉱山の所有者にして本キースグラン連邦の公爵であらせられるアッヘンバッハ様の貴重なお話がある! 膝を地面につけ!」
鉱山兵の大声で、鉱山夫たちはお互いの顔を見やった。「どうする?」「なんだよ公爵って?」みたいな反応だ。だがひとりが地面に膝をつくと、他の鉱山夫たちも膝をつき始め、僕もそれに倣った。固い地面に膝小僧が痛い……。
僕は初めてこの鉱山が「キースグラン連邦」という連邦国家に所属していることを知った。誰もそんなことを教えてくれなかったし、坑道に潜ってモンスターの影に怯えながら狸穴を突き進むのに、国の名前なんてなんの助けにもならなかったしね。
「ふぅむ……いつ来てもじめじめして不快な場所だな」
「申し訳ありません、公爵閣下」
甲高い声で文句を言ったのが公爵で、へこへこしているのはやっぱり鉱山長だ。鉱山の中がじめじめしているのなんて当然のことだし、なにを謝っているんだろうね。
「おお、臭い臭い。一段高いところではにおいが上ってくるようだ」
「申し訳ありません、公爵閣下……奴隷たちにはきちんと身体を拭くように言っておきます」
「もういい。ここには二度と来ないだけだ」
そんなやりとりを、僕ら鉱山夫たちはぼんやりと眺めている。不愉快なことを言われているような気がするものの、ささくれだった気持ちが起きないのだ。これも奴隷になるときに掛けられた契約魔術のせいなんだろうか?
「ではさっさと終わらせるぞ。——先日、この鉱山で星6つの天賦珠玉が発掘されたと聞いた。その視察に我は来たのである」
星6つ! きっとラルクが見つけた天賦珠玉だ。
この国の偉い人が来るほどのものだったなんて。ラルクは確かに値段をつけたら「国が傾く」と言ったし、ヒンガ老人も「値がつけられぬ」と言っていたけれど。
「はっ、こちらにそのオーブがございます」
鉱山兵のひとりが、盆に載せられた天賦珠玉を運んでくる。それには紫色の布が掛けられてあって中が見えない。
恭しく差し出された盆を、一段高いところからアッヘンバッハ公爵がのぞき込み、パッ、とその布を剥いだ。
オオッ……と声を上げたのは鉱山夫たちだ。
放たれた虹色の輝きは確かにあの日、僕がラルクに見せてもらったそれだ。まだこの鉱山にあったんだなぁ。
「これが……。なるほど、ユニーク特性の天賦珠玉であるな」
「ははっ」
「早速使いたいところであるが、これは連邦政府の長であり我が従兄であるゲッフェルト王が是非とも見たいと仰せだ。よって、ゲッフェルト王と協議し、この天賦珠玉の使い道を決定する」
「ははっ」
なんだかすごいことになってきた。ラルクが見つけた天賦珠玉がどこぞの王様のところに運ばれるんだって! ……そのラルクはトイレに行ったまま戻ってこないんだけど。
「ついては、これを見つけた奴隷を、本日をもって奴隷身分を解放し、平民とする」
偉そうにアッヘンバッハ公爵は言ったけれど、その言葉は予想の範疇だったので鉱山夫たちも「お〜」くらいの反応だった。
「この天賦珠玉を見つけた者を、これへ!」
その声が掛かって、鉱山夫たちが見たのは——僕だった。
「え?」
「ああ、そうだそうだ。お前だったな。こっちへこい」
見知った顔の検査官が走ってきて僕の腕をつかんで立たせる。
「いや、違っ、その、僕じゃなくてラルクが……」
「いいから早くしろ」
僕は引っ張られるようにアッヘンバッハ公爵の前へと連れて行かれる。それを止められる人間は誰もいない。だって、鉱山夫からしたら僕が奴隷解放されようがラルクだろうがどっちでも変わらないのだから。
違う、違うよ! 僕じゃなくてラルクなんだ。僕みたいな無気力少年じゃなく、ラルクみたいに前向きで、活発で、がつがつしてる人こそが鉱山の外に出ていくべきだ。そうだろ?
声を上げたかったのに、なんだか言葉が出てこなかった。首の周りにはなにもないのに、僕の首は不可思議な圧迫感を覚えていた。息苦しいんだ。
「こ、こやつが……?」
公爵は、僕を見て顔をゆがめた。
「なんだこの黒髪は!? 凶事の象徴ではないか! ええい、近づけるなァッ!!」
突然の大声に、みんながぎょっとする。
「鉱山長!」
「は、はいっ」
「これを生かしておけばろくなことにはならん! 殺せ!」
「……は?」
「聞こえなかったのか、殺せと言ったのだ!」
「いいいやしかしでございますね、公爵閣下、この者が星6つの天賦珠玉を……」
「うるさい! お前がやらぬのならば我がやる」
公爵は、後ろにいた鉱山兵の、腰に吊られていた剣を引き抜いた。僕はその銀色の刃に松明の光が映じるのをぼんやりと眺めていた。このまま突っ立っていれば死ぬとわかっているのに身体が動かないのだ——ああ、契約魔術のせいかと理性では気づいているのに身体は動かない。
嫌悪感に満ちたまなざしが僕に向けられている。なんで。どうして。黒髪黒目がそんなに悪いことなの? 僕にはわからない。わからないんだ。
「ちょっと待てよ!」
そこへ割り込んできた声は、
「ウチの弟くんがなにしたんだよ!?」
確認するまでもない——僕の姉のものだった。
「なんだお前は!?」
「あたしはラルク」
「なんでこんな小汚い子どもが出てくるのだ! 鉱山長!」
「は、ははっ」
「まとめて処分しろ、今すぐに!」
「し、しかし……」
「私の言うことが聞けんのかァァッ!」
公爵の絶叫が響き渡ったときだった。
ずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずず